第280話 三代目”剣聖”

【 ??? ??? ??? 】



リリが先程までの適当臭い雰囲気から一転、殺気剥き出しの恐ろしい空気感へと変貌する。目つきにも鋭さが現れ、ニコニコしていた顔など完全にどこかへ行ってしまっている。それにしても俺はよく知らん娘に抱き締められてるんだがなんなの?胸の感触が心地良くて息子が反応しそうなんだけど。ここで息子が元気になったら俺もこの娘に斬られるんじゃないだろうか。

そんな感じでリリを見ていると彼女が俺の視線に気づき、目が合う。緑色の目が綺麗だな。めちゃくちゃ可愛いぞ。

するとまた一転してリリは殺気剥き出しの雰囲気から適当臭い雰囲気へと空気が変わる。


「もしかして不安になっちゃった?リリちゃん信頼度低い?弱そう?悲しい〜。」


リリが少し悲しそうな顔をしてるので俺は慌ててそれを否定する。


「いや、そうじゃないよ!正直俺にはあなたが誰だかわからないけど頼るしかない…このままじゃ俺に待つのは死だけだ。すみませんがよろしくお願いします。」


「フフフ〜、素直だね。リリで良いよタロウくん。リリちゃんは、ガンバレ〜って応援されると力が出るタイプだから応援してくれると頑張れちゃうかも?」


リリは少しおどけたように俺にそう言った。どこまで本気なのかはわからないが今はこの娘に賭けよう。


「わかった。リリ、頑張ってくれ。ここを切り抜けられたら俺に出来る事はなんでもするから。」


「Got it !タロウくんは少し離れれてね。」


俺はリリに促されるまま後方に待機する。俺に出来る事は何も無い。リリが勝つ事を祈ろう。


『ラントグラーフとも在ろう者が随分と軽口を叩くのだな。』


「そう?リリちゃん、別に口は軽くないんだけどな〜?」


『貴様が道化を演じるつもりならばそれで良い。だが”彼の方”に仇なすならばそれ相応の罰が必要だ。貴様はここで死んでもらおう。』


ーー異形の騎士から邪悪な気配が漂い始める。先程まで美波たちと交戦していた時など比べ物にならない程の威圧感が異形の騎士からは放たれていた。

そして、それにアテられたからかはわからないが、リリからも恐ろしいまでの圧が放たれる。


「フフフ、あんまり強い言葉は使わない方がいいよ。私ってそんなに優しくはないから口だけ達者な奴を見るとイラっとしちゃう。」


『雌の分際で口答えをするなッ!!!』


ーー異形の騎士シュッツガイストが黒剣をそれぞれの手へ召喚する。禍々しい黒いエフェクトを刀身に宿しながら4本の黒剣がリリに襲い掛かる。

対するリリも腰に差してある鞘から剣を引き抜き応戦する。滑らかな軽い剣捌きで4本の剣を相手にしても勝るとも劣らない剣技をリリは見せつける。


強えな。ブルドガングから吸収した雷のエフェクトを発動させ、更にはさっきまでは無かった黒いエフェクトまで纏った異形の騎士を相手に互角の戦いを見せている。客観的に見てリリの実力はノートゥングやブルドガングすらも上回ってるんじゃないだろうか。

それにリリが手にしているあの剣…ゼーゲンだよな。でも楓さんや美波の2段階解放のゼーゲンとは違う。形状や纏っている青白いオーラの濃さが全然違うんだ。もっと解放度が高い。下手すれば最終解放のゼーゲンがアレなのかもしれない。味方かどうかわからない以上はリリの事も要注意だ。


『ククク、流石はラントグラーフ、なかなかやるではないか。』


「リリちゃん褒められちゃった!?いや〜ん!!嬉し〜い!!」


ーー軽口を叩きながらもリリの剣の一つ一つは鋭くも厳しいものであった。4本の剣を相手にしながらもそれを圧倒する程の剣技をリリは見せつける。剣の煌めき、剣の滑らかさ、剣の速度、全てにおいて慎太郎が今まで見てきた人間の技量を軽く凌いでいる。警戒をし、後のためにリリとシュッツガイストの動きを見極め、弱点を探ろうとしていた慎太郎だが、リリの、その、まるで剣の神様に愛されているかのような剣に心を奪われていた。

一度は剣の道を極めようと志した慎太郎。当然慎太郎にも理想とする剣があった。こうありたいと思う理想があった。リリの剣は慎太郎の理想そのもの。昔思い描いていた理想そのもの。それを具現化したようなリリの剣。慎太郎は感動していた。涙が出そうなぐらいリリの剣に感動していた。現代における剣聖。その名は彼女にこそ相応しい。慎太郎はそう思いながらリリの剣を学習するように必死で追っていた。




********************



【 ??? ??? 】



「ねぇ。」


『何?』


ーー時はイベント開始前に遡る。とある場所でのツヴァイとサーシャの会話の一幕である。


「次回のクランイベントだけど、田辺慎太郎の守りは本当に私じゃなくていいの?」


『サーシャは”オルガニ”を見てなきゃいけないじゃない。』


「そうだけどリリじゃ不安よ。」


『実力的には何の問題も無いでしょ?中身には問題あるけど。ヘンカーだろうと、シュッツガイストだろうと、リヒターだろうと、リリなら簡単に葬れるわ。』


「実力的にありすぎるのよ。あの子は強すぎるからログに残る可能性があるわ。力を抑えるのが苦手なのは困りどころよ。」


『メインスキルもサブスキルも使わないように言ってあるから大丈夫じゃない?サイドスキルは使うかもしれないけど、サイドスキルならログに残らないでしょ。』


「メインスキルもサブスキルも使わせないつもり?貴女もなかなか厳しいわね。」


『リリなら大丈夫だよ。だって剣の腕だけならサーシャよりも上じゃない。』


「まぁね。正統なる『三代目”剣聖”』の称号を賜った程なんだから当然よ。今度またリリに剣の稽古をつけてもらわないと。」


『あ、私もやっておこうかな。』


「なんか話が逸れちゃったけど、それなら今回はリリに任せましょう。最悪ログに残ってもアインスは気に留めないだろうしね。」


『そうそう。葵に任せるよりは全然安心。』


「そうね。」


「……。」


『葵に任せると失敗する可能性の方が高いからアテにならないし。』


「そうね。」


「……。」


『それじゃそろそろお昼にでも行きましょうか。』


「そうね。」


「…あのさ。私だって生きてるから悲しくなったりするんですけど。」


『フフ、冗談よ。葵の事は頼りにしてるわ。ていうより、信頼してる。』


「私もよ。葵の事を頼りにしてるし信頼してる。」


「…落としといて上げられると泣きそうになる。」


『ごめんごめん。お昼奢ってあげるから泣かないの。』


「…うん。ファミレス行きたい。ハンバーグ食べたい。」


『はいはい。いくらでも食べなさい。』


「リリちゃんはステーキが良いな〜!」


『はいはい。いくらでも…って、リリもいたの?』


「いたよ〜!ちゃんと3人とも剣の修行してあげるからね〜!」


「いや、私は修行して欲しいなんて言ってないんですけど!?それはこの2人だけだからね!?」


「葵ちゃんは三倍修行にしてあげるね〜!」


「ひいっ…!?リリちゃんの修行は嫌ぁー!?」



ーーこれはクランイベントが始まる前のほんの一幕。

”剣聖”リリ・ジェラード。彼女との出会いが慎太郎に大きな結末をもたらすことになる序章での一幕の話である。

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