第279話 かかって来なさい、坊や

【 2日目 PM 10:03 儀式の間 】



ーーガールズトークで盛り上がりを見せる中、蚊帳の外状態のアリスが羨ましそうに美波たちを見ている。混ざりたいとは思っているが牡丹が言うように慎太郎の言いつけを守らないわけにはいかない。残念だけど我慢しよう、そう思って牡丹の方をちらりと見る。すると牡丹が怪訝な顔をして美波たちを見ている。何だろう?羨ましいといった類の顔では無い。その顔が気になり、アリスは牡丹へと尋ねる。


「牡丹さん?どうしたんですか?」


「……おかしくありませんか。」


「何がですか?」


「戦闘が終了して随分時間が経っております。ですが依然としてバルムンクさん、ノートゥングさん、ブルドガングさんは消える事は無い。」


「あ…」


ーーそう、牡丹の言う通りである。戦闘が終了すれば暫しの後にスキルは解除される。それなのにまだ誰のスキルも解除されていない。それが表す事と言ったら1つしかない。


「まだ戦闘は終わっていません。あの異形の騎士は生きている。周囲を警戒しましょう。タロウさんとのお約束を破る事になってしまいますが皆さんの元へ参り、お伝えせねばなりません。」


「わかりました!」


ーー牡丹とアリスがその場から動こうとした時に、牡丹がバルムンクもとい慎太郎の足元の陰に違和感を覚える。影はあんなにも丸く大きいものであったのだろうか。そう考えた時に牡丹の中で1つの答えが生まれ、確信へと変わる。それに気付いた時、その場から大声でバルムンクへとそれを伝える。


「バルムンクさん!!!下です!!!」


ーー牡丹の声にバルムンクたちが反応する。だが、


『遅い。』


ーーバルムンクの足元の影が穴のようになり、バルムンクの身体が一瞬で飲み込まれるように落ちていく。一瞬の出来事により周りにいた者は動く事すら出来なかった。

それでも一番早くノートゥングが動き出し、手にしている聖剣で影を薙ぎ払うが地面に敷き詰められている石を砕く事しか出来ない。バルムンクと慎太郎は儀式の間から姿を消してしまった。


『ぐっ…!!しまった…!!』




********************




「…油断したな。」


ーーバルムンクがいるのは四方八方全てが黒に染まる無の空間。何一つ色のある物が存在しない黒だけの空間。その中で唯一の色であるバルムンクだけがそこに立っている。


『ククク。』


ーー黒の空間に新たにもう一つの色が現れる。先程葬ったかと思われた異形の騎士、シュッツガイストが傷一つなくバルムンクの前に姿を現わす。


「貴様の本体は黒剣だと思ったのだが我の見立てが間違っていたか。」


『間違えてはいないさ剣聖よ。貴様の敗因は知らなかった事。黒剣を砕くだけでは俺は死なん。』


「ふむ。きちんと焼却すべきだったな。蒼炎を貴様に吸収されてはならんと思い、使わなかったのが仇となってしまったか。」


『安心しろ剣聖。今から貴様の力を俺のモノにしてくれる。邪魔な宿主を殺してな。』


「やってみるがいい。そう簡単にやられる我では無いぞ。」


ーーバルムンクがゼーゲンを引き抜き戦闘態勢へと移行する。


『ククク、何故貴様をここへ堕としたかわかるか?一番弱い者から叩く、戦術の基本だからだよ。貴様では万一にも俺に勝つ事は出来ん。』


「やってみなければわかるまい。」


『わかるさ。剣聖、貴様には退場してもらおう。』


「なにーー」


ーーその時だった。喋っていたバルムンクから慎太郎へと身体の所有が移行する。


「ーーあれ…?なんで…?」


『俺の目には特殊効果がある。実力が大きく離れている者ならスキルを強制的に解除する事が出来るのさ。』


「…弱者潰しのクソ能力だな。」


『ククク、褒め言葉として受け取っておこう。』


…マズいな。もう一回バルムンクを出してもまた解除されれば意味が無い。それに”具現”の出来ない俺ではコイツを倒すのは難しい。俺の手持ちの武器は他にアインスの野郎から貰った『フライハイト』がある。まだ錆びている可能性の方が高いが、錆びていてもコイツを倒すぐらいの力はもしかしたらあるかもしれない。ダメ元でやってみるしかないだろう。


