第375話 私のシーンは忙しい

「それでは本題に入りましょうか。」



私たちはシーンについての作戦会議を始める。少し暴走しちゃったけど冷静にならないと。今はシーンについて集中しなきゃ。

でも…距離は詰まったよね…?これなら牡丹ちゃんと2人っきりで旅行に行っても間違いは起きないかな…?


ーーいやー、どうかなぁー。



「『勝利を掴め』ってお題ですけどどうです?楓さん的に思い当たる事ってありますか?」


「恐らくはクラスマッチだと思います。」


「ロングホームルームで決めたやつの事ですか?」


「はい。それで優勝するのがシーンクリアなんじゃないかと思います。」


「実際の歴史ではどうだったんです?」


「結果という事ですか?それなら3回戦ぐらいで負けました。」


「負けてるならやっぱそれが疑わしいですね。まだ中体連だってありませんもんね。」


「はい。星3以下のシーンでのクリア条件は自分に心当たりのある事。アリスちゃんのくれた情報を元に考えればほぼ間違いないはずです。」


「その負けた時の試合ってどれぐらいのスコアかって覚えてますか?」


「5対3だったと思います。」


「結構接戦ですね。」


「未央が投げて打ってと1人で頑張ったからです。」


「未央?あー、花山院さんの事ですね。あの子は野球経験者なわけか。他には経験者いますか?」


「…いません。」



そう、それが最大の難所だ。野球経験者が未央しかいない中で優勝を目指さないといけない。野球部員が複数人いるクラスだってきっとある。そんな連中相手に戦うのがどれだけ大変な事か。憂鬱になる。



「んー…そうですか。わかりました。確か明日からの体育はクラスマッチ練習になるんですよね?」


「え?あ、はい。」


「放課後も1時間は練習してから部活になるわけだし、クラスマッチは来週の金曜。それなりに時間はあるわけか…」



タロウさんはブツブツ言ってるけど何か手があるのだろうか。でもスポーツはそんな簡単では無い。何より指導者がいないもの。そんな状況で手なんかないわよね。聞いてみようかしら。



「何か手があるんですか?」



私は思い切って聞いてみる。



「んー、ま、明日までのお楽しみって事で。」



タロウさんがニコッと微笑む。随分と自信があるみたいね。やっぱりこの人は頼りになるわ。


ーーそうかなぁ。慎太郎は基本ダメダメだからなぁ。たまにホームラン打つけど。



「時間も遅いし今日は寝ましょう。」


「わかりました。」


「おやすみ、楓さん。」


「おやすみなさい、タロウさん。」



そう言ってタロウさんは部屋を出て行く。ここでキスしてくれたら完璧なのに。




********************




翌朝目が覚めるとタロウさんはもう学校へと向かっていた。朝のキスも無しに行くなんて酷いやつだ。絶対後でお仕置きだ。


そうやってご機嫌ナナメなまま時間が過ぎ、3時間目の体育の時間になる。あの浮気者は朝のショートホームルームにも顔を出さなかったし。またどこかで浮気してるんじゃないかしら。


ーー酷い言われよう。


3分前にグラウンドに集合し整列する。すると体育の松沢が姿を現わす。



「よーし、全員集まってるな!」



この男嫌いなのよね。私たちを見る目が性的だったから本当に気持ち悪い。進化し損ねたような顔してるし。訴えてやろうかしら。


ーーイライラしてるからいつもより毒が強いなぁ。



「それじゃ今日からクラスマッチまでの間はそれぞれサッカーと野球に分かれて練習を行う。俺はサッカー部の顧問も兼ねているから当然サッカーは大得意だが野球も大丈夫だぞ!フォーム練習もバンバン教えてやるからな!」



私に触れたら絶対ぶっ飛ばしてやるわ。


ーーイライラだねぇ。でもそれももう終わるよ。



「えっ!?」


「キャー!!」



ーー何かに気付いた一部の女子たちが騒ぎ始める。当然お分かりだろう。慎太郎がグラウンドにやって来た。



「お疲れ様です、松沢先生。」



ーー慎太郎がゴリラに爽やかに挨拶をする。でもゴリラはそれが気に入らないのだろう。嫌そうな顔で慎太郎に返答する。



「お疲れ様です。どうしました?今は英語の時間ではありませんが?」


「クラスマッチの練習ですよね?それなら二手に分かれるから教師が2名いないと大変でしょう。野球組の方は私が見ますよ。」



ーー慎太郎の言葉を聞いて野球組の女子たちは歓喜するが、サッカー組の女子たちは悲哀に満ちる。その女子たちの反応が更にゴリラを苛立たせる。


いや、コレは無理でしょ。いくらなんでも無理がありすぎる。タロウさんはあくまでも英語教師。担当以外の科目を教えるのはダメだわ。そりゃあタロウさんに教えてもらいたいけど。



