第315話 大阪夏の陣
みくの転校手続きやアパートの引き払いが終わり、俺たちは今日一泊する為の旅館へとやって来た。せっかくの泊まりだから大阪で一番の老舗旅館である『雲雀』に泊まろうという事にした。来週からのお盆休みにみんなで旅行行くわけだからあまり金は使いたくないけどせっかくの大阪だから良い宿に泊まりたい。それがアリスの思い出にもなるだろうし。急な事だったから予約はしていないけど大丈夫だろうか。そんな不安を抱えながら俺は車を駐車場に停めていた。
「そんじゃとりあえず部屋空いてるか聞いてくるか。」
ーー慎太郎たちが旅館のフロントへ向かおうとした時、スマホの着信音が鳴り響く。楓のスマホだ。
「あ、すみません。事務所から電話です。先に行っててもらえますか?」
「わかりました。」
楓さんが駐車場の隅の方へ移動しながら電話に出る。なんかカッケェなぁ。仕事出来るって感じだよなぁ。俺とは違うなぁ。
ーー慎太郎がまたネガティヴモードに入りながら旅館へと辿り着く。
「うわぁ…!すごい旅館ですねっ!」
「本当です!」
「この佇まい、風格、素晴らしいですね。」
「ウチ、大阪に住んでてもここに近づいた事すらないで。こんな凄いトコやったんやなぁ。」
『ふむ。悪くは無いな。』
5人が興奮している。ま、こんな有名な所ならそうなるよな。
「じゃ、ちょっと聞いてくるから待っててな。」
「はいっ!」
「はい!」
「はい。」
「行ってらー!」
『早くしろよ。』
フロントへ近付くと受付のお姉ちゃんが俺に気づく。ニッコリと笑う笑顔が好印象な可愛いお姉ちゃんだな。このお姉ちゃんも相当可愛い部類だけどウチの綺麗どころのレベルが高すぎるから霞んでしまう。
「いらっしゃいませ。ようこそお越し下さいました。ご予約はされておりますでしょうか?」
「いえ、予約はしてないのですが部屋はありますか?」
「畏まりました。お部屋は何部屋でしょうか?」
あ、そうだ。何部屋取ればいいんだ?2部屋か?流石にここで1部屋はマズイよな?
ーー慎太郎が考えていると1人の男が慎太郎に近づき声を掛けてくる。
「お客様、申し訳御座いませんが本日は満室となっております。」
「え?」
なんだか知らんオッサンがそう告げて来るとフロントのお姉ちゃんが反応を示すがオッサンが目で『余計な事言うな』といった雰囲気を醸し出している。
コレ、アレか。お断り的なヤツか。よく考えたら男1人で二十歳前後の娘と子供とギャルを連れてれば怪しいよな。少なくとも宿に合ってない。だけど感じ悪いよな。うわぁ、宿泊拒否とかマジであんだな。ショック。
「あー…そうですか…」
「申し訳御座いません。またお越しの際はよろしくお願い致します。」
泊める気無いくせによく言うわ。
しゃあない。他のトコ探すか。
ーー慎太郎が皆の元へ戻ろうとした時、
「あら?満室なんですか?それは残念ですね。」
ーー楓だ。電話の終わった楓が慎太郎の元へとやって来た。
「せ、芹澤先生!?」
なんだ?オッサンが急に騒ぎ出したぞ。知り合いか?
