第303話 第二次入替戦 楓・牡丹 side 5

ーー闘技場内に轟音とガス臭い臭気が漂う。

現在闘技場での覇権は松嶋千晶が握っている。時空系アルティメットスキル《爆破の種》により楓とブルドガングに防御以外何もさせない完封状態を維持し、まさに独壇場と成りかけていた。

楓とブルドガングは数の優位を活かし、波状攻撃や挟み撃ちを仕掛けたりしたがどれも不発。いや、させてもらえなかった。松嶋の間合いに入ろうとしてもスキルによるガス爆発を発生させられ、身体に触れる事すらままならない。現状では打つ手なし。そんな空気まで漂い始めていた。


ーー



ーー



ーー



「楓チャン、大丈夫かな…」


ーー綿谷みくが心配そうに呟く。


「大丈夫です。楓さん程の方が負けたりするはずがありません。」


ーー島村牡丹が毅然とした態度で答える。

だが牡丹のその言葉は自分に言い聞かせるものでもあった。楓の狙いを牡丹も瞬時に察した。察したからこそ心配でもあった。全力を出さないで時空系アルティメットと強化系アルティメットの両使いを相手にする。これがどれ程大変な事か牡丹は理解している。そんな相手を手を抜いて勝たなければならない。それは並大抵では不可能だ。さらに言えば楓はブルドガングに雷のエフェクトも発動させていない。英傑たちは”具現”によって自身の本来の力を解放する事が出来る。そして力の源である属性の加護を得る事により能力を発揮する事が叶うのだ。だがブルドガングはそれをしていない。自身の本来の力を他者に知られないようにする為に。そうやって制約する事によりブルドガングが出している力はせいぜい”憑依”より少し上程度だ。楓と2人掛りとはいえアルティメット両使い相手では決して分が良いとはいえない。もっと言ってしまえば楓はブルドガングに奥義も使わせる気は無い。こんな状態で勝てというのだ。牡丹が不安に思うのも当然の事だ。


「でもなんで楓チャンはもう一つのアルティメットを使わないんやろ。相手は二つ使ってんやから楓チャンも使った方が絶対楽やん。」


ーーそのみくの言葉に牡丹は返答出来ない。

初期メンバーの”闘神”は皆、2枚以上のアルティメットを所持している。それは”闘神”の会合で割れている周知の事実だ。だが楓はアルティメットは1枚しか所持していない。アルティメット確定ガチャ券で手に入れた《剣王の魂》は相葉美波に譲ってしまったからだ。当然それを牡丹以外の”闘神”は知る由も無い。大半の”闘神”は何故楓が使わないのか不思議で仕方がなかった。

牡丹がどう返答しようか思案していると意外な人物が話に入って来る。


「簡単な話だろ。芹澤は手の内を見せたく無いからああいう戦いをしてるんだ。」


ーー蘇我夢幻が牡丹とみくの会話に入る。


「おっ?なんやなんや、珍しいなー?蘇我クンが喋ってくるなんて。ウチら美少女チームと仲良くなりたいん?」


「……。」


ーーみくが軽い口調で蘇我に話す。だが蘇我はそんなみくを相手にせず前を向いていた。


「あー!シカトやん!性格悪いでー?せっかくの男前やのに性格悪いと損やでー?んで?なんでそう思うん?」


「当然だろ。俺たちは仲間じゃない。全員敵同士だ。それなのに自分の手の内晒したらデメリットしか無い。芹澤はそこんトコを理解してるから必要最小限のギリギリの戦いをしている。賢い奴だ。」


「へー、ならウチは手の内晒してないから有利やん!」


「この中で他の奴の動きをちゃんと見てんのは芹澤と島村と橘だけだ。後はただ見ているだけ。程度が知れるな。」


「ちょいちょいちょい!!ウチの事バカにしとるやろ!?ウチだってやるんやからな!!学力だって結構高いんやで!?」


「黙って見ていろ。芹澤の狙いがそろそろ現れ始める頃だからな。」


「狙い…?」


そう。私も思っていました。私も楓さんと同じ立場ならきっと同じ事をする。そしてそれが現れるのはそろそろ。


「みくちゃん。見守りましょう。楓さんは必ず勝ちますから。」



ーー



ーー



ーー




「オラオラァ!!逃げてばっかりじゃ勝てねェぞォ!?ハッハッハッハッハ!!情けねェなァ、芹澤楓!!」


ーー松嶋が楓とブルドガングがいる方を手当たり次第に爆破させていく。特に狙いを定める訳でもなく適当に周囲を爆破し、適当に楓とブルドガングへ追尾弾を放つ。だが楓たちにそんな適当な攻撃が当たるはずも無い。ダメージに繋がる事も無ければ煙幕による隙が生まれる事も無い。だがそれらを躱しては松嶋にプレッシャーをかけたりするが、松嶋は自身の周囲を爆発させて近寄らせる事もしない。無駄はあるが攻守においてほぼ完璧。戦いは膠着の様相を見せていた。