「いえ、結構です。田辺先生はどうぞお帰り下さい。」



松沢が凄い嫌そうな顔でタロウさんにそう述べる。そりゃあそうよね。女子人気最高のイケメンが進化し損ねたセクハラゴリラの唯一の楽しみを奪おうとすればそうなるわ。



「遠慮しないで下さい。私が野球組を見ます。」



うわぁ…松沢の奴こめかみの血管浮き出て来てるじゃない。気持ち悪…タロウさんって結構人を煽るわよね。



「田辺先生、しつこいですよ。これは体育の授業です。あなたは体育科の免許を持っているんですか?持ってませんよね?それなら授業は行えませんよ。」


「いや、クラスマッチの練習なら構わないですよ。それに俺は補助として来てるんです。」



まだ煽るのね。これ大丈夫かしら。喧嘩になりそうな雰囲気を松沢は出してるわよ。



「しつこいなアンタ!!そもそも誰の許可取ってグラウンドに来てんだ!!」



松沢が怒鳴り散らすのでクラスメートたちはおとなしくなる。タロウさんがこのゴリラに負けるとは思わないけど大丈夫かな…


ーーうんうん。不安になっちゃうよね。でも大丈夫だよ。



「誰?理事長ですけど?」


「あ…?」



ーーゴリラが素っ頓狂な声を出して口を半開きにしながら慎太郎を見る。



「無許可で来るわけないでしょ。理事長にやっていいか確認したら二つ返事でOkay貰いましたよ。」



ーーここで発音良くオッケーを言うのが煽りを加速させてるよね。あっはっは。



「……勝手にしろ。オラ!!サッカー組行くぞ!!」



……本当に有能よねこの人。だからあんなに朝早くからいなくなっていたのか。



「さてと。えー、そういうわけなんで俺が野球組のコーチをさせてもらいます。よろしくお願いします。」



それを見て私と未央以外の女子たちはキャーキャー言い始める。タロウさんが教えてくれるのは嬉しいけど…野球教えられるのかしら…?

私がそう思っていると未央が声を出す。



「はいはーい!田辺先生!」


「ん?どうした花山院?」


「あ、未央でいいよー!質問がありまーす!先生は野球教えられるのー?」



そう、そこよ。野球を教えられなければ結局は情勢は変わらない。



「うーん、そうだな。野球やってたからそれなりに教えられると思うよ。」



へー。剣道と柔道は知ってたけど野球の経験もあるんだ。少年野球でもやってたのかしら。



「おー!野球部?」


「部活ではやった事無いよ。でもシニアではやってたぞ。」


「えっ!?シニアでやってたの!?」



シニアって何かしら?弁護士の世界でのシニアならわかるけど。



「おう。こう見えてもU-15の日本代表にもなった事あるぞ。」


「何それ!?凄いじゃん!!」



よくわからないけど日本代表って凄いんじゃない?なんで野球続けなかったのかしら。


ーーそれはね。このダメ男は坊主になるのが嫌で高校野球から逃げたんだよ。世界大会で活躍してメジャー球団からスカウトが来てた程のレベルなのに中学で野球辞めちゃったんだよ。本当に馬鹿だよね。



「私も土日はシニアに行ってるんだよー!」


「女子なのに凄いじゃん。気合い入ってるな。」


「プロ目指してますからー!」



ウフフ、未央とタロウさんが仲良くなってる。なんか嬉しいな。私の大好きな人たちが仲良くなってくれると本当に嬉しい。


ーーふむ。どっかの自称正妻は嫉妬に狂ってたのに楓ちゃんならこうなるのか。



「未央はポジションどこなの?」


「私はピッチャーだよー!」


「へー、中2でまだピッチャーやれてるのか。」


「うーん、2番手だけどね。試合じゃショートで基本出てるよ。」


「女子でレギュラーって凄いね。」


「エースナンバーとりたいけどねー。」


「キャッチャーはできる?」


「捕るぐらいなら問題ないよ?配給考えたりはちょっとアレだけど。」


「よし、なら未央はキャッチャーね。」


「え?ピッチャーじゃなくて?」


「未央の球捕れる子はいないでしょ。球速殺してコースをついても経験者は抑えられない。それじゃ勝つのは無理だよ。」


「でも結局ピッチャーいなきゃ負けじゃない?それならまだ私がやった方が…」


「ピッチャーは楓にやってもらう。」


「えっ!?か、楓!?」



私が大きな声を出す事でみんなの視線が集まる。だって仕方ないじゃない!!急に楓なんて呼び捨てにされたらそうなるわよ!!



「ああ、楓にやってもらう。」



ま、また楓って呼んだ!?


ーー良い感じにテンパってるねー。



「んー、どうして楓?」


「ここにいる9人の体力テストの結果見させてもらったんだよ。そしたら楓のハンドボール投げの記録は30mだった。それだけ肩強いならどうみてもピッチャーだよ。」



また楓って呼んだ!?


ーー落ち着きなよ楓ちゃん。親戚設定なんだから『楓さん』じゃおかしいでしょ。



「あー、そういえば楓のハンドボール投げ凄かったもんねー。それならそれで決まりか。」


「他の子たちは今から練習してポジションは決めるからそれでよろしくね。」


「はい!」



ーー慎太郎の呼びかけに他の7名は素直に答える。だが楓は慎太郎の元に行き抗議をする。



「…ちょ、ちょっとタロウさん!!どういう事ですか!!」


「どういう事って?」


「…私がピッチャーなんて無理ですよ!!やった事ないですもん!!」


「それは俺が手取り足取り教えますよ。」


「えっ!?」


「…他の子の身体を触るのは流石に問題になりますけど楓さんなら問題無いですからね。しっかりと教え込む事が出来ます。」


「お、教え込むって!?」



教え込むって…その台詞は『イケコイ』24巻で『まゆ』が『紅河』に体育倉庫に連れ込まれてマットの上で言われた台詞じゃない!?


ーー知ってる知ってる。あのシーンはキュンキュンするよね。


「あ。もちろんピッチャーに選んだのは素質があるからですよ。」



ーー慎太郎、楓ちゃんはもう耳に入ってないよ。



「わ、わかりました!!よ、よろしくお願いします!!」


「任せて下さい。ちゃんとモノにしますから。」



モノ…モノにする…その台詞も『紅河』が『まゆ』に言った台詞…私、タロウさんにどうされちゃうのかしら。



ーー青春だねぇ。

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