第374話 情事

時刻は夜9時ちょっと前。そろそろだ。

私は自室で彼が来るのを待っている。心臓のドキドキが止まらない。落ち着かないからさっきからソワソワしてるし。なんか変よね。いつもの私ならこんな感じにならないのに。


ーーそれはね、知識は過去に持っていけるけど心はその当時のままだからだよ。つまり楓ちゃんは今はあくまでも中学2年生なの。青春真っ只中なわけだよ。



ーーコンコン



私の心臓がキュッとなる。嬉しいけどドキドキしすぎてどうしていいかわからない。私は少しパニックになりそうな自分を抑えながら部屋のドアを開ける。



「こんばんは…って、なんか変な感じですね。最近はずっと一緒にいるから挨拶なんて『おはよう』と『おやすみ』しか言ってないですもんね。」



…私はそれだけの挨拶をずっと言い合いたいのだけれど。


ーーうんうん。



「…どうぞ、入って下さい。」


「お邪魔します。」



私は彼を部屋へと招き入れる。父親以外の男性を部屋に入れたのなんて初めて。……タロウさんは女の子の部屋に入った事あるのかな?あ…美波ちゃんとアリスちゃんのシーンをやってるんだから入ってるか。でもタロウさんのファーストキスは私なんだから。



「さてと。それじゃあ早速ですけど始めましょうか。」


「そ、そうですね。」



なんか緊張するわね。まさかタロウさんに家庭教師をしてもらえる展開になるなんて思わなかったわ。それに…こんな展開って『イケコイ』と同じじゃない。


ーー『イケコイ』とは楓が好きな少女漫画である『教師と生徒のイケナイ恋』の略称である。


そうなったらこの後ってきっと…



ーー



ーー



ーー




【 楓's妄想ストーリー 】



『あの…田辺センセ…この問題がわからないんです。』



ーー妙にしおらしい楓が慎太郎にわからない問題について質問をする。



『……。』


『センセ…?』



ーー慎太郎が腕組みし、不愉快そうな顔で窓の外を見ている。



『どうしたんですか…?』



ーー妙にしおらしい楓が不安そうな顔で慎太郎に尋ねる。



『知らない。自分で調べれば。』



ーー慎太郎が冷たい感じで素っ気なく楓にそう言う。



『センセ…怒ってます…?』



ーー妙にしおらしい楓がビクビクしながら慎太郎に尋ねる。



『怒ってる。』


『どうしてですか…?』


『2人っきりの時は名前で呼ぶって約束だろ。』


『それは…そうですけど…』


『俺と付き合うの嫌なのか?』


『嫌なんかじゃありません…!違うんです…まだ…恥ずかしくて…』


『恥ずかしい?』


『だって…ずっと好きだったセンセと両想いになれて…2人っきりで…それで…』



ーー妙にしおらしい楓が顔を真っ赤にして俯いてしまう。



『…楓。』


『…はい。』



ーー慎太郎が楓を優しく抱き締める。



『せ、センセ…!?』


『ごめん。楓の気持ち理解してなかった。自分の気持ちだけ押し付けて、腹立てて、最低だな。』


『そんな事ありません…!私がちゃんと名前で呼んでいれば…』


『楓のペースでゆっくりでいいよ。呼べるようになったら呼んで。』


『…呼べます。し、慎太郎…!!』



ーー妙にしおらしい楓がめっちゃ顔を真っ赤にして慎太郎の名前を呼ぶ。



『…なんか凄い嬉しいんだけど。好きだよ楓。』


『私も…大好きです…慎太郎。』



ーーそして2人はキスをする。



ーー



ーー



ーー




…コレみたいな感じになっちゃったりするんじゃないかしら。


ーーふむ、少女漫画ですな。なるといいね。



「ーーじゃ打ち合わせ始めましょう。楓さん的にはクリア条件どう思います?」


「え?」


「え?」



ーーでも残念。慎太郎はモテないからムードなんて言葉は知らないんだよね。



「レッスンするんじゃないんですか?」


「レッスン?何のですか?」


「英語ですよ!家庭教師!」


「いや、楓さんにレッスンなんか必要ないじゃないですか。」


「……。」



ーーイラっとしてるのが顔に出てるよ楓ちゃん。その童貞に期待したのが間違いだよ。



「で、どう思います?」


「知りません。」


「え?」



ーーご機嫌ナナメな楓はプイッとそっぽ向いてしまう。



「え?怒ってます?」


「別に。」


「えぇ…俺なんかしました?」


「知らない。」



ーー基本的に楓は今日一日中怒ってるので流石の慎太郎もこれはマズイと思い始める。



「機嫌なおして下さいよ…」


「……。」



ーー当然こんな事ぐらいでいつもの楓なら怒ったりはしない。でも今は中学生なのだ。中学生女子っていったらこんなもんである。



「どうせ私にレッスンなんてしたくないんでしょ。さっきだって全力で否定してましたもんね。」


「否定?あ、楓さんのお母さんに俺から楓さんを指導したいって言った事ですか?それは言ってないから否定したんですよ。他意はありません。」


「知らない。」


「えぇ…」



ーーま、シーン中なのにこんな面倒くさい事言われたらたまったもんじゃないわな。



「機嫌なおして下さいよ…なんでもしますから…」


「…夜のキスまだしてもらってないんだけど。」


「はいはい。わかりましたよ。」



ーー慎太郎が楓に近付きキスをしようと軽く抱き締める。思いの外ノリノリだな。なんか嬉しそうじゃん。


ーーそうしてキスを始めるが楓は慎太郎の雰囲気に気づく。それがまた火に油を注ぐ事になる。


ーー慎太郎が若干離れ気味になっているので楓が身体を押し当てるように慎太郎の身体を引き寄せる。慎太郎は結構抵抗するが限界突破している今の楓には勝てない。すぐに身体が密着し、楓は慎太郎が若干離れ気味だった理由を理解する。



