第295話 慎太郎と牡丹 3

ーー昼食を摂り終えた慎太郎と牡丹はファミレスを後にし、車へと戻った。


「ふーっ、食ったな。大満足。」


「ふふふ、本当に美味しかったです。ご馳走様でした。」


「おう。そんじゃ行こうか。どこか行きたい所ってある?せっかくここまで来たんだし牡丹が行きたい所があるんなら連れて行くよ。」


「宜しいのですか?」


「もちろん。」


ふふふ、なんだか嬉しい事ばかりです。彼と一緒にいるといつも嬉しいですが、今日は更に嬉しいです。それならば彼にもっと我儘を言ってみましょう。


「では…ゲームセンターに行きたいです。」


「ゲーセン?いいけど、結構意外な所だったな。なんか牡丹に似つかわしくないっていうか。」


「…プリクラが撮りたいんです。」


「え?プリクラ?俺と?」


「…はい。」


ーー牡丹が頬を赤らめて慎太郎に答える。そんな牡丹を見て慎太郎は『可愛い。』と呑気に思っている。

この後に災厄が待っているとも知らずに。


「…ま、全然いいけどさ。んじゃゲーセン行こっか。」


「ふふふ、ありがとうございます。嬉しいです。」




********************




ーー慎太郎と牡丹はファミレスから少し離れた個人経営のゲームセンターへとやって来た。大手が運営しているゲームセンターとは違い、ファミリー層などは全然いない。いるといったら平日の昼間から麻雀ゲーム、パチンコ、スロットに勤しんでいるダークサイドな人種や、音ゲーに興じている別の意味でダークサイドな人種たちだ。こんな掃き溜めみたいな場所に女を連れて来る慎太郎の神経にはドン引きだ。普通はデートなら大手のゲームセンターに連れて来てキャッキャ、ウフフをするのがド定番だろう。だからお前はモテないんだよ。


「これがゲームセンターですか…」


「ま、ある意味本当のゲームセンターって感じかな。こういう所は初めて?」


「そうですね。小さい頃に両親とショッピングモールのゲームコーナーに行った事しかありません。ゲームセンターは初めてです。タロウさんはよく来られるのですか?」


「オレヒスやる前は休みの日によく来てたな。俺って結構なダメンズだし。あはは。」


「タロウさんが駄目なはずがありません。」


「ありがとう。牡丹は優しいな。」


ーーもはや定番と化した牡丹頭ナデナデを慎太郎は行う。そしてそれを受け、牡丹は嬉しそうな顔で頬を染める。こうして慎太郎への依存度がどんどん限界突破していくのだ。


「そんじゃプリクラ撮ろうか。こういうゲーセンにもプリクラはあるはずだからーーお!あったあった。牡丹、おいで。」


「ふふふ、はい。」


あぁ…彼の優しい声で『おいで』と言われると私の中のナニカが悶え死んでしまいそうです。


ーー薄暗い店内を更に奥へと進んで行く。すると最奥の角にプリクラの筐体が設置されている。型は最新のものでは決して無い。今時の宇宙人のような目になるタイプでは無く、一昔前の物だ。だが牡丹にとってはその違いなど知りもしないのでプリクラを慎太郎と撮る事にワクワクしていた。


「ちょっと型は古いけど俺はこの方が好きなんだよね。」


ーーさて、この慎太郎の発言がご機嫌の牡丹に水を差す事になる。

内側からモヤモヤするような負の感情が牡丹から溢れ出す。もはや聞かずにはいられない。


「…その言い方ですとプリクラを撮った事があるみたいな言い方ですねぇ。」


「んー、ま、何回かはあるかな。」


ーー慎太郎は筐体の中へと入り100円玉を入れ始める。牡丹の変化に全く気づいていない。学習能力の無い奴だ。


「ねぇ、誰と撮ったんですかぁ?」


「え?」


ーー慎太郎が後ろを振り返る。ここでやっと気付く。ヤンデレモードになっている事に。


「ヤンデレモードになりすぎじゃない!?スイッチ壊れてるよ!?修理しないとダメだって!?」


「いいから答えて下さい。女ですか?女ですね?その売女は何処の何奴ですか?」


「…違うでごぜーますよ。」


ーー慎太郎が見え透いた嘘を吐くので牡丹は何処からともなく剪定バサミを取り出す。


「待って!?それしまって!?通報されるから!?」


「その売女は誰なんですかぁ?」


ーー慎太郎は抗う事を諦めた。


「…美波です。でも違うよ?アレだよ?牡丹と会う前の話だよ?その時にプリクラ撮りたいっていうから撮ったんだよ?普通に撮っただけだよ?本当だよ?」


ーー浮気の言い訳みたいな事をしている慎太郎。本当に情けない。


「…ふぅん。美波さんですか。やはり油断なりませんねぇ。」


ーー慎太郎は心臓をバクバク言わせながら牡丹の出方を伺う。1秒も経っていないはずの時間が慎太郎には1時間以上経過しているように感じていた。


「私の希望通りに撮って頂ければこの件は不問に致しますよぉ。」


「あ、はい。」


「では接吻をしながら撮って下さいねぇ。」


「はぁ!?何言ってんのこの花は!?出来るわけないだろ!?」


「……。」


ーー牡丹が無言で剪定バサミを取り出す。


「やめてぇぇ…!?わかったから!?言う事聞くから!?」


「撮って頂けるのですか?」


「……はい。」


「ふふふ。」


ーー慎太郎は観念した。やはり安定の牡丹である。


「これはどのように撮るのですか?」


「それはな、これをこうして…」


ーー慎太郎が筐体を操作して撮影準備に入る。


「2パターン撮れるから1枚は普通のにしよっか。」


「はい。身体は密着でお願い致します。」


「はいはい。わかりましたよ。そんじゃ撮影始まるよ。準備いい?」


「大丈夫です。」


ーー慎太郎が牡丹の腰に手を回すような体勢で1枚目の撮影が終了する。そして2枚目へと移行する。


「…そんじゃ、姫様のご希望はどんな感じすか?」


「激しく濃厚な接吻と、背骨が折れそうなぐらいキツく抱き締めるようにお願い致します。」


「…はい。」


ーー撮影のタイミングに合わせて慎太郎と牡丹が口づけを交わす。牡丹の要望通りに激しく濃厚な口づけを。


程なくして撮影が終わり、落書きタイムに入る。


「ふふふ、良く撮れております。私の一生の宝物に致します。」


「あのさ、頼むからみんなに見せないでね?俺死ぬからさ。頼むよ?」


「心得ております。これは私とタロウさんの2人だけの秘密です。」


「ならいいけど…、どうする?落書きする?」


「書いても宜しいのですか?」


「好きに書きなよ。」


ーーこの馬鹿は本当に学習能力が無い。牡丹に好きにさせるとどうなるか全く理解してないようだ。


「では好きに書かせて頂きます。」


ーーキスプリに牡丹が加工を施す。当然ながら書いた文字は、


『永遠の愛を誓い合いました』


そう書かれたのだった。

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