第313話 調略
たこ焼きを食い終わった俺たちはみくの自宅へと向かった。たこ焼き食べた後になぜか全員でどこかへ行ってしまったので俺とちび助だけ車で待っていた。それが結構長かったのでかなり時間がかかってしまったのだがトイレにでも行っていたのだろうか?女って大変だなぁ、と、しみじみしながらちび助とトマトジュースを飲みながら待っていた今日この頃である。
「さー!ついたでー!ここがウチのお城やー!」
着いた先はみくには本当に申し訳無いがお世辞にも綺麗とは言えない所であった、なんて言葉すらも吐けない程のアパートだ。バラック小屋。それが一番ぴったりな所。一応二階建てではあるが、階段を使ったら階段が崩れ落ちて来るのではないだろうか。流石に誰も声を発しない。楓さんと美波は時が止まってしまっている。アリスに至ってもなんて言ったらいいかわからないと言った風だ。
「なかなか趣のある建物ですね。映画の撮影に使うような佇まいです。」
その中で唯一声を発したのは牡丹だ。言い回しも上手い。流石は牡丹だ。
「あははー…ハッキリボロアパートって言ってくれてええよ。タロチャンが住んでるキレーな高級マンションとは雲泥の差やし。でも…ここに住むようになって、やっとウチにも安らげる場所が出来たーって嬉しかったなぁ…」
なんだか寂しそうな顔をみくはするので俺はみくの頭ワシャワシャと撫でる。
「うわっ…!何すんのタロチャン…!?」
「まー…アレだよ…その…みくに寂しい思いはさせないよ。」
俺は気恥ずかしい台詞を吐くのがなんとも気まずいし、恥ずかしいしで、みくから顔を背ける。でもなんだか嬉しそうな空気を出しているのは感じるわけで。
「うん…!!ウチはタロチャンの事信頼しとるで!ウチの事大事にしてなー!タロチャン大好きやでー!」
そう言いながらみくが俺の腕に抱きついて来る。
「ちょっ…!くっつくなって…!!」
「なんでー?ええやんー!」
「バカ野郎、お前、こんな事したらどうなるか学習してないのか……あかん、もう終わった。」
「え?」
ーー慎太郎が死んだ目をしてみくの後方を見ているのでつられてみくが後ろを振り返る。そして全てを悟った。
「ふふふふふ、教育が足りなかったようですねぇ。」
「ウフフ、本当ね。しっかりと再教育しましょうか。」
「ふふっ、そうですねっ。みくちゃんはきっと新しい生活に戸惑ってるんですよっ。」
「はい、先輩としてしっかり調きょ…教育します。」
おお…怖え…全員ハイライトさんが行方不明だぞ…アリスが調教とか言い出しそうになってるし。でもこれは何とかしとかんと。みくはやたらと俺に懐いている。そしてボディータッチも多い。これはきっとみくの境遇とか、こないだの入替戦の時の恐怖が関係してんだろ。俺への恋愛感情とかじゃなくてただ甘えてるだけなんだ。4人とは向いてるベクトルが全然違うんだからそれをなんとか理解させないとこれからもトラブルが続くぞ。
ーー全く全然わかってない男だ。綿谷みくはもう完全に慎太郎に惚れている。確かに入替戦の時の一件が引き金にはなっているが、あの状況で助けられて優しくされたら惚れない方が無理がある。
よっしゃ。ここは俺がなんとかしよう。主に牡丹を。ここでなんとかしないと誰かがなんかデカい事を起こすかもしれんからな。主に牡丹が。
「待った待った。みんな、みくはさ、色々と怖いんだよ。だからちょっと甘えてるだけなんだって。少しぐらい大目に見てやってよ。」
「タロウさんの言う事は何でも聞いて差し上げたいのですがそれは無理ですねぇ。悪い子にはお仕置きをするのが当然ですのでぇ。」
ヤンデレモードに入ってる牡丹がそう言うのは計算済みだ。そしてその対抗策もな。
「牡丹、ちょっとこっち来て。」
「はい。」
ーー慎太郎が牡丹をみくのアパートの角に連れて行く。
「な、頼むよ牡丹。」
「無理ですねぇ。」
「そっかぁ…」
「はい。」
「俺は優しい牡丹が好きなんだけどなぁ。」
「……!?」
ーーここで牡丹に揺らぎが出る。
「友達が弱ってる時に優しく出来る牡丹だと思ったのになぁ。そんな牡丹だから好きなんだけどなぁ。」
