第225話 20年後の約束

ーー中学二年の春、慎太郎にとって大きな出来事が起きた。机の中にラブレターが入っていたのだ。

慎太郎は有頂天になりながらベランダの隅に行って内容を確認する。




【田辺慎太郎クンへ。

ずっとあなたの事が気になってました。この気持ちを伝えたいので放課後体育館裏に来て下さい。待ってます。 】





ーーそれを見た慎太郎は嬉しくて堪らなかった。やっと自分が認められたような、そんな幸せな気分で心は満たされていた。


ーー放課後になり慎太郎は体育館裏へと急いだ。待たせる訳にはいかない。自分が先に行っていないと失礼だ。そう思い完全に浮かれていた。


ーーだが待つ事一時間が経過するが誰かが来る気配は無い。何かあったんだろうか?急に委員会の仕事でも入ったのだろうか?慎太郎は名も知らぬその娘の事を心配していた。


ーーその時だった。

体育館裏へと誰かが来る気配を感じ慎太郎に緊張が走る。

そして現れたのは学年で一番可愛いと言われている永山千都世だった。


『遅れてごめんねっ!待っちゃったカナ?』


ーー慎太郎は心底嬉しかった。学年で一番可愛い永山千都世が自分を好きになってくれた事に心から喜びを感じていた。


『いや…大丈夫だよ。そんなに待ってないから。』


『そっか。もう帰っちゃったカナって思ってたけど田辺クンが待っててくれて嬉しいナ!』


『それで…伝えたい事って何…?』


『あー…えっと…ね…田辺クンはさ…千都世の事どう思う…?』


『どうって…?』


『どう思ってるのか知りたいナ…?』


ーーあざとい上目遣いで女が慎太郎を見る。

そして慎太郎はそれを可愛いと思ってしまう。


『可愛いなって…思ってるよ。』


『そうなんだ…千都世の事そんな風に思ってたんだ…』


『…うん。』


『千都世の気持ち…知りたい…?』


『…そうだね。知りたいよ。』


『そっか。じゃあ千都世の気持ち伝えるね。』


『うん。』















『田辺クンってさ、何でそんなダサいの?なんかさぁー、クソキモいよね。』












『は?』


『いや、は?じゃないから。あ、もしかして千都世に告られるとか思ってた?ウキウキしちゃってた?キャハハハッ!!』


『何言ってんの…?』


ーー慎太郎は自分の胃の辺りが重苦しく、痛いような、吐き気がするような、何とも言えない気分に襲われていた。


『まだわかんない?田辺クンって成績良い割に馬鹿なんだね。おーい、もぉいいよぉ!!』


ーー永山千都世の掛け声により、隠れていた面々が姿を現わす。所謂リア充グループのメンバーたちだ。皆がニヤつきながら慎太郎を見ている。


『わかったカナ?みんなでからかってたんだよ。ねっ、圭佑!』


ーー永山千都世に手招きされ、圭佑と呼ばれる男がやって来る。

この男は坂主圭佑、この学校では三國に次ぐ実力者であり、カースト上位に位置する男だ。顔もそれなりにイケメンで、成績なども決して悪くは無い。モテる要素は揃っている典型的なリア充だ。


『おう。おい慎太郎。どうだった?今日一日幸せな気分で過ごせただろ?俺に感謝しろよ。』


ーー男が薄ら笑いを浮かべながら慎太郎にそう言った。


『ピークは千都世が現れた時だよねー?スッゴイ嬉しかったでしょ?キャハハハッ!!私が田辺クンなんか好きになると思う?ねぇねぇ、鏡見た事ある?釣り合わないよ?私ぐらい可愛いコと田辺クンじゃ全然釣り合い取れないじゃん。』


『ハハハッ!慎太郎よ、お前みてーなダセー奴を好きになる奴なんていねーから!少しは考えろよ!お前みたいなのは家帰ってシコってればいいんだよ!』


『えー、そう言えば田辺クンさっき千都世の事可愛いって言ってたけどオカズにしてるでしょ?うわぁキモいんだけど。死ねばいいのに。』


ーー慎太郎は無言でその場を離れようと歩き出す。


『あれ?傷ついちゃったカナ?ごめんね田辺クン!だってね、千都世、もう我慢出来なかったの!田辺クンみたいなの見てると吐き気がするしイライラするしで仕方が無かったの!もう公害だよ!キャハハハッ!!』


『マジでダッセェなアイツ。向かって来る事も出来ねぇでやんの。』


『こっちこんなにいるのにビビって手なんか出せるわけないじゃーん。あんな口だけの情け無い男を誰が好きになるかよバーーカ。』



ーー美波が鬼の形相で永山千都世へと近づき、その頬に平手打ちをする。だがそれは永山千都世の顔をすり抜けるだけで終わってしまった。それでも美波はその手を止める事をしない。何度も何度も永山千都世の頬を打つ。決して当たる事は無いのに。


「あなたみたいな女に…!!あんたなんかにタロウさんの何がわかるのっ!!許せない!!この女は絶対に許せないっ!!!」


『無駄デスヨ。ここは過去の映像に過ぎませン。』


「わかってるわよっ!!!」


…それでも私はこの女を