第293話 慎太郎と牡丹

私たちは昼食を摂る為に少し遠い坂方面までやって来た。坂は私の実家がある清水から駅で言うと4駅程離れている。この辺りでは随分と都会の部類に入る街だ。繁華街に近づくにつれて街全体に活気が溢れてくる。

私は同市内に住んでいながら坂に来た事は殆ど無い。ましてやデートで来た事など初めてだ。そもそもデートなどした事は一度も無い。彼以外とは。


「とりあえずメシ屋探す前に立体駐車場に入るか。なるべく暗めの。」


立体駐車場…?暗め…?どうしてだろう?タロウさんの仰っている言葉の意味が理解出来ない。


「どうしてですか?」


私はタロウさんに聞いた時に思い出した。以前読んだ小説の中にショッピングモールの立体駐車場で情事を行う描写が描かれていた事を。ま、まさかタロウさんは!?ーー



ーー



ーー



ーー



ーー牡丹's妄想ヒストリー



『さてと、ここなら暗いし、後部座席なら外から見られても見えないだろ。』


『えっと…何故外からの目を気にされるのですか…?』


『ん?そんなの決まってんだろ。』


『あっ…!!』


ーー助手席の座席を後ろに倒され牡丹は慎太郎に押し倒される形になる。


『真昼間だから車内が見えちまうからな。こういう暗い所が穴場なんだよ。』


『でっ、ですが…!!車の中でそのような事をするのは公然猥褻になるのでは…!?』


『そんなモン知った事かよ。』


『そ、それはいけませーーんっ…!?』


ーー慎太郎が牡丹へキスをして喚く牡丹を黙らせる。


『俺に口答えをするなんて悪い子だな牡丹は。オシオキだ。』


『そ、そんな…!?わ、私は正しい事をーーあっ…』


ーー慎太郎が牡丹の首筋に舌を這わせ愛撫を始める。それにより牡丹の力を慎太郎は奪う。


『牡丹は俺のモンだからな。俺が今からたっぷり可愛がってやるよ。覚悟しておけ。』



ーー



ーー



ーー



ーーみたいな事をなされるつもりではないでしょうか!?

タロウさんも殿方ですから当然そのような事をしたくなって当たり前。寧ろ私としては願ったり叶ったりの状況です。ですが…私の初めては、花に囲まれる中で散らしたかったのでそれが残念です。いえ、私はタロウさんに身も心も魂も捧げておりますので文句など言えるはずもありません。彼がしたい事は何でも叶えてさしあげます。

でも…もしかしたら私の勘違いかもしれません。うん。


ーー牡丹は一縷の望みをかけて慎太郎の返答待ちの構えを見せる。


「んー…、ま、着けばわかるよ。」


ーー何故だか知らないが慎太郎が口を濁すような言い方をするので牡丹の中で先程の妄想が確実なものへと変わっていく。


や、やはり車の中で私の純潔を奪うおつもりなのですね…!?うぅ…仕方がありません…覚悟を決めましょう。私の拙い性知識では処女喪失の時に血が出ると聞きます。私の血で座席を汚しても良いのでしょうか…?何か下に敷く物があれば良いのですが…。


ーー牡丹が車内をキョロキョロしながらそれに使えそうな物を物色する。しかし当然ながらそんな物は無かった。

慎太郎は牡丹のその様子を見て何を探しているのか気になり牡丹に声をかける。


「どうした?何か探し物?」


「いえ…下に染みない物が無いか探していたのですが見当たらないのです…」


「うん?下に染みない物…?」


「大きめのビニール袋でもあれば良いのですがそのような物はありますでしょうか?」


「大きめのビニール袋?ゴミ袋的な?残念ながら車には積んで無いな。今すぐ必要?」


「そうですね、今すぐ必要です。」


「ならどうせショッピングモールの立体駐車場に停めるんだから中で買って来るよ。」


「あ、そうでしたね。ありがとうございます。問題は解決しました。」


「それなら良かったよ。」


ふぅ、一安心ですね。これで座席を私の血で汚す事は無くなりました。後は覚悟を決めてその時を待つーーあ。一番大事な事を忘れていました。タロウさんは避妊具はどうされるおつもりなのでしょうか?ダッシュボードの中にあるのかな?


