第305話 第二次入替戦 楓・牡丹 side 7

『でハ、入替戦第4戦を始めて下さイ。』


ツヴァイの号令により入替戦が始まる。牡丹ちゃんの言葉に動揺しているのだろうか?私にも何とも言えない不安が押し寄せる。何事も無ければいいけど…



「近くで見るともっと可愛いなお前。あっちの綺麗系の女2人も最高だけど俺はお前みたいな可愛い系が好みでな。」


ーーそう語る笠原の表情は卑しく気持ちの悪いものであった。まるで勝つ事が前提で自分の好みの女を選別する、そんな感じだ。


「アンタみたいなのに褒められてもぜんっぜん嬉しくないんですけどー。ウチはイケメンが好きなの。アンタじゃ対象外。」


ーーみくが不快感全開で笠原に言い切る。気に入った相手から褒められれば嬉しいが、そうではない相手から褒められると嫌悪感さえ感じてしまうのは女あるあるだろう。


「だがあっちの女2人とお前に共通してるトコはその気の強さだな。女は可愛げが無けりゃダメだぜ?特にこれからのお前の人生にはな。」


「そんな事アンタに言われなくてもええし。」


「どうせ今だけだ。こっから出たらすぐにその態度を改める気になるだろうよ。」


ーーこの男の言い振りはもはや勝ったつもりだ。それだけ自信があるのだろうか。そんな男の態度を見てみくは苛立ちを感じ始めていた。


「…ウチの事ナメすぎやろ。これでも一応”闘神”に選ばれてんで。」


「雑魚だなんて言ってねぇよ。でも俺はお前より強い。それだけだ。」


「…あったまきた。後悔してもしらんで。」


ーーみくの身体から金色のエフェクトが弾け飛ぶ。そして上空に魔法陣が展開を始めーー

「はい、かかったと。」


ーーバトルフィールド全体に黒いエフェクトが発生する。それと同時に展開を始めていたみくの魔法陣が突如として消える。


「え!?な、なんで!?」


ーー突然の事態にみくが激しく動揺する。それを嘲笑うかのように笠原が下卑た笑みを浮かべみくへ解説を始める。


「そろいも揃ってどいつもこいつもサブスキル使わないとかバカじゃねぇのか?ガチバトルしかしないとか頭悪すぎだろ。でもま、そのおかげで見事に俺のサブスキルが成功したけどな。」


ーーそう。ここまで誰一人としてサブスキルを使わなかった。それによりみくはサブスキルの概念を完全に消失していたのだ。この失着は致命的。戦いにおいて甘いと言わざるを得ない。誰が悪いのでもない。自分自身が悪いのだ。


「しもうた…ウチ何をしてんねん…」


ーーみくが己の愚かさを悔いる。だがそんな事を考えている場合ではない。この劣勢を覆さないと勝機は無い。


「俺のサブスキル使用条件は相手プレイヤーが俺に敵意を向けてスキルを発動させる事が条件でな。結構面倒だったんだよ。ほら、何となくスキル発動する奴や、無心で発動させる奴もいんだろ?でもお前は単純だから助かったぜ。」


「くっ…!!」


「だけどよ、俺もスキル使えねぇんだよ。つーか、このフィールドにいる奴全員が使えねぇんだよ。」


ーーそれはみくにとって朗報であった。自分だけがスキルを封じられたと思っていたみくに勝機を見出す最高の情報であった。


「なんや、慌てて損した。それなら楽勝やん。ウチはゼーゲンあんねんで?それにウチは空手で全国優勝してるんや。」


ーー勢いを取り戻したみくが空手の構えを見せる。両手に神聖さが伺える手甲、靴だと思われた物はよく見ると神聖さが溢れている神々しいものであった。これが体術用のゼーゲンだ。


「へぇ、空手か。俺はキックボクシングやってんだよ。ヘビー級の日本チャンピオンだ。そんで…奇遇だな。」


ーー笠原がポケットに突っ込んでいた手を出し、履いているニッカボッカの裾を上げる。

そこから出たものはみくと同じゼーゲンであった。


「ゼーゲン…!?」


「俺も解放済みのヤツだ。空手とキックボクシングのどっちが強えかな?いや…男と女のどっちが強えんだろうな?オラ、かかって来いよ。純粋なストリートファイトといこうぜ。」


「そんなん…ウチのが強いに決まっとる!!」


ーー笠原の煽りに屈すること無くみくが猛然と襲い掛かる。

ノーモーションでの左ミドルキックを笠原へと叩き込むが笠原に綺麗にガードされる。


「…こんなモンか。蹴りってのはこうやって打つんだよ。」


ーーみくの蹴りをガードしたまま手本とばかりに左ミドルを笠原も放つ。それをみくもガードはするが、100kgを超える巨躯、そして男の筋力から放たれた一撃はとても重く、ガードの上からでもみくの内蔵を揺すった。


