第296話 アリスの夏休み
8月7日火曜日、私は美波さんと一緒に小山駅から3駅離れた低浜駅まで行き、駅から500m程離れた場所にある青面山に入山した。私がここに来た目的は登山では無い。夏休みの自由研究として取り組む鳥の観察をしに来たのだ。
私は鳥が大好きで小さい頃からよく空を見ていた。でもお父さんとお母さんが亡くなってからは鳥を見る感情は少し違っていた。
『羨ましい』
そう思う事が殆どだった。私にもその羽があれば伯母から逃げられるのに。自由になる事が出来るのに。そう思って止まなかった。
でも今は違う。また昔のように純粋に好きになる事が出来たので自由研究のテーマにしようと思ったのだ。それはタロウさんの、みんなのおかげだ。みんなが私を助けてくれたから今の私が在る。この幸せがいつまでも続くといいな。
「んーっ!!自然がいっぱいで気持ちいいねっ!!」
美波さんが腕を伸ばしてのびのびしている。バードウォッチングに来ているのでいつもの美波さんの服装ではなく、虫刺され防止の為の長袖シャツに長ズボン、キャップという格好だが、それでも清楚感が溢れ出ている。正に清楚代表。流石は美波さんです。こんな女性に私もなりたいな。
「はい!天気も良くて最高です!」
「そうだねっ!山に来たのなんて久しぶりだなぁ。中学校の時、宿泊学習で山登りをした時以来かも。だからなんだかすごく楽しいっ!」
美波さんが眩しい笑顔でそう話す。女の私でも美波さんにドキッとしてしまう。太陽までも美波さんの眩しさに負けてしまっている。こんな強敵が私の恋のライバル。それに加えて楓さんと牡丹さんという同格の美女たちがいる。子供の私が勝負になるのだろうかと落ち込んだりもするが下を向いてはいけない。絶対に私は負けないんだと思うしかないんだ。頑張れ、私!
「そう言ってもらえると嬉しいです。今日はついて来て頂いてありがとうございます。」
「ううん、私もバードウォッチングして見たかったからっ!それにアリスちゃんと2人だけでお出かけしてみたかったし。今日は楽しもうねっ!」
「はい!」
そうだ、今日は楽しもう。今は恋のバトルよりもバードウォッチングに集中しないと。でも…美波さんの清楚力を少しでも学ぶように美波さんの観察もしておこう。
********************
山の中腹ぐらいでバードウォッチングに勤しんだ私たちは夕方になり小山に戻って来た。たくさんの野鳥の観察が出来たので私としては凄く満足だ。美波さんも鳥を見つけて興奮していたので楽しんでもらえたと思う。また2人で来れたらいいな。今度は牡丹さんとも来たい。楓さんは…ごめんなさい、ちょっとバードウォッチングする楓さんがイメージ出来ません。楓さんを考えるとお酒と漫画とゲームとアニメしか連想出来ない事は内緒にしましょう。
小山駅からマンションに帰る途中の公園に差し掛かった時、私は不意に公園へと視線を送る。普段は公園に目をやる事など無いのだが今日だけは公園を見てしまった。そして砂場に何か小さいものがある事に気付く。私はそれが無性に気になり、確かめたい衝動に駆られる。
「…美波さん。砂場に何かあります。あれは何でしょうか。」
「えっ?砂場…?」
私の言葉に美波さんが反応し、砂場を見る。
「本当だ…何だろう…?」
「見に行っても良いですか?何だか気になるんです。」
「そうだね、確認してみよう。」
美波さんの了解も得て私たちは砂場へと近づく。砂場との距離3mになった時、それが何なのか理解する。
「スズメ…?」
美波さんが声を発するのと同時に私はスズメの元へと駆け出す。近づいて確認するとスズメの雛だ。巣立ちに失敗したのだろうか?それとも外敵に?身体が傷ついている。私は震える手を抑えながらスズメの雛を抱き上げる。
「あぁぁ…!?ど、どうしよう…!?美波さん!?どうしよう!?」
私はパニックになり、美波さんへ助けを求めるように縋り付く。
「落ち着いてアリスちゃん。見せて。外敵にやられたのかな…」
美波さんが私の手の中にいるスズメを確認する。まだ私はパニック状態だ。冷静な判断が出来ない。
「子スズメね…まだ生きてるけどどうすれば…」
「じゅ、獣医さんに連れて行きましょう!?獣医さんなら何とかしてくれます!!!」
私は自分に呼びかけるかのように声を出す。だが私の言葉に美波さんの表情が曇る。
「…近くに動物病院は無いのよ。ここから一番近い所で5駅は離れているわ。」
美波さんの言葉に私の足も震え出す。どうしようもない絶望感が私の心を満たしていく。
「そ、そんな…!?それじゃこの子は…!?」
刻一刻と子スズメの命が消えかけていくのが掌から伝わる。時間が無い、でもどうする事も出来無い。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私の頭は妙案を考えてはいるが、何も思い浮かばない。絶望に頭が支配される。
そんな私の頭に一筋の光明がさす。
スキルは使えないだろうか?