「…ふーん。そういう事ですか。」


「な、何が!?」



ーーいやー、慎太郎の慎太郎が元気一杯になっちゃってるんだよね。あっはっは。



「いつもキスする時にはそんな風になってないのに。」


「な、何が!?」



ーー往生際が悪いぞ慎太郎。



「今キスする時も妙に嬉しそうでしたよね。ふーん。」


「いや…別に…」


「タロウさんってロリコンなんですね。」


「は、はぁぁぁぁ!?」


「私が中学生だから嬉しいんでしょ。」


「ち、違いますよ!?何を言ってんですか!?」


「どうせ家庭教師やってる時も中学生の子見てニヤニヤしてんでしょ。いやらしい。」



ーーうーむ、怒ってるね。



「してませんよ!?」


「良かったですね。来年アリスちゃんは中学生ですよ。」


「ちょっと!?ホントにやめませんコレ!?」



ーーロリコン疑惑をかけられたのはツラいね。



「もう寝るから出てって下さい。」



ーー過去最高に不機嫌な楓は慎太郎と目線も合わせずに退出するよう促す。



「……から……すよ。」



ーー慎太郎が俯きながらボソボソと喋っている。最高に不機嫌な楓だが流石にそれは気になったので聞き返す。



「はい?」


「……からこう…ですよ。」



ーーまだ慎太郎がボソボソ言ってるので楓がイライラしてくる。



「聞こえませんけど。ハッキリ喋って下さい。」


「楓さんだからこうなってるんですよ!!」


「え?」



ーー慎太郎がイキナリ大きな声を出すのでイライラモードの楓も流石に驚く。



「誰でもこうなるわけないでしょ!!楓さんだからこうなってんの!!確かに中学生バージョンの楓さんだからこうなってるよ!?でもそれは楓さんの部屋だし、俺の知らない時の楓さんだからなんか興奮してんの!!」


「あ、はい。すみません。」



ーー慎太郎の剣幕にさっきまでイライラしてた気持ちがどっかに行ってしまう楓。



「…そもそも楓さんはわかってないんだよ。」


「え?キャッ…!?」



ーー慎太郎が楓を強引にベッドへと押し倒す。



「俺がどれだけ楓さんの事好きだと思ってんの?」



こ、この台詞は…!?『イケコイ』17巻で『まゆ』が自分の部屋に彼氏であり担任の『紅河』を部屋に呼んで押し倒された時のシーンと同じ台詞!!


ーー知ってる知ってる。


それと同じ展開ならこの後は…


ーー押し倒されたままキスして来るんだよね。


タロウさんの顔が近づいて来る。私の顔が熱くなるのを感じながら私は彼に唇を塞がれた。数秒の後、少しだけ塞がれた唇が解放されたと思ったらすぐさま彼の舌が入って来る。私は抗わない。彼を受け入れ自分の舌も絡ませる。彼の愛情を感じる為に。



「もう…歯止め効かないんだけど…」



彼が切なそうな顔をしながら言って来る。あなただけじゃない。私だってもう歯止めは効かない。



「…いいよ。あなたに愛されたい。」


「…でも…まだ答えは出せてない…」


「…私はあなたに愛してもらえたらこの一瞬だけでもいい。それに…戻ったら24歳の私は汚せるけど、この時代の私は汚せないよ…?」


「…楓さんは悪い子だ。そんな淫らな台詞で誘われて俺の理性が耐えられるわけない。」



そう言って彼は私の首に舌を這わせる。首筋を吸われ、気持ち良いような少し痛いような変な気持ちに襲われる。キスマークを付けられたあの時の感覚に似ている。また付けられたんだ。

私はそんな彼が愛しくなりベッドに押し倒された体勢から彼をギュッと抱き締める。

それが彼の野性を更に掻き立てたのだろう。彼が私の上着の裾に手をかけ、少し乱暴に脱がせーー
















ーーコンコン














ーーガチャリ













「楓お嬢様、慎太郎様、お飲物をお持ち致しました。」


「ありがとうございます。そちらへ置いておいて下さい。」


「ありがとうございます。とても良い香りですね。」


「それでは失礼致します。」



紅茶とクッキーをテーブルに置いていくと、門脇さんは一礼して部屋を出て行った。

危なかった…鍵かけてなかったものね…事に及んでる最中だったらアウトだったわよ…




「……。」


「……。」



ーーなんとも言えない嫌な無言が続く。



「…さてと、シーンについて話し合いましょうか。」


「………はい。」




ーーはい、ざーんねん!

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