第247話 デレ期

ノートゥングの我儘に付き合わされた俺はプリンを求めて洋菓子店へやって来た。ここの洋菓子店は自宅マンションから結構離れた常陸市にあるのだが俺が知る中で一番プリンが美味い。何を隠そう俺はプリンにかなり拘りがあるから自信はある。きっとこの暴力女王もお気に召すだろう。そうすればきっとーー




ーー



ーー




『むっ!?な、なんだこの美味さは!?プリンの限界を大きく超えているではないか!?美味い!!美味すぎるぞ!!』


「ふっ、そうだろう?ここは俺のオススメの店でね。きっとノートゥングも満足すると思ったのさ。」


『見直したぞ!!…その…スマンな…いつも殴ったりして…』


「ふっ、気にすんなよ。」


『いつも…妾の為に…ありがとう…お礼と言っては何だが…ほら…』


「え?」


ーーノートゥングが自身のスプーンでプリンをすくい、慎太郎の口元へ持って来る。


『妾が…食べさせてやる…か、勘違いするでないぞ…!!これは…その…感謝の印だ…』




ーー



ーー




ーーみたいな感じになっちゃうんじゃね?盛大にデレちゃうんじゃね?そうすればもう殴られる事も無くなるし良い事づくめだよな。よっしゃ!実は今日は良い日なんだよ!暴力に怯える日とはオサラバだ!ありがとう神様!!


『おい、早く店に入るぞ。暑くて敵わん。』


「お、おう!」


高圧的だけど超美人なノートゥングとお洒落な店に2人っきりで入れるなんてご褒美だよな。ポジティブに考えよう。


『……。』


ノートゥングが店に入らずに入り口で立ち止まっている。


「何だ?どーした?」


『何をしておるのだ貴様は…?まさか妾にドアを引かせるつもりか?』


しまった。やらかした。ここは自動ドアじゃないから自分でドアを引くしかないんだった。ノートゥングが怖い顔で俺を睨んでいる。これはヤバい。また殴られる。


「ご、ごめん!!」


俺は急いでノートゥングの前へと回りドアを引いた。


『全く使えない男だな貴様は。』


ーーノートゥングは舌打ちをしながら店内へと入って行く。


良かった。殴られなかった。ノートゥングは俺たちにしか認識出来ないのに、こんな外で殴られて声が出ちゃったら不審者だと思われて通報されちゃうかもしれないからな。


ーーノートゥングに罵倒されても怒らないあたりに主従関係を感じてしまう。



「いらっしゃいませ。」



店内へ入ると甘い香りとコーヒーの香りが漂ってきた。この香りが俺はなんとも好きだ。時間がある時にはよくこの店に通っていたがこの数ヶ月は足を運べなかった。久しぶりに顔を出したがやっぱり良い。この雰囲気が良いのだ。昭和を彷彿させるレトロな作りの内装、落ち着いた空気感、最高だ。そしてここの洋菓子店は喫茶店も併設している為、店内で飲食も出来る。読書なんかしたら時間を忘れそうだな。


『ほう。なかなか良い雰囲気ではないか。』


「……。」


俺はノートゥングの言葉には反応しなかった。だってここで反応したら一人でブツブツ言ってるヤベー奴になるもんな。


『おい。貴様、妾が話し掛けてやっているのに無視とは良い度胸だな。』


ーーノートゥングが怖い顔で慎太郎へと詰め寄って来る。


「ちょっ!!違うって!!ここで俺が返事したらおかしいだろ!?お前は俺らにしか見えないんだから!!」


『また『お前』って言ったな貴様。』


ーー慎太郎とノートゥングが店先でイチャイチャしていると店員に話しかけられる。


「あのー…2名さまでよろしいでしょうか?」


「『は?』」


「お連れさまですよね?では奥の席が空いていますのでどうぞ。」


ーー慎太郎とノートゥングは互いに目配せをするが、店員に促されるまま奥の席へと向かい着席する。


「…え?見えてるの?って事はあのウエイトレスのお姉ちゃんはプレイヤーって事か?」


『…いや、違うだろう。店内に居る他の客や店員も妾と目線が合っておる。』


「…じゃあ普通に見えてるって事か?”具現”したからって事?」


『…かもしれんな。まあ大した事では無いだろう。』


いや、大した事だろ。もはやコイツって何でもアリじゃん。


『そんな事よりさっさと注文しろ。妾はプリンが食べたい。』


コイツって超我儘だよな。何で俺が召使いみたいになってんだよ。あんま調子に乗んなよ。


『おい、聞いておるのか?』


「はい、すぐに注文しますね。」


ええ、逆らう勇気なんてありませんけど?何か文句ありますか?


暫く待つと、プリンとオレンジジュースがテーブルにやって来た。

ここのプリンは本当に絶品だ。フルーツを乗せたり、生クリームを加えたりと味を誤魔化したりは一切せず、王道のカラメルソースのみで勝負をする正統派だ。甘いカスタードとほろ苦いカラメルソースが舌で絡み合う時に何とも言えない至福を感じさせてくれる。そんな最高の一品だ。


『ふむ。見た目は地味だな。』


「食えばわかる。」


『そうだな。どれ、頂くか。』


ノートゥングがスプーンでプリンを上から縦に切り、それをすくう。そしてスプーンを口の中へ運ぶ。一口入れた瞬間にその美しい眼が見開いた。


『う、美味い!?何だこれは…!?こんなに美味いプリンは食べた事はないぞ!?美味い!!』


「ふっ、そうだろう?ここは俺のオススメの店でね。きっとノートゥングも満足すると思ったのさ。」


『おかわり。』


「え?」


『何をボサっとしておる。さっさと注文して来い。その間に妾は貴様のを貰っておこう。』


ーーノートゥングが慎太郎のプリンを当たり前のように奪い取り口をつける。


「あぁ!?俺のプリン!!ちょっ!!お前ふざけんな!!」


ーー慎太郎がノートゥングからプリンを取り返そうとするが、ノートゥングに頭をおもいっきりブン殴られ取り返すのを諦めた。


ちくしょう…デレるんじゃなかったのかよ…いや、そもそもコイツがデレるわけがなかった。俺は馬鹿だ。本当に馬鹿だ。



********************



『うむ。満足だ。』


「…良かったっすね。」


『夜の分、そして明日の分まで買ったから満足だ。』


ーーノートゥングが幸せそうな顔でプリンの入った箱を眺める。慎太郎はその顔を見て『まあいいか。』と思っていた。甘い男である。


「んじゃ帰るか。みんなの分も買ったし。」


『……。』


「ん?どーした?」


『…まだ帰りたくない。』


「え?」


『…どこかへ連れて行け。命令だ。』

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