第329話 タロウさんがいなくてもがんばりますっ!

イベントが始まった。私は周囲を確認する。周りは工場のような場所だ。特に荒れ果てているわけでもない。以前訪れた廃墟エリアとは違うかもしれない。勝利条件の通知もまだ来ないが、まずやる事はみんなとの合流だ。こっち側は私と、


「ウフフ、美波ちゃんと2人だけって久しぶりね。」


楓さんだ。


「ふふっ、そうですねっ!」


楓さんと一緒なのは第1回目のクランイベントの時以来だなぁ。あの時は私はなんの役にも立たなかったけど、今は違う。必ず楓さんの力になれる。隣に立って共に戦える。それだけの特訓を積んで来たんだ。来るべき時の為に。あの人を守る為に。



ーーピロリン



スマホから通知音が鳴る。運営からだ。

私たちは互いに目配せをし、脳内でメッセージを読み上げる。



【お世話になっております。俺'sヒストリー運営事務局です。只今より、強制参加イベントを開催させて頂きます。エリア内に配置されたクランは10クラン。そしてプレイヤーを狩る為の敵として、ゾルダートを1000体、フェルトベーベルを300体、ゲシュペンストを100体配置させて頂きました。激戦が予想されますので頑張って生き残って下さいませ。】


「…ちょっと。ゲシュペンスト100体って多くないかしら?」


「ゾルダートにしてもフェルトベーベルにしても異常な数ですよね…状況によっては楓さんでも牡丹ちゃんでもやられかねないです。地形を把握し、きちんと活かさないとダメですねっ。」



【そして、こちらのエリアの”最終生存者数”は6名とさせて頂きます。】



「最終生存者数…?どういう事…?」


「クラン単位ではなく、人数単位って事でしょうか?」


「そうとしか思えないわよね。こういうパターンがこれからもあったら困るわよね。今回はタロウさんとみくちゃんがいないからいいけど、いたら私たちのクラン以外は殲滅しないといけなくなるわ。それに最終生存者数が5以下だったら誰か1人が死なないといけなくなる。」


「あっ…!」


そうだ。運営の鶴の一声でそれが可能になるのが俺'sヒストリーなんだ。

自分の心臓の鼓動が速くなるのがわかる。もしもそんな事になってしまったら…、そう思うだけで私の脳は働かなくなってしまう。



【断っておきますが、最終生存者数が所属クランのメンバー以下になる事はございません。】



私と楓さんがその言葉に苛立ちを覚える。


「流石にイラっとしたわね。」


「本当ですね。こっちの気持ちも知らないで嘲笑っているかのように言うのがムカムカしますっ。」


それでも最悪の事態にはならないってわかっただけで安心した。



【最後に、この孤島(獄)エリアに配置された方々は運が良いです。こちらはレアエリアとなっております。エリアボスはおりませんが、最優秀プレイヤー1名に”特殊装備”を進呈致します。】



「”特殊装備”!?楓さんっ!?」


「これは何としても手に入れたいわね。」



【但し、ボスがいない代わりに何体かのゲシュペンストが特別な能力を持っておりますのでご注意下さい。それでは皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。】




「特別な能力…嫌な予感しかしませんね…」


「そうね。状況によってはそのゲシュペンストを相手にするのはやめた方がいいかもしれないわね。倒すのが条件では無いのなら無理する必要は無いわ。牡丹ちゃんがフリーデンを使える時なら試してもいいけど今回は使えない。それなら生き残る事を第一に考えるべきよ。」


「そうですねっ。ヘンカーみたいにスキル封じをされたりしたらどうしようも無くなりますもんねっ。」


「私たちがやる事は、なるべく多くの敵とクランを倒す事。それで最優秀プレイヤーとなって”特殊装備”を手に入れるわ。他の連中に取られたらたまったもんじゃ無いもの。」


「はいっ!」


よしっ。がんばるのよ美波。タロウさんが留守の間を守る。それこそがまさに正妻力っ!!


ーーまた自称正妻の妄想が始まったようだ。



『あまり油断はするなよ、ミナミ、カエデ。』


私たちが話しているとどこからともなくノートゥングが現れる。


「ノートゥング!もうっ!また勝手に出てるんだからっ!」


『ククク、それが妾にーー』

「ーーはいはい。」


またいつものドヤ顔が始まるから私がそれをいつも通りあしらう。


「油断するなっていうのはどういう事かしら?」


楓さんがノートゥングに尋ねる。


『どうにも嫌な”氣”を感じる。禍々しいような…なんとも言えん感じだ。それが特別な能力を持つゲシュペンストなのかもしれん。』


「ノートゥングがそう思うってぐらいならやっぱり危険ですよね…」


「そうね。極力戦闘は避けましょう。それ以外は撃破って事で。」


「はいっ!」


「まずは工場内のーー」


ーーその時だった。工場から金属が擦れるような音が聞こえる。それも一つでは無い。工場内の至る所からそれが聞こえる。


「…楓さん。」


「…早速お出ましって所かしら。」


ーー美波と楓が腰に差すゼーゲンを鞘から引き抜き戦闘態勢に入る。


「今の時間は朝の9時。まだまだ1日が長いわね。スキルは無しで行くわよ。」


「わかりましたっ!」



ーー慎太郎とみくのいないイベントが幕を開ける。

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