「あう…」
ーー狼狽える牡丹。もはやハイライトは戻ってみくの教育などどうでも良くなっていた。
「もしかしたら聞き間違いかもしれないからもう一回聞くね。みくが俺に甘えて来ても牡丹なら許してくれるよね?牡丹は優しいもんね?」
「ふふふ、もちろんです。みくちゃんが少しぐらいタロウさんに甘えるのは仕方が無い事です。」
ーーもはや牡丹にとって少しぐらいみくが慎太郎にべったりしているぐらいどうでも良くなっていた。それで慎太郎に好きになってもらえるならそれぐらいは我慢しよう。そもそも結婚をする約束(牡丹の勝手な思い込み)をしているのだから落ち着いてどっと構えていればいいだけだ、そう思っていた。
「流石は牡丹、優しいな。」
ーー慎太郎がここでトドメとばかりに牡丹に近づき耳元で囁く。
「…優しい牡丹、大好きだよ。」
ーーこの一言で陥落。モノも言えぬ程に陥落。もはや口をパクパクさせる事しか牡丹は出来なかった。
ーーご機嫌の牡丹を連れてみんなの元へ戻る慎太郎は次に楓をアパートの角へ連れ出す。
「ね、楓さん、大目に見て下さいよ。」
「無理です。未成年者が間違った道を歩む事に対して教育する事が私たち大人の役目じゃないですか?」
楓さんがそうやって正論を並べて来る事も計算済みだ。そしてその対抗策もな。
ーー慎太郎が楓との距離を詰める。
「楓さん。」
「なんですか?」
「楓。」
「なんでーーえ!?」
ーー突然慎太郎に呼び捨てにされる事で楓はペースが乱れる。
「俺は優しい楓が好きだよ。少しぐらいみくが俺に甘えても楓なら許してくれるよね?」
「はうっ…!!」
ーー楓が胸を抑える。慎太郎が甘えたような感じで言ってくるのが楓にとっては堪らなかった。本人に自覚は無いが、潜在的に楓は甘えられる事に弱い。そんな慎太郎が甘えた口調でおねだりしてくれば堕ちるのは必然。
そしてトドメに耳元で楓に囁く。
「…俺のお願い聞いてくれるよね?」
「…うん、いいよ。」
ーー楽勝である。
こうしてご機嫌になった楓を連れて次はアリスを連れて来る。
「アリス。アリスは俺のお願い聞いてくれるよね?」
「それは…ダメです。」
フッ、アリスは簡単だ。問題なのは牡丹と楓さんだけだった。俺は説得が難しい順にここへ連れて来て調略をしていった。あの2人を調略したのだからこの戦はもはや必勝。取るに足らぬわ。フハハハハ。
「アリス。ちび助だって優しいアリスが好きなんだぞ?」
「え?」
ーー慎太郎がここぞとばかりに懐で昼寝をしていたちび助を起こす。
「ちび助。ちび助もアリスが優しい方がいいよなー?」
「ぴ?」
ーーちび助は寝てる所を起こされたのでまだ頭が働かない。ただ返事をしただけだ。
「ほら。ちび助も優しいアリスがいいって。」
「うぅ…」
「ぴ?」
ーーちび助は慎太郎の言葉にただ鳴いているだけ。それをあたかもちび助が同意をしているように言いくるめる。そして、ここでトドメの耳元囁きだ。
「…俺もアリスが優しい方が好きだなー。みくの事大目に見てくれるよね?」
ーーアリスは顔を真っ赤にして頷く事しか出来ない。どいつもこいつもチョロすぎだ。
後は残った美波を処理するだけだ。ご機嫌のアリスを戻して美波を連れて行く。
フッ、余裕だな。美波は一番余裕だ。俺がお願いすれば簡単に納得してくれる。勝ったな。
ーー調子に乗るスケコマシ田辺慎太郎。だがそんな彼に想定外の事態が起こる。
「なぁ、美波、俺はーー」
ーー慎太郎が振り返り、美波の調略を始めようとした時だった。美波と一緒に誰かくっついて来ている事にようやく気づく。
「……なんでノートゥングが着いて来てんの?」
『なんだ悪いのか?』
悪いに決まってんだろ。なんでお前が来るんだよ。車の中でプリガルやってろダメニート。
「いえ、悪くないです。」
ーーなんて事が言える訳のない慎太郎であった。
…落ち着け。落ち着くんだ田辺慎太郎。まだ慌てる時間じゃない。ダメニートがいたって気にしなければいいんだ。美波は俺の言う事を簡単に聞いてくれるはず。それで終わる。ダメニートは空気。ダメニートは空気。よし!!
