第369話 私のシーンだけ違くない?

私は部屋を出て食堂へと向かう。私の実家の敷地は広大だ。洋風のお屋敷造りで3階建て。部屋数は40以上はある。あまりよく先祖の事は知らないが華族であった事だけは知っている。東京でこのような家に住んでいるのだから財がある事だけは確かだ。

3階から1階へと降り、食堂まで向かう途中で何名かの使用人とすれ違う。私の実家は家の事をする使用人を10名、料理番を1名、運転手を3名、ボディーガードを6名雇っている。家族は3名だが結構な大所帯だ。住み込みで暮らしている者も何人かいる。部屋だけは無駄にあるからね。

食堂へとたどり着き、ドアを開けると、広い食堂内に給仕をする使用人が3名と、席に腰掛けている母がいた。



「「おはようございます、お嬢様。」」



先程私を呼びに来た門脇さん以外の2人が私に挨拶をする。



「おはようございます、竹下さん、熊谷さん。」



私は挨拶をする2人の前を通り、自席の前に着き、座る前に母に挨拶をする。



「おはようございます、お母様。」


「おはよう、楓。」



感情の無い挨拶を互いに終えると、それを合図として竹下さんと熊谷さんが朝食を配膳し始める。


私は母と仲は良く無い。記憶の中でも母とそんなに絡んだ思い出が無い。母は芹澤商事という会社の社長をしている。本来なら芹澤家の当主である父が家業を継ぐのだろうが、代議士としての仕事が面白いのか母に家業は任せて自分は議員活動をしている。そんな環境だからか、父と母とはあまり時間を共にした記憶は無い。特別干渉をされないから自由にやれるからいいのだけれどね。こんな家なら私の命である漫画やアニメなんて見られるわけないもの。



「前回の模試も全国一位だったみたいね。」



食事をしながら母が話しかけて来る。珍しいわね。模試の結果なんかで話しかけられた記憶なんて無いのだけれど。



「はい。」



この人との距離感がイマイチわからないからとりあえず返事だけしておこう。距離感がわからない、か。こんなの親子なんて言えるのかしらね。



「でも油断はしない事ね。貴女は確かに天才といえる側の人間かもしれない。けれど、そういう人間は打たれ弱いわ。一度の挫折で簡単に崩れてしまう。」


「わかっています。」



何の会話をしたいのか全然わからないわ。大人になってもこの人の考えはわからない。

それより…こんなに料理が美味しくないなんて思わなかったわ。美波ちゃんたちが作ってくれる料理との差は歴然。この料理には心が無い。今の生活に幸せを感じてしまってるな。



「今日は夕食までには戻ります。」



…過去が変わってるわね。この人がこんな何でも無い時に夕食時に帰宅するなんて出来事は無かった。このイベントの鍵となるようなナニカがあるのかしら。



「わかりました。」


「それではもう行くわ。」



母がナプキンで口を拭き立ち上がると、そのまま急ぎ足で食堂を出て行った。いつも忙しくしている姿には何の変わりもなかった。

母の少しの異変よりも今はタロウさんの事を考えよう。母がそれ以外を何も口にしないし、この食堂にもタロウさんがいない事を考えると美波ちゃんたちの設定とは違うって事かしら。それとも…ボディーガードとして参戦するのかな…?もしそうだとしたらーー




ーー




ーー




【 楓's妄想ストーリー 】




ーーコンコン



『どうぞ。』



ーー部屋のドアを叩く音が聞こえるので楓が入室を許可する。



『楓お嬢様。』



ーースーツに身を包み、キリッとした慎太郎が楓の部屋に入って来る。



『タロウさん?どうしたんですか?もうこんな時間ですよ?』



ーー時計の針はそろそろ午前0時を指そうとしている。そんな夜更けに慎太郎は楓の部屋を訪ねる。



『楓お嬢様の事が心配で来てしまいました。私は楓お嬢様の専属のボディーガードですので。』


『ウフフ、ありがとうございます。でもタロウさんも身体を休めて下さいね?タロウさんが倒れたらイヤですよ?』



ーー楓の優しい気遣いに慎太郎はよからぬ感情を覚え楓との距離を詰める。



『タロウさん…?』


『楓お嬢様…私は…この気持ちを隠す事はもう出来ません。』


『あっ…』



ーー慎太郎が力強く楓を抱き締める。



『してはいけない恋だというのはわかっています…ですが…私は貴女の事を好いております。』


『タロウさん…私も…私もあなたが大好きです…』


『楓お嬢様…』


『タロウさん…』



ーーそして2人は口づけを交わす。



ーー



ーー



ーー



こんな感じになるんじゃないかしら?



ーーありそうっちゃありそうだわな。どこぞの自称正妻やらヤンデレクイーンみたいな欲望丸出しのエロ妄想と違って少女漫画みたいな妄想は私も好きだよ。



…早く準備して車に行こうかな。



ーークールに見えて乙女だもんね。



朝食を急いで食べて私は部屋へと戻った。部屋に戻った私は先ず生徒手帳とカレンダーから現在の情報を得る。今は中学2年の5月。あの忌まわしい事件が起きるまであと1年。まだその日にはならないが今からでも未央に警戒を促しておこう。


私は制服に着替えて鞄の中身を確認し部屋を出る。歩き慣れた通路を少し小走りになっている私が少し恥ずかしい。ほんの少し前まで一緒にいた癖に早く彼に会いたいと思ってしまっているからだ。それに…さっきの妄想みたいになれたらいいなって思っちゃってるからかな。

エントランスに着き、靴へと履き変えて扉を開く。目の前にあるのは横付けされた車と運転手の松原さん。そして車から少し離れてボディーガードの方が2人いる。その内の1人は横顔が見えているのでタロウさんじゃない事は確認出来た。この人はボディーガードの中西さん。しかしもう1人は後ろ姿だからわからない。私は胸の高鳴りを感じながら必要以上に大きい声で3人へと挨拶する。



「おはようございます!!」



私の声に驚いたのだろう。車の後部座席を開けようと待機していた松原さんがビクッとしながら私を見るし、中西さんも凄い勢いでこちらへ体を向ける。



「お、おはようございます、楓お嬢様。」


「おはようございます、楓お嬢様。」



…私のキャラじゃないから戸惑っているじゃない。舞い上がってちょっと暴走しちゃったわ。いつもの私に戻らないと。でも、それはタロウさんかどうかを見極めてからッ!!


もう1人のボディーガードが私の声に気付き、こちらへ振り返ろうとする。私はそれを胸を高鳴らせながら見ている。その光景がまるでコマ送りのように見える。心臓の鼓動がどんどん大きくなり、彼の顔が確認できーー



「おはようございます、楓お嬢様。」



……………吉村さんじゃない。前からいるボディーガードの人じゃない。何よそれ。なんであの浮気者はここにいないわけ。


ーー慎太郎がいない事により楓はイラつき始める。


シーン攻略者の家からスタートするのがお約束じゃないの?なんかイライラするわね。またどこかで浮気してるんじゃないかしら。


ーーめっちゃ不機嫌そうに楓は車に乗る。車に乗るや否や腕と脚を組んで邪気を纏いながら凄く不愉快そうな雰囲気を醸し出している。こんなご機嫌ナナメな楓を乗せた車は雛鳥学園へと向かうのであった。

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