「弱ェ!!弱ェぞ芹澤楓ェ!!!私に近づいて見ろ!!!攻撃してみろォ!!!ヒッヒッヒッ!!!」


ーー逃げ腰な楓たちを見て松嶋はより一層勢いづく。それにより爆破の規模や範囲がどんどん広がっていた。


『…チッ。調子に乗ってくれるわね。あんなヤツ奥義を使えれば一発なのに。ううん、小技だって一撃で黒焦げにしてやれるのに。』


ーーブルドガングがブツブツと不満を呟き始める。制限された戦いの中で彼女のフラストレーションは高まっていた。


『(カエデ、いつまでこの調子でやんのよ?アタシのイライラが最高潮なんだけど。)』


ーーブルドガングはテレパシーのようなもので楓の脳内に直接話しかける。


「(はいはい。我慢してね。もう少しよ。そろそろなはずだから。)」


ーー楓がブルドガングを宥めるような口調で落ち着かせる。


『(流石のアタシでもこの状態じゃ体力削られて来たわよ?大丈夫なんでしょうね?)』


「(私の事信じられない?)」


『(そんなわけないでしょ。カエデの事信じられなきゃ誰も信じられないわよ。)』


「(ウフフ、ありがとう。さ、あと少しよ。踏ん張りましょう。)」


『(しゃあないな。オッケー!!)』



ーー楓とブルドガングが再度松嶋を挟む態勢へと移りプレッシャーをかける。


「フン、またそれか。なんだか拍子抜けだねぇ。私はアンタを買い被りすぎていたようだ。それとも私が強くなりすぎたのか。なんにしてももういい。終わらせて”闘神”の座とお前を頂く。」


ーー松嶋を包む金色のオーラが一層輝きを強め黄金色へと移り変わる。

戦いの終わりがやって来た。

松嶋の持つ最大の技を今解き放つ。


「終わりだ!!バースティックエクスプロージョン!!」



ーー松嶋から全方位へ向けて眩い金色の光が放たれる。そしてーー



ーーパンッ



ーー闘技場内に風船が破裂したような小さい音が聞こえる。それ以外には特に何も起きない。先程までの爆発が嘘かのように闘技場内が静まり返っていた。


「……は?な…なんで…?なんで爆発しない…?」


ーー松嶋は状況が理解出来なく戸惑いを見せる。先程までの余裕は一切無く、狼狽える様はその風貌とは打って変わって女子そのものだった。そんな松嶋に答えを出してくれる者が現れる。


「やはり最低限の知性は必要という事ね。どうして爆発しないのか理解出来ないのでしょう?教えてあげるわ。空気中にあるアルゴンの量は1パーセント程度。他にもメタンとかあるけどそんなものは微々たるもの。たったそれしか無い貴重なガスをあれだけ派手にバンバン使えば枯渇するのが当たり前。」


「うっ…!?あ…!?」


ーー楓の解説に松嶋は声も出す事が出来ない。調子に乗りスキルを使い過ぎた己が恥ずかしくて堪らなかった。


「ま、そのスキルの窒素の扱いがシビアで助かったわ。あくまでも窒素は人工的に濃度を上げたものが窒素ガスだものね。それまでガス扱いにされていたら流石に全力でやらないとダメだったかもね。ウフフ、あなたが馬鹿で助かったわ。」


ーー嘲笑う楓を見て松嶋が怒りの相を見せる。


「…ナメてんじゃねぇよ。まだ終わりじゃねぇ!!私にはまだこの身体があるんだ!!テメェをグチャグチャにしてやらァ!!!」


ーー拳を握り締め、松嶋が楓へと襲い掛かる。だが、


「もう終わりよ。」


ーー楓の言葉と同時に松嶋は沈黙する。天使の翼を羽ばたかせた楓の速度について行く事が出来ず、瞬きをする間も無く松嶋千晶は地に伏した。


『入替戦第3戦はセリザワカエデサマの勝利とさせて頂きマス。』









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る