「なぁ、美波。俺は優しい美波が好きだな。」
「えっ…?そ、それって…」
「だからちょっとぐらいみくが俺に甘えても許してくれるよね?美波ならわかってくれるよね?」
ーー慎太郎が美波の目をジッと見つめる。大好きな慎太郎にそんなに見つめられたら美波は抗う事など出来ない。頬を染めながら簡単に慎太郎に従ってしまう。
「そ、そうですねっ!わか『騙されるなミナミよ。』」
ーーここでノートゥングが割り込んで来る。
『コイツは『ミナミはチョロいから簡単に許してくれるだろう。シメシメ。』と思って言っておるぞ。』
「え?……そうなんですか?」
ーーノートゥングの介入により少し冷静になった美波がジト目で慎太郎を見る。
「お、お、お、思ってねぇよ!?て、て、て、適当な事言ってんじゃねぇぞぉ!?」
ーー殆どドンピシャでノートゥングに見透かされた為、しどろもどろになる慎太郎。
『ほう、違うと申すのか?』
「…ちげーし。思ってねーし。」
ーー慎太郎がノートゥングと目を合わせずに反論する。もはやバレバレ。
『ならば聞こうか。この順番はどうやって決めたのだ?』
「そ、そんなの…た、偶々だよ!!」
『ほうほう。妾には調略するのが難しい順にしたように見えるのだが気のせいか?』
やべぇ、バレとる。ど、どーしよう!!これ美波にバレたらどうなるんだろう。
ーー急に狼狽え出す慎太郎。それを見てノートゥングが勝ち誇った顔をする。
『おい、シンタロウ、ちょっと来い。』
「はっ、はい!」
ーーノートゥングに更に隅の方へと連れて行かれる慎太郎。まるでカツアゲされてるみたいだ。
『どうだ、取引をせんか?』
「と、取引ですか?」
ーー敬語になっている所がまた情けない。
『ああ。貴様が妾の命令を聞くならミナミを説得する手助けをしてやろう。』
「ほ、本当ですか?」
『妾は嘘は言わん。』
「聞きます!何でも聞きます!」
ーーチョロい男だ。
『よし、ならば交渉成立だな。』
「ありがとうございます!で…?俺は何を…?前にも何でも聞くって一個そのままになってるけど…?」
『……また何処かへ妾を連れて行け。』
「え?どこかって…?」
『そ、そんなのは…貴様が考えろ。』
何このデレ期。やっぱりあの時のって…そういう事だよな…いや…ないよなー…ノートゥングが俺の事好きなパターンは無いだろー…美波たちは色々状況が重なってそうなったけど、ノートゥングには何もしてないならな。惚れられる要素が全く無い。きっとこの間のはスイーツに入ってるアルコールが強かったとかそんなオチだろう。ただ遊びに連れてって欲しいだけに決まってる。それぐらいならお安い御用だ。
「なんだそんな事か。そらなら言えばいつだって連れてくよ。あ、仕事無い時な?」
『……フン。』
「痛ってぇ!?」
ーーノートゥングが慎太郎の頭を引っ叩く。
「な、何すんだよ…!?」
『五月蝿い!!黙れ!!』
めちゃくちゃじゃねぇか。ホントこいつは何考えてるかわかんねぇ。
『ほら、さっさとミナミを説得しろ!!』
「はいはい。わかりましたよ。」
まあ、なんにしろ美波を宥める手助けしてくれんならいいや。深くは気にせず、コイツの暴力も気にせずにいこう。うん。
ーー慎太郎とノートゥングは美波の元へ戻る。2人がイチャイチャしてる様を見せられ、美波はまたハイライトを無くし、さらには不愉快そうな顔までしている。
「ごめんな美波。話の途中だったのに待たせちゃったな。」
「ふふっ、タロウさんはモテモテですからねっ。」
…なんかトゲがある言い方だな。邪気も纏ってるし。クソ…ノートゥングが邪魔しなければ楽な戦いだったものを。
「なぁ、美波。俺は優しい美波が好きだよ。」
「他の子にもそう言ったんですか?」
「……。」
あかん。闇堕ちしてる美波は手強いぞ。牡丹より面倒なパターンだ。落ち着け。クールになれ。
「そんなわけないよ。美波にだけだよ。」
「って言えば私ならチョロいからいけるって思ってるんですよね?」
「……。」
…どうしよう。もう手が無いんだけど。童貞にはハードル高すぎでした。ごめんよみく。お前を助けてやれそうにない。美波からのお仕置きだけは耐えてくれ。あ、美波のお仕置きってなんかエロそうだな。
ーー邪な事を考えているダメな慎太郎にノートゥングが助け舟を出す。
『ミナミよ。それぐらい大目に見てやれ。さっきのはほんの冗談だ。シンタロウはそんな事は思っておらん。』
「…本当に?」
『うむ。それにな、』
ーーノートゥングが美波と内緒話を始める。
『お前は正妻なのだろう?正妻ならそれぐらいの事を許してやらんでどうする。他の女が少しぐらいシンタロウに迫っても余裕でいればいいのだ。それが正妻ではないか?』
ーーノートゥングのその言葉に美波の中で稲妻が落ちる。
「そ、そうよねっ!忘れていたわ…!!私は正妻なんだから涼しい顔をしていればいいのよっ!!それこそが正妻力…!!」
なんかデカイ声で制裁がどうのこうの言ってるけど俺も美波にお仕置きされんのかな。こんな状況なのにムラっときてしまう。美波オカズにしよう。うん。
「わかりましたっ!それぐらい大目にみますっ!」
「え?いいの?」
「はいっ!」
なんだか知らんが助かった。きっとノートゥングがフォローしてくれたんだな。良い奴だな。美味しい甘い物出す店探しといてやろ。
ーーこうしてみくが慎太郎にベタベタしてもお咎めなしという暗黙のルールが制定された。
だがそれにより莫大な時間を使った事でみくと楓は急いでみくの高校へと向かう事になる。なんとも計画性の無い一団である。
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