「ぐうッ…!!!」


ーー今の一撃をもらうだけでみくは自分との力量差を理解する。撃ち合いをしたらこっちが先にやられる。そう判断したみくは笠原と距離を取る為後方へと大きく跳ねる。

みくの中で、勝てるとしたら上段回し蹴りしか無いとの結論は出ていた。大技ではあるが、体格差をブチ破るとしたらそれしか無い。どうにか隙を作り右側頭部へと叩き込む。みくに残された手はそれしか無かった。


「どうした?降参するか?素直に俺の奴隷になんなら多少は優遇してやるぜ?」


「誰がなるか!!!」


ーーみくが隙を作ろうと果敢に攻める。突き、蹴り、それらを笠原の体の至る所へとアテ続ける。決して威力があるわけではない。威力を殺して速度を取る為だ。本命は右側頭部への上段回し蹴り。それだけを狙ってみくは攻め続けていた。

そして、笠原に待望の隙が生まれる。その好機をみくは逃さない。

イメージしていた通りに体を捻らせ、遠心力をつけての上段回し蹴りを笠原の右側頭部へとアテーー

「ま、これが女の限界だな。」


ーーみくの上段回し蹴りがヒットする瞬間、笠原が右手でみくの右足首を掴む。


「なっ…!?なんで!?」


「空手の全国優勝だかなんだか知らねぇが男と女じゃパワーが違い過ぎんだよ。この程度の蹴りなら中学のガキの方がよっぽど強えぞ。これが男の力だ。」


ーーそう言うと笠原は左の拳で渾身のストレートをみくの右頬へ振り抜く。女であろうと全く手加減する事の無い容赦無い一撃がみくの顔面に突き刺さる。

あまりの威力にみくが転がるように地面へ叩きつけられ、受け身も取る事が出来ない。


「うあっ…ぐうぅ…」


ーーみくはどうにか身体を起こし、顔を抑えながら笠原から距離を取る。鼻と口からは出血が見られ、その可憐な顔が台無しになっている。


「クハハハッ!!どうしたよ!?怯えちゃってんのか!?あ!?」


「うぅ…ウチは負けんッ…!!負けられへん!!!」


ーーみくが自分を奮い立たせるように大声を出して立ち向かう。だがみくには冷静な判断はもう出来ない。脇の開いた大振りの拳を繰り出すだけ。そんな攻撃が当たるはずも無い。息が上がり、動きの鈍ったみくの髪の毛を笠原が鷲掴みし、トドメの膝蹴りをみくの顔面に叩き込み、みくは沈黙した。


「クハハハッ!男に敵うわけねぇだろバーーカ!!」


ーー笠原の笑い声が闘技場内にこだまし、入替戦第4戦の幕が閉じた。


『入替戦第4戦はカサハラツバササマの勝利とさせて頂きマス。』



ーーだがこれで終わらない。



ーー笠原が意識の無いみくへ近づく。


「さーて、これでコイツは俺のモンか。オラッ!!いつまで寝てんだ!!起きろ!!」


ーー笠原が気絶しているみくの顔を平手でガンガン叩き始める。そしてその衝撃でみくが目を覚ます。


「うぅ……ひっ…!?」


ーー笠原と目が合い怯えるみく。


「クハハハッ!イイ感じにビビってんな。さっきの威勢はドコ行ったんだ?あ?」


ーーみくの身体が震え出す。それを見て笠原は凄く嬉しそうな顔をする。


「せっかくの可愛いツラが台無しになっちまったな。ま、それはそれで唆るけどよ。」


「笠原さん、ご苦労様です。」


ーー笠原へと話しかける者がいる。”闘神”側の末席に座する男、三間坂春翔だ。


「おう。ま、ヨユーだわな。」


「ええ。笠原さんなら当然だと思いました。」


「んじゃ、約束通りクランナンバー2は俺でいいんだな?」


「もちろんです。僕は成果を挙げた方を優遇しますので。笠原さんはナンバー2としてこれからもよろしくお願いします。僕の方の約束もお願いしますよ。」


「ああ。アッチ戻ったらこの女はお前に譲渡するよ。」


「ありがとうございます。」


ーー2人の会話の意味がわからないみくはふと言葉を出す。


「どういうこと…?」


ーーそれに気づいた三間坂が嬉しそうな顔で喋り始める。


「僕と笠原さんは同じクランなんですよ。あ、もしかして約束って何なのかって事ですか?それはですね、僕はみくちゃんが欲しかったんです。でも”闘神”同士では戦えないでしょ?だから笠原さんの実績を上げて予備軍まで押し上げたんです。そうすれば”闘神”と戦える。みくちゃんを手に入れる事が出来るって訳です。」


「なんで…ウチなん…?」


「そうですね。好みっていうのもあります。みくちゃんは恐ろしく可愛いですからね。でも一番の理由は僕に対する態度の悪さですね。ああ、この態度の悪い女を飼い慣らしたい、ボロボロにしてやりたい、地獄のような苦しみを与えてやりたい、死んだ方がマシだって思えるぐらいにしてやりたい、苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめてやりたい、そう思ったからです。ハハッ、あー、久しぶりに興奮しています。これからは僕がご主人様だよ。わかったね、みく。」