ーー牡丹は念の為コンドームがあるのかどうかを確認する為にダッシュボードを物色し始める。牡丹が奇怪な行動を取るので慎太郎は気になり牡丹に声をかける。


「どうした?また探し物?」


「はい…」


「今度は何?」


えっと…名称が出てきません…小説に書いてあったのですが…えっと…あ!思い出しました!


「ゴムです。」


思い出せて良かったです。スッキリしました。それにこうしてハッキリと聞けばタロウさんのお気持ちがわかるはずです。


「ゴム?いやー、ゴムは無いかな。」


「な、無いのですか!?」


「うん、無いな。使わないもん。」


「つ、使わない!?使わないのですか!?」


「いやー、使わないでしょ男は普通。」


「普通なのですか!?普通は使うのでは無いでしょうか!?」


「使うのは限られた男だけじゃない?少なくとも俺にはいらないでしょ。もし使ったとしても邪魔だもん。」


「じゃ、邪魔!?タロウさんは生がお好きという事でしょうか!?」


「生?あ、そういう意味か。随分と変な聞き方するな。ま、生がいいかな。」


「そ、そうなのですね…私も生の方が繋がっている感じがすると思うのでそちらの方が良いのですが…万が一出来てしまったらと考えると…いえ、タロウさんとの間に出来るのでしたら喜ばしい事なので私は何の不満もありませんがタロウさんは宜しいのですか?」


「俺との間に出来る…?繋がっている…?ちょっと意味がよくわからないけど俺は大丈夫だよ?」


ーー念の為断っておくが、慎太郎は髪を縛るゴムの事を連想している。核心をついたワードが出ないのでお互いに誤解と補完により話が展開してしまう。日本語は難しい。


「わかりました。不束者ですが宜しくお願い致します。」


「おう?牡丹がゴム必要ならゴミ袋と一緒に買って来るよ?」


「いえ、覚悟は決まりましたのでもはや不要です。」


「覚悟…?そうか?なら良いけど。」


私の中で覚悟は決まりました。後はその時を待つだけです。お母さん、お父さん、牡丹は大人の階段を本日上ります。


ーーそうこうしている内にショッピングモールの立体駐車場に着き、慎太郎が車庫入れを終える。そして車のエンジンを切ると牡丹へ向き直る。


とうとうその時がやって来ましたね。緊張致しますが、彼と一つになれると思うととても嬉しく思います。さあ、参りましょう。


「タロウさん、私は初め「んじゃコレに着替えておいて。」」


ーー牡丹が顔を赤らめながら喋り始めようとすると慎太郎が声を被せて来る。出鼻を挫かれた牡丹が慎太郎を凝視すると後部座席にある大きめのリュックから慎太郎が衣類を取り出し牡丹へと手渡す。


「……これは何でしょうか?」


「牡丹の着替え。流石に制服で俺と一緒にいたら結構マズいでしょ?だから家にあるやつを俺の好みで持って来た。一応外で見張っておくから着替えちゃってよ。」


「……すみません、仰っている意味が理解出来ないのですが…」


「昼間に着替える場所って言ったら立体駐車場の暗がりしか思いつかなくてさ。だからまずはここに来ようって思って。さっき言おうと思ったけどなんか気まずくてな。」


「……はい?タロウさんはここでするつもりで私を連れて来たのではないのですか?」



「するつもり?何を?」


「性行為です。」


「ぶっ…!?」


ーー慎太郎が飲んでいたお茶を吐き出す。


「何を言ってんのこの花は!?あーー」

ーーここで慎太郎は先程からの牡丹の挙動、言動のおかしさに納得する。


「するわけないだろ!?」


「そうなのですか?てっきり私はそうだと思っておりました。でもよろしいんですよ?あなたがしたい事を私にして。」


「……仮にそうだったとしても初めての子を車でしようなんて思わんよ。それなりにムードを考えるっていうか…」


「ふふふ、そうですか。ではどちらで行いましょうか?」


「しねーっての!?ほら!!さっさと着替える!!そんでメシ行くぞ!!メシ!!外にいるから終わったら教えて!!」


「タロウさんも中でいいんですよ?」


「はいはいはいはいはい!!!」


ーーそう言いながら慎太郎はドアを開けて車外へと出て行った。


「ふふふ、やはりタロウさんがそのような事をするはずがありませんよね。それに…ちゃんと初めての時の事を考えてくれているのですね。ふふふ。牡丹は楽しみにしております。ふふふふふふふ。」


ーー安定の重さを醸し出す牡丹であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る