ーー慎太郎は一か八かの勝負に出る。ゼーゲンを『フライハイト』へ変化させようと試みる。しかし、ゼーゲンはその形状を保ったまま何の変貌も見せなかった。


「なんで…?まさか…この空間は外とは別の次元ってパターンかよ…」


ーー慎太郎の読みは当たっていた。シュッツガイストが創り出したこの黒の空間は外界とは異なる軸に形成された異空間。よって表面上は外にいる牡丹と慎太郎はリンクしていない。そもそもがリンクしていれば外にいる牡丹の『フリーデン』でこの空間を打ち破り慎太郎を救出する事が出来る。

唯一の策である『フライハイト』は使用する事を諦めざるを得なかった。

バルムンクも使えない、『フライハイト』も使えない、牡丹たちの助けも望めない。この局面を打開する手立てなんてあるのかよ。

考えろ…考えるしか無い…勝ち筋を見つけるんだ…俺の死は自分だけの話で終わらねーんだぞ!!


『無駄だ。どう足掻こうと貴様では俺に勝てない。』


「…やってみなきゃわかんねぇだろ。」


『貴様も剣士ならば潔く散るがいい。せめてもの情けだ。俺の黒剣で葬ってやろう。』


ーー異形の騎士が黒剣を構える。それにより慎太郎に緊張が走る。ブルドガングの雷こそ出してはいないが、自分を遥かに凌駕する程の圧に尻餅をつきそうになる。慎太郎はそれを必死に堪え、異形の騎士の初太刀に全神経を集中させる。

だがそんなものは何の意味も無い。絶望的なまでの力量差の前には集中など何の役にも立たない。


ーー瞬きすらしていなかった慎太郎の眼前に突如として異形の騎士が現れる。


ーー異形の騎士は黒剣を振りかぶる。

慎太郎は反応出来ない。


ーー異形の騎士は黒剣を振り下ろす。

慎太郎は死を悟る。



『さらばだ。田辺慎太郎。』



ーーしかし、異形の騎士の初太刀は空を切る。慎太郎に異形の騎士の剣を避けられる程の技量は無い。それは間違いの無い事であった。


ーーでは何故躱す事が出来たのか?




「いや〜ん!!リリちゃんの救出タイミング絶妙すぎ〜!!もしかして救出オブザイヤー受賞しちゃうんじゃな〜い!!」


ーー慎太郎が金髪ショートの美少女に腰を抱かれている。


「えっ…?誰…?」


「えっ!?酷い…私の事は遊びだったのね…あんな事までしておいて…」


「いやいやいやいやいや!!!初対面ですよね!?牡丹に聞かれたら刺される危険な台詞吐くのやめてもらえます!?」


「うん、そーだね。リリちゃんも生で見るのは初めてかな。生!?いや〜ん!!何だかいやらし〜い!!」


何だかスッゲーキャラが出て来たな。めっちゃ美人なのはわかるけど、このキャラのせいで残念な具合に仕上がっている。


『貴様…リリ・ジェラード…!?』


「わぉ!!リリちゃんって有名人!?」


「いや…俺に聞かれても。」


『ラントグラーフの爵位を持ちし貴様が何故…!?』


「うーん?何故?何故かな?」


「わからないんだ!?」


「うん!!わからない!!」


一体この金髪美女は誰なの。すっごい適当臭がするんだけど。でも俺の事助けてくれたから良い奴なんだろうな。このリリって子が俺の腰を引いてくれなきゃ確実に死んでいた。俺っていつも女の子に助けてもらってんだけど。


『ふざけた態度を取るなリリ・ジェラード!!”彼の方”の守護者であるこの俺に仇なすつもりか!?』


”彼の方”…?誰の事だ?それに何だか知り合いっぽいぞ。リリは敵なのか?結局は俺のピンチには変化無しって展開か?


「うーん?リリちゃんは難しい事考えると面倒臭くなっちゃうんだよね。だからとりあえずは与えられた任務しかこなさない事にしてるの。」


「うおっ…!?」


ーーそう言いながらリリは慎太郎の腰を引き寄せ自身の身体へと密着させる。


「私の任務は田辺慎太郎を守る事。それを邪魔するなら容赦はしないわ。Bring it , boy.」

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