第294話 慎太郎と牡丹 2
着替えを終えた私は、車外にいるタロウさんを呼び戻しショッピングモールを後にした。タロウさんが持って来た服は白のノースリーブに花柄のロングスカート。どれもタロウさんに買って頂いた物だ。でも正直に申しますとノースリーブに関しては私はそんなに好きではありません。理由は簡単です。肌を露出するのが恥ずかしいからです。私がこのノースリーブを着る時はいつもストール等と組み合わせて着ています。そんな私がどうしてこのノースリーブを買って頂いたかというと、これを着た時の彼の顔がとても嬉しそうだったからです。私の推察によると、タロウさんは肩まで露出した格好がお好みのようです。現に、それを理解している楓さんはやたらとキャミソールを家で着ています。流石は我が好敵手、油断なりません。私もそれに対抗しようとは思うのですが、どうしても恥ずかしいのでストールで隠してしまいます。でも、タロウさんは今日これを持って来られた。これを着た私をみたい、これを着た私とデートをしたい、あわよくばこれを着た私をお城のような建物に連れ込みたい、そう思っておられるに違いありません。ならば私は彼の気持ちに応えたい。それこそが妻としての務めです。島村牡丹、誠心誠意あなたに尽くします。
ーー牡丹が馬鹿な事を考えていると慎太郎がちらっと牡丹を見る。それを確認すると無言で頷きニヤケる顔を必死に抑える。慎太郎はご満悦の様子だ。そしてそれを牡丹は見逃さない。
「どうでしょう…?変では無いでしょうか…?」
ーー牡丹は少し自信なさげで恥ずかしそうな表情で慎太郎に尋ねる。そしてそんな表情を見せる牡丹と、慎太郎が大好きな腋見せノースリーブとのコンボで慎太郎の狼度数が限界突破しかかっていた。
「変なわけないじゃん。もう最高だよ。」
「ふふふ、ありがとうございます。タロウさんに褒めて頂けると嬉しいです。」
ーー頬を染めて応える牡丹。それを見る慎太郎は自分の中の悪い感情を必死に抑えていた。
『ホテルに連れ込んじゃえよ。』
ーー慎太郎の中の悪い感情が慎太郎を唆そうとする。
『牡丹は俺の事が大好きなんだぞ?ならホテルに連れ込んじゃっても嫌がったりなんかしないぞ?』
ーー慎太郎の中の悪い感情が慎太郎を誘惑する。
『お前の大好きな腋を好きにする事だって出来る。ガードの固い牡丹の腋が見放題、好きにし放題なんだぞ?』
ーー慎太郎の中の悪い感ーーって面倒だな。もう悪タロウでいいよ。悪タロウが慎太郎を堕としにかかる。でも実際、慎太郎は誘惑に負けてはいるし、堕ちてもいる。牡丹をホテルに連れ込みたいのは山々なのだ。ただヘタレな慎太郎は行動に移す事が出来ないだけなのだ。ヘタレなお陰でこの日常の均衡が保たれ、今日も平和なのである。
「…ふぅ。落ち着け…落ち着くんだ俺…クールになれ…」
ーー慎太郎が自分を抑える為に瞑想状態に入る。ブツブツ言っている慎太郎が気になる牡丹だが、とりあえずそっとしておこうと思い、突っ込まなかった。こういう気配りこそが正妻力なのかもしれない。どこぞの自称正妻なら『どうしたんですかっ?』とすぐに突っ込みを入れてボディタッチをし、慎太郎が落ち着く機会を奪っている事だろう。
「ふぅ…さてと、じゃあメシに行こうか。牡丹は何が食べたい?」
ーー悪タロウをどうにか抑える事に成功した慎太郎は何事も無かったのかのように牡丹に昼食の相談をする。
「我儘を言わせて頂いても宜しいでしょうか?」
「おう。」
「ファミリーレストランに行ってみたいです。」
「え?ファミレス?」
「はい。駄目でしょうか?」
「いや、いいけど…遠慮しなくていいんだよ?」
「いえ、遠慮はしておりません。ファミリーレストランに行ってみたいのです。この年頃の同輩たちはファミリーレストランを普通に利用します。それが当たり前の事。決して特別な事ではありません。ですが私は友人がおりませんのでファミリーレストランを利用した事が今までありませんでした。だから…行ってみたいのです。」
ーー牡丹のその言葉に慎太郎は手で口を抑え、嗚咽が漏れないように努める。
「そうだな…いいよ…行こう…ファミレスへ!!」