「お久しぶりですね、支配人。」
あー、このオッサンが支配人だったのか。
「今日はお仕事でいらしたのですか!?」
オッサンの態度がさっきと違う。妙にテンパってるし。
「今日はプライベートです。彼らは私の友人でして。こちらへお世話になろうかと思ったのですが満室なら仕方ありませんね。他を当たります。」
「お、お待ち下さい芹澤先生!!大丈夫です!!お部屋のご用意は可能です!!」
おいオッサン。差別だぞ。無いって言ったじゃねぇか。
「そうなのですか?彼には無いと言っていませんでしたか?」
そうだ楓さん。もっと言ってやってくれ。ドSの底力を見せてやるんだ。
「それは…その…」
ふふん。いい気味だ。俺たちを馬鹿にするからこうなるんだ。いいかオッサン。俺だからいいけどノートゥングの奴が一緒に来てたらビンタされてるからな。
ーー傷害で捕まります。
「ウフフ、冗談ですよ支配人。お部屋お願い出来ますか?」
「…すみません。ご用意させて頂きますので少々お待ち下さいませ。」
…これが権力ってやつだな。社会的権力の強さってのが身に沁みましたよ。
ーー心の折れた慎太郎はトボトボと歩いて皆の元へ戻った。部屋の鍵は楓が受け取り、一行は部屋へと向かう。
「さてと、それじゃ部屋は2部屋ね。私とタロウさんがこっちの部屋。みんなはそっちの部屋ね。それじゃまた夕食の時にね。」
「「「「『ちょっと待った!!』」」」」
ーー楓の部屋割りに激しい待ったがかかる。
「ふふふ、楓さん、もう酔っていらっしゃるのですか?それなら早く休まれた方が宜しいのではありませんか?僭越ながら私がそちらの部屋でタロウさんのお世話を致します。色々と。」
ーー例の如く牡丹が危険な匂いをプンプン撒き散らせながらハイライトを消し始めている。
「ふふっ、牡丹ちゃんには楓さんのお世話を任せるわ。タロウさんのお世話は正妻である私が手取り足取りするから安心してねっ!」
ーー自称正妻も若干ハイライトを消しながら危険な匂いを醸し出している。
「いえいえ、美波さんはいつも家事をしてお疲れだと思いますので私がタロウさんのお世話をします。ゆっくり休んで下さい。」
ーーアリスもハイライトを無くして危険な匂いを醸し出している。ハイライト消しが流行しているようだ。
「ちょいちょいちょい。普通は新参のウチが家長に尽くすのが筋やろ。だからウチがご奉仕するで。ね、タロチャン!」
ーーみくはハイライト消しを習得していないので危険な匂いは出ていない。それがホッコリしてしまうのが不思議な所だ。
…あかん。なんでコイツらっていつもこうなの。まともなのみくだけじゃん。みくだけ連れて独立した方がいいんじゃねぇか。
『何を言っておるのだ貴様らは。全員で同じ部屋に泊まるに決まっておろう。』
ーーここで唯一まともな意見が出る。いつも奇行を行う人物が正しい事をするとそれだけで人々に衝撃を与える。そういうものだ。それによりハイライトを無くしていたアホ共が正気を取り戻す。
『妾は『まくらなげ』というやつをやってみたい。』
何この子可愛い。プリガルの時から意外な一面がどんどん出てくんだけど。他のポンコツ共と違う意味でキャラ変わって来たよね。
『こういう時に皆でやるのが定番なのだろう?妾はやりたい。』
ーー美波は思った。
割と友達はいる方である美波だが、中学の時は父親の件で修学旅行にも参加出来なかったので枕投げは未経験。高校はお嬢様女子校なのでそういう事は出来なかった。枕投げはそんな美波の密かな憧れであった事を思い出す。
ーー楓は思った。
友達がいなく基本ぼっちの楓だから枕投げなんてイベントが発生しても参加する事など出来なかった。他の者が枕投げに興じているのを楓は布団の中で羨ましくて仕方がなかった事を思い出す。
ーーアリスは思った。
楓の漫画でそういったシーンがあって、いつか自分も慎太郎たちと枕投げをやってみたいと思っていた事を思い出す。
ーー牡丹は思った。
楓同様に基本ぼっちの牡丹は枕投げなんてイベントに参加した事は無い。でも楓とは違ってそれを羨ましいなんて思った事は無いが、ちらりと見た慎太郎の目がキラキラ輝いていたのを見て、『タロウさんがやりたがっている。私も参加して楽しませてあげなくちゃ。』そう思っていた。
ーーみくは思った。
深い関係の友達はいないが、浅い関係の友達は結構いるみく。そんな彼女は枕投げを経験済みだ。でもどさくさに紛れて慎太郎にくっつかったり色々と出来るんじゃないかと思っていた。
ーー慎太郎は思った。
枕投げをガチでやればみんなの浴衣がはだけて色々と見られるんじゃないだろうか。それを撮影しても旅行の思い出として許されるんじゃないだろうか。そんな邪な事だけを考えていた。
ーーそんな彼らだが、心の中の気持ちだけは一致する。
「やろうぜ!!枕投げ!!」
「そうですねっ!!」
「ぜひやりたいです!!」
「ふふふ、そうですね。」
「ウチ燃えてきたでー!!」
「それじゃ広い部屋と取り替えてもらってくるわね。ウフフ。」
ーーそれぞれの欲望が渦巻くまま第一次枕投げ大戦が始まるが、ノートゥングの集中砲火により慎太郎がフルボッコにされ、撮影どころでは無くなった。
こうして特に何も無いまま大阪夏の陣は終了したのであった。
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