私に思い浮かぶ最大の妙案であった。私には《全回復》がある。それがこの子に使えるなら助かるかもしれない。だが問題なのは現実世界でスキルを使えるかどうかという事だ。普通に考えれば使えるわけが無い。そんなルールは聞いてない。でも…ノートゥングが外に出ているという事実がある。それならもしかしたら使えるかもしれない。可能性はある。それにもう時間は無い。出来るか出来無いかじゃない。やるしかないんだ。
神様…どうか…どうかこの子を助けてあげて下さい…
私は子スズメに対してスキルを発動するよう全力で念じる。すると、掌から光が現れ子スズメの身体を緑色の光が包んでいく。次第に包んでいる緑色の光が消えると子スズメの身体の傷が癒え、目を覚ます。
「や、やった!!」
「すごいっ!!さすがアリスちゃんっ!!」
目を覚ました子スズメが私の掌からから起き上がり私を見る。人間を見て怖がるよね。きっとそのまま逃げて行っちゃうだろうけど、もう傷つかないように頑張って生きてね。
だが、子スズメの反応は私が想像したものとは違っていた。
「ぴ!ぴぴぴ!ぴよぴよ!」
子スズメが羽を震わせながら私を見て鳴き始める。
「えっと…逃げないの…?」
「ぴ?」
「ふふっ、この子、きっとアリスちゃんの事が大好きになったんだよっ!」
「ぴよぴよ!」
「そ、そうなんでしょうか…?」
「うんっ!でも可愛いなぁ!子スズメなんて生で見たの初めてだよっ。」
「ぴよぴよ!」
「ふふっ!スズメもぴよぴよって鳴くんだねっ!」
「そうですね。あの…美波さん、この子どうしましょう?逃げる素振りは無いし、それに…この子1人だときっとまた…」
「この子の親も近くにいないみたいだからきっと捨てちゃったか、巣立ちに失敗したんだよね…そうなるとこの子は1人じゃ生きていけないかもしれない…でも野鳥は飼っちゃいけないからなぁ…うーん…」
それはわかっている。でも…この子は私に似てる。だからこそほっておけない。法律に違反する悪い事だっていうのもわかってる。でも…でも…
「楓さんに相談してみようか。私たちで考えていても何も思い浮かばないし。楓さんならきっといい考えを閃いてくれるよっ!」
「は、はい…!!」
美波さんがスマホを取り出し楓さんに電話をかける。その答えを早く聞きたい反面、聞くのが怖いのもある。弁護士の楓さんがダメと言ったら従わないといけない。でも…それでも私は…
『もしもし?』
「あ、楓さん、お疲れ様ですっ、美波ですっ。」
『お疲れ様。どうしたの?』
「お仕事中にすみません…今お時間大丈夫でしょうか?」
「いいわよ。急用でしょ?何があったのかしら?」
「実はーー」
ーー
ーー
「ーーというわけなんですっ。やはり自然に返さないとダメですよねっ…?」
美波さんの言葉が私の心に深く刺さる。答えを聞きたく無い。でも聞きたい。なんともいえないジレンマが私の心を支配する。
『別にその子を連れて帰っていいわよ。』
「えっ!?いいんですかっ!?」
『いいわよ。保護なんだから。』
「で、でもっ、役所に言っても許可は下りないって聞いた事が…」
『ウフフ、そんなもの私が連絡入れて黙らせるわよ。』
「うわぁ…楓さん怖いですっ。」
『ウフフ、それにその子は勝手に離れないでアリスちゃんにくっついてるんでしょ?』
「あ、はい。離れません。」
『それならその子が自分の意思で行動して、自分の意思でアリスちゃんの身体に止まって、自分の意思で私たちの家を巣にするんでしょ?それは鳥獣保護法に違反しないわよ。裁判したって負けないわ。』
「うわぁ…うわぁ…なんだか楓さんの怖さを初めて痛感しましたっ。」
『ウフフ、それじゃ申請は私がやっておくから安心してってアリスちゃんに伝えてちょうだい。』
「わかりましたっ。ありがとうございましたっ。」
楓さんとの電話が終わり美波さんが私へ向いて口を開く。
「大丈夫だって!連れてって大丈夫みたいだよっ!」
「ほ、本当ですか!?」
「うんっ!アリスちゃんに安心してって伝えて欲しいって言ってたよっ!よかったねっ!」
「はい!ありがとうございます!良かったね、ちび助!」
「ぴっ!」
私は心から安堵した。本当に良かった。美波さんと楓さんのおかげだ。
「ちび助…?」
「あ、この子の名前です。ダメでしょうか?」
「ふふっ、いい名前だと思うよっ!よろしくね、ちび助っ!」
「ぴっ!」
美波さんの呼びかけにちび助が反応する。ちび助も名前を気に入ってくれたようだ。
「あとはタロウさんに許可をもらわないとね。タロウさんは生き物好きかなぁ?」
そうだ。ご主人様ーーじゃなくて家の主人であるタロウさんに許可をもらわないとちび助は家におけない。それを忘れていた。
「だ、大丈夫でしょうか…?タロウさんは優しい人ですけど鳥が苦手だったりしたら…」
「うーん…そういう話は聞いた事なかったからなぁ。でもきっと大丈夫だよっ!だってタロウさんだもんっ!」
「そうですよね…タロウさんですもんね!」
美波さんの言う通りだ。タロウさんなんだからダメなんて言う訳が無い。この時点で美波さんに負けてしまっている。ちゃんとしっかりしなきゃ。頑張れ、私!
「じゃ、ひとまず帰ろっか。お夕飯の準備しないとねっ!ちび助の歓迎会を込めてっ!」
「ぴぴっ!」
「はい!」
ーー新しい仲間も増え、こうしてアリスの夏休みの一幕が閉じていった。
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