「ふふふ、ありがとうございます。」
すみませんタロウさん。私は嘘を吐きました。確かに今お話した内容は理由の一つではあります。でも…私がファミリーレストランへ行きたい本当の理由は…あなたと普通のデートがしたかったのです。
********************
ーーファミレスの駐車場へと着いた慎太郎と牡丹は車から降りて店内へと向かう。着いたファミレスはペオーニエ。全国に展開する大手ファミリーレストランチェーンだ。慎太郎は昔からペオーニエが好きでよく来ている。だが、どこぞの自称正妻が家に常駐するようになってから外食、コンビニ弁当、カップ麺という不摂生から疎遠になった慎太郎はファミレスに来る機会がめっきり減ったのである。なので慎太郎は正直結構ウキウキしていた。
「いらっしゃいませー!2名さまでよろしいですかー?」
「はい。」
「お煙草はお吸いになりますかー?」
「吸わないので禁煙席でお願いします。」
「かしこまりましたー!こちらのお席へどうぞー!」
店員さんとのやり取りをする描写を書の中では見た事はありますが、実際に見たのは初めてです。ですが…タロウさんはすごく慣れておりますね。今までたくさん来た事があるのでしょうか?たくさん…女性と…?他の女…?なんだかもやもやします…
「お席こちらになります!ご注文が決まりましたらそちらの押しボタンでお呼び下さい!」
ーー店員が一礼して2人の席から離れる。
「さーてと、何を頼もうかな。」
ーー久しぶりのファミレスにより慎太郎は浮かれている。呑気にデザートのメニューまで見ている始末だ。目の前に危険な匂いを撒き散らしている花がある事も知らずに。
「パフェ頼もうかなー。ここの美味いんだよなー。牡丹はどうする?」
「慣れてますねぇ。こういうお店にはよく来るんですかぁ?」
「そうだなー。しょっちゅう来てたなー。」
「他の女とですかぁ?」
「え?」
ーーなんだか口調がおかしい事に気付いた慎太郎は目線をメニューから牡丹へと移す。牡丹と目が合った時に瞬時に状況を理解した。
「ど、どうしたんだ牡丹!?食べる物は決まったか!?ここのハンバーグは美味いんだぞー!?あははー!!」
「答えてくれないんですかぁ?」
ーーハイライトの無いヤンデレモードになっている牡丹。これはヤバいと思う慎太郎。慎太郎の手腕が試される状況だ。
「…女とファミレスなんか来た事ないよ。牡丹が初めてだよ。」
ーーこれは真実である。ファミレスにさえ女子と来た事が無い慎太郎。悲しい青春時代である。だが対牡丹においては花マルの解答だ。
「ふふふ、そうなのですね。私も初めてです。これからも2人で色々な初めてを達成して行きましょうね。ずっと。」
「あはは、そうだな。」
ーーうーん、微笑ましい光景なのに空気が重いのはどうしてだろう。
「と、とりあえず何を食べる?俺は和風ハンバーグにしようかな。」
ーーここで牡丹が正妻力を発揮する。
「私は煮込みハンバーグに致します。タロウさん、提案をしても宜しいでしょうか?」
「ん?どうした?」
「お互いのハンバーグを半分こにしてはどうでしょうか?タロウさんは和風ハンバーグと煮込みハンバーグ、共にお好きでいらっしゃいます。どちらを選ぶかすごく悩まれましたよね?でも私たちで半分こにすれば両方の味が楽しめます。如何でしょうか?」
「…フッ、流石は牡丹、天才だな。」
「ありがとうございます。」
「その提案、喜んで乗らせてもらう!ありがとう!!めっちゃ嬉しい!!」
「ふふふ、喜んで頂けて何よりです。」
ーーやはりどこぞの自称正妻とは格が違う。
こうやってなんだかんだで上手くいくのが慎太郎と牡丹なのであった。
ーー腹立たしい描写なので割愛するが、食事をしながら慎太郎と牡丹はイチャイチャしまくっていた。お互いに食べさせ合いをしたり、ナプキンで口についたソースを拭きあったりとイチャイチャしまくっていた。
そんな2人の楽しいデートはもう少し続くのである。
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