第292話 安定の牡丹

肌を焼くように夏の日差しが突き刺さる。私の肌は白いから少し浴びただけでも赤くなってしまう。日焼け止めを塗ったが大丈夫だろうか。赤く焼けた肌を彼に見られるのは恥ずかしい。彼には少しでも良く見られたいという私の煩悩が朝から炸裂してしまう。早く校舎へ入って日差しを避けないと。


私は早足で校舎へと入るとエアコンの効いた涼しい空間が広がって来る。あぁ、涼しい。この時ばかりは私立で良かったと思ってしまう浅ましい私がいます。こんな私を知られたら彼に嫌われてしまうかな?早く模試を終わらせて帰りたい。彼が迎えに来てくれる事が私の胸を熱くさせる。早く会いたいな。


そんな浅ましい事を考えながら教室の扉を開けると男子たちからの相変わらずのいやらしい視線が私を差す。本当に気持ち悪い。嫌悪感以外に言葉はありませんね。課外が無ければ夏休みなので学校に来なくてもいいのですが仕方無いです。はぁ、ストレス。こんな時は美波さんから頂いた小学校時代のタロウさんの写真を見て心を落ち着けましょう。






ーーいつも通り若干暴走している牡丹の後方の席で男たちの話し声が聞こえる。


「はぁ…高二の夏だってのに課外と模試だけとかツラー…」


「それな。せめて彼女欲しいよなー。童貞卒業してぇもん。」


「島村牡丹で卒業してぇなぁ。」


「ブハハハハ!!お前じゃ無理だって!!ま、俺もだけどよ。俺らにはここから眺めてる事しか出来ねぇよ。アレ見てみろよ!あの胸!堪んねぇよな!夏服から透けるブラが性欲を掻き立てるんだけど。」


「いいよなぁ。あのモリリンで見た彼氏とヤリまくりなんだろうなぁ。」


「ま、俺らは隠し撮りした島村の画像でも見ながらオナニーでもしましょうや。」


「だなー。実は俺、毎日島村オカズにしてんだよね。」


「お!俺も俺も!やっぱ同級生だと妄想がハマるよな。やたら興奮するっていうか。」


「てか俺たち模試の前なのに何の話してんだっつーの。」


「それな。てかさ、琢磨の奴、模試までサボりかよ。」


「俺らにハブにされたから来れねーんじゃね?このまま学校辞めてくれたらいいのにな。」


「だな。さーて、模試前に軽く参考書でも読んでおきますか。」




********************




模試が終わり私は彼と待ち合わせをしているいつものコンビニの駐車場へと急ぐ。5時間程離れていただけで私の身体は彼を求めてしまう。彼なしではもう生きられない。早く会いたい。私は炎天下の中を急いで駆け抜けると、もはや見慣れた彼の車が停まっていた。運転席にいる彼を凝視すると彼も私に気づき、急いで助手席のドアを開けてくれる。


「この暑い中なんで全力疾走してんの?」


そんな決まり切った事を聞くなんてあなたは意地悪です。


「タロウさんに1秒でも早く会いたかったからです。」


私がそう言うと彼は少し困ったような顔を見せる。だけどそれは本当に困っている訳ではない事を私は知っている。彼があの顔を見せる時は照れている時だ。私は彼の事なら何だってわかります。


「…ありがとう。早く乗りな。汗かいてんじゃん。」


彼からの優しい言葉を受けると私の中のナニかが胸の内から熱くなり、良からぬことをしてしまいそうな衝動に駆られるが必死にそれを抑え込む。


「はい。」


私は心を落ち着かせ冷静になるように努める。

だがここで私は失態を犯している事に気付く。

タロウさんが仰るように私は全力疾走をして来た。当然ながら汗は相当にかいている。となれば、汗臭いままタロウさんの隣にいなくてはいけないのだ。私はなんて愚かなのだろう。自分の欲望の為だけに後先考えずに行動した結果がこれだ。汗臭い状態ではタロウさんに嫌われてしまう。何より彼に迷惑だ。きちんと謝罪をしよう。そして電車で帰ろう。


ーー牡丹が若干ハイライトを消しながら慎太郎に謝罪を始める。


「すみません…汗臭いですよね…」


「えっ?いや、全然?良い匂いしかしないんだけど?」


そうか、タロウさんは私の匂いならどんな匂いでもお好きなのですね。私も同じです。寧ろお風呂に入る前の匂いが私は最高です。やはり私とあなたは運命で固く結び付けられているのですね。


「ふふふ、そうでしたか。タロウさん好みの匂いなら良かったです。」


ーーチョロい女だ。


「さてと。腹減っただろ?どこかで食べて帰ろうよ。」


意外な提案だった。軽く何かを食べようという事でしょうか?家に戻れば昼食があると思いますがどういう意味なんでしょう?


「お腹は空きましたが家で美波さんとアリスちゃんが待っているのではないですか?」


「昼前にアリスの自由研究の野鳥の観察に行ったんだよ。だから昼メシは家に無いのさ。」


「そうだったのですね。では帰って私がお作り致します。」


タロウさんの胃袋を私の愛情で満たしましょう。内側から私の愛情でいっぱいにしてさしあげます。


「んー、たまには外で食べてもいいじゃん。ほら、何だかデートっぽいし。なーんちゃってーー」

「ーー参りましょう!!直ぐに!!」


「あ、はい。」


ーー牡丹から出ている凄まじい圧に慎太郎は簡単に屈する。慎太郎が例の如く余計な事を言うから牡丹は暴走し始める。まったくこの男は。


「…ふふふ、デート。この好機を逃すわけにはいきません。週末のお泊まりへと行く前に仲を進展させる絶好の機会です。必ずややり遂げて見せましょう。」


「…牡丹さん?何だか怖いよ?頼むから暴走しないでね?」


ーー既に若干の暴走を見せる牡丹と慎太郎の2人っきりの1日が始まる。

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