ーーみくの身体がさらに震える。状況を理解して来た分、恐怖が脳を支配していく。


「クハハハッ、最高にイカレてるよなお前。なぁ、俺にもコイツ一発ヤラせてくれよ。流石にこのレベルの女はヤリてーだろ。」


「良いですよ。但し、僕が最初です。それより、ペットに服は不要ですよね。みく、脱げ。お前に服は必要無い。」


ーー三間坂の命令にみくは首を横に振って拒絶する。


「…イヤ…そんなんイヤや…!!!」


「聞き分けの悪いペットですね。笠原さん、みくの服を剥ぎ取って下さい。」


「クハハハッ、おう、いいぜ。」


ーー笠原がみくへと近づいて行く。下卑た笑みを浮かべながら。



ーー



ーー



ーー



「楓さん、すみません。私はみくちゃんを助けに行きます。」


牡丹ちゃんが鬼の様な形相で立ち上がりピリピリとした殺気を放ちながらゼーゲンを鞘から引き抜く。


「勝手な事をしているのは理解しています。ですが、私は友を放っておく事は出来ません。」


「待ちなさい。私も同じ気持ちよ。友達を放っておけない。こんなに胸糞悪いのは初めてだわ。行くわよ。」


「はい。」


私もゼーゲンを引き抜き笠原へと向かおうとした時だった。


『御待ち下さイ。それは許可出来ませン。』


ツヴァイが私たちの前に立ちはだかる。


「退いて下さい。退かなければあなたも斬ります。夜ノ森さんも参戦されて構いませんよ。」


かつてないほど怒っている牡丹ちゃんが明らかな敵意をツヴァイへと向ける。


『カサハラツバササマはもう”闘神”デス。”闘神”同士の争いは禁止デスヨ。』


「そんな事関係無いわよ。」


私も牡丹ちゃんと同じ気持ちだ。ツヴァイも夜ノ森葵も全て蹴散らしてでもみくちゃんを助ける。


『ならば貴方方のクランリーダーに責任を取って頂きマスヨ?宜しいんでスネ?』


その一言により私と牡丹ちゃんは抑えられた。ツヴァイは私たちの弱点を知っている。


「…責任って、なんなのよ。」


『相応の責任を取らせまス。宜しいんでスネ?』


「…卑劣ですね。」


私たちに迷いが出ている間にみくちゃん側での動きが加速する。


「イヤァァァァァ!!!やだぁ…!!!」


ーー笠原がみくの服を強引に剥ぎ取ろとする。上着は破られ、下着が露わになる。


「しつけえなこの野郎!!往生際が悪ィんだよ!!またブン殴られてぇのか!?」


ーー涙を流しながら必死に抵抗するみく。だがその態度に苛立ちを覚えた笠原はみくに馬乗りになり、殴りつけようと拳を振り上げる。


「このクソアマが!!!自分から脱ぐまで殴りつけてやるよ!!!オラーー」


ーー笠原が拳をみくへ振り下ろそうとした時だった。笠原の左頬に強烈な一発が叩き込まれる。そのあまりの威力に笠原は漫画のように吹っ飛ぶ。


ーーそれをやったのは、



「このクソ野郎が。」



「「タロウさん!?」」


私たちが迷っている間にいつの間にか席から移動し、笠原を殴っていた。私たちはそれを見てさらに戸惑う。そして戸惑ったのは私と牡丹ちゃんだけでは無い。


『…あの馬鹿!また余計な事をして!』


「え?」


ツヴァイが私たちの所からタロウさんのいるバトルフィールドへと向かう。だが私は間違い無く聞いた。いつもの変成器で変えた声じゃない。小声だが間違い無くツヴァイの本当の声だった。それも女だった。



ーー



ーー



ーー慎太郎が着ているシャツを脱いでそれを下着姿になっているみくに羽織らせる。みくは戸惑う。自分に起きている展開が激し過ぎて脳が追いつかない。


ーー慎太郎はポケットからハンカチを取り出し、涙と血に塗れているみくの顔を拭う。


「大丈夫だから。俺がなんとかするから。そこで待ってて。」


「…え?」


ーー慎太郎はそのままハンカチをみくに持たせて立ち上がる。みくはただ慎太郎を見ている事しか出来ない。


ーー慎太郎に殴り飛ばされた笠原が起き上がる。


「テメェ…!!イキナリ何しやがんだ!?アァ!?」


ーー慎太郎に不意打ちで殴られた事により笠原は血管が浮き出る程に苛立っている。

だが、それは慎太郎も同じだ。


「黙ってろよクズが。お前の相手は俺がしてやる。来い。」


ーーかつてないほど怒りの感情を滲ませた慎太郎の戦いが始まろうとしていた。













「まァた、あの偽善者はシャシャり出おったわ。まぁええわ。ワイは一視聴者として愉しませてもらうで。カカカカカ!!」




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