第314話 誇れ

みくと楓さんが転校手続きに行っている間、俺たちはみくの部屋を引き払う準備をする。

みくの部屋を見てみるが言葉にならない。失礼を承知で言わせてもらうが、風呂無し、和式の汲み取り式トイレというかなり劣悪な環境だ。俺も決して裕福では無く、貧しい環境で暮らして来たがいくらなんでもここまで劣悪な環境で暮らしてはいなかった。母が頑張ってくれたおかげで人並みの家には住んでいられたと思う。でもみくが住んでいるこの環境は怠惰な生活をおくった者が行き着く最後の砦のような場所だ。何も悪い事をしていないみくが住んでいるような場所では決して無いはずだ。

そして持ち物も少ない。こたつが一台にカラーボックスが一つ、それと少量の服と制服、道着に布団で終わりだ。そのせいか、四畳半の部屋が凄く広く感じてしまった。


「…物が少ないですね。高校生の女の子なのに。」


美波が切なそうな声で呟く。


「…だな。アリスの時も少なかったけどみくも少ないな。2人の人生…牡丹も苦労して来たんだから3人か。3人の人生の壮絶さは俺には理解し難い。俺みたいに呑気に暮らして来たやつにはなんだか申し訳無いよ。」


「そんな事ありません!!タロウさんが助けてくれたから今の私があるんです!!」


「そうです。タロウさんのお陰です。あなたがいてくれたから、あなたが優しいから私は今ここに居られるんです。」


俺の言葉を牡丹とアリスが否定する。


「ありがとう。でも2人は俺を持ち上げてくれるけど俺はそんな大した奴じゃないよ。実際さ、牡丹もアリスもみくも可愛いから助けたんだと思うよ。確かに助けてあげたいって善意はある。でも、顔が良いからってのは背景にあるよ。だからそこまで褒められる程の事は俺はしてないよ。」


「お言葉ですが、それはありません。」


俺の言葉を速攻で牡丹が否定する。


「タロウさんに容姿を褒められてとても嬉しいです。ですが、タロウさんは私の容姿がどうであったとしても必ず助けてくれました。あなたはそう言う人です。ですから自分を卑下するのはやめて下さい。いくらタロウさんでもタロウさんの悪口を言うのでしたら怒りますよ。」


ーー牡丹が少し怒りを込めた目で慎太郎を見る。それにより慎太郎が牡丹から目線を少し逸らし謝罪する。


「…ごめん。俺の悪い所だな。」


「…いえ、私も口答えをしてしまい申し訳御座いません。」


ーー慎太郎と牡丹が微妙な空気になっていると美波が口を開く。


「もしかして澤野が言っていた事を気にしてるんですか?」


「……。」


ーー美波の問いに慎太郎は黙る。それが気になって牡丹が美波に尋ねる。


「どう言う事ですか?」


「…前にね、澤野にタロウさんは偽善者だって言われたの。」


「…澤野?ああ…あの男ですか。やはり始末した方が良いですねぇ。」


ーー牡丹から危険な空気が溢れてくる中、みんなの話に割り込んで来る者がいる。


『貴様はそんな事を気にしておるのか?』


ーーノートゥングだ。みくの部屋でゴロゴロしながらポテトチップスをパクついているノートゥングが話に割り込んで来る。


『全く情けない男だな。男ならもっとどっしりと構えておれ。』


「ちょ、ちょっと…!?そんな 言い方ないでしょっ…!!」


『黙っていろミナミ。おい、シンタロウ。偽善者と言われた事が貴様の脳裏に焼き付き、自分の行動に疑問を抱くようになった、そういう事だな?』


「……。」


ーー慎太郎が無言で肯定する。


『フン、馬鹿な男だな。そんな些細な事の何を気にしておるのだ。お前は何か勘違いをしておるのではないか?』


「勘違い…?」


『お前は勇者にでもなったつもりか?世界中の人々を救うとでも思っておるのか?』


「…そんな大それた事を思ってなんかいねぇよ。器じゃない。」


『だったら何を思う事がある?偽善?偽善すら出来ぬ者がどれだけいると思っておる?救いたくても救えないと思っている者がどれだけいると思っておる?顔が良いから救った?それがどうした。そんなものは結果論だ。どんな形であれ貴様は此奴らを救った。それは紛れも無い事実だ。』


ーーこの場にいる者全てがノートゥングの言葉に耳を傾ける。


『妾は認めてやる。お前がやった事を。妾が認めてやる。お前が此奴らの笑顔を守った事を。王が認めてやっているのだぞ?平民が何人貴様を否定しようと妾が認めてやる。誇れ、妾に認められた事を。誇れ、己の善行を。』


ーーノートゥングの言葉を聞き、慎太郎から笑みが溢れる。


「…傲慢な女王様だよな。」


『ククク、それが妾の良さだからな。』


「そうだな。ありがとうノートゥング。なんか吹っ切れたよ。みんなもありがとう。それとごめん。俺さ、もうみんなもわかってると思うけどネガティヴな性格なんだよ。気にしいだし、メンタル弱いしで良い所が無い。欠点ばっかりなんだ。だからさ…こんな俺だけどこれからもよろしくお願いします。」


ーー慎太郎が深々と頭を下げると室内に笑いが溢れる。


「ふふっ!それを全部ひっくるめてタロウさんの良さなんですよっ?」


「そうです!私からしてみればタロウさんは良い所しかありません!タロウさんの悪い所も良い所なんです!」


「私はどんなあなたでも受け入れます。あなたの全てが私の生きる意味そのものですので。もうご自分を否定しないで下さいね?」


「おう。わかった。」


ーーネガティヴ。

それがこの男の半生を表す言葉だ。だがこれからの人生、『彼女たち』がいる限りその暗い感情が消えてくれる事切に願う。


『シンタロウ、妾はお前に言いたい事があるのだ…』


「おう?」


なんだ改まった感じなんか出して。もしかして…愛の告白でもするつもりか…?大胆だなおい。でもこの雰囲気はそれしかないんじゃね?やべーなおい。モテ期の波が止まる事をしらねーぜ。


「なんだ?」


ーー慎太郎が少しウキウキしてるのが気に入らない。

ノートゥングが恥じらいながら口を開く。







『…プリンが食べたいのだ。買って来い。』








「……は?」


『なんだ?さっさと行け。ドーソンので良いぞ。』


「はぁぁぁぁ!?なに変な空気出してパシッてんの!?その恋する乙女みたいな表情なんだったわけ!?」


『ギリギリまでドーソンのプリンにするかビッグゴーのプリンにするか迷っていたのだ。』


「紛らわしい事してんじゃねぇよ!!つーかなんで俺が行かなきゃいけねーんだ!!ふざけーー」


ーーここでノートゥングのビンタが慎太郎の頰に炸裂する。


『行って来い。ダッシュでな。』


「……はい。」


ーー慎太郎は思った。いつか絶対懲らしめてやると心に誓って、泣きながら大阪の街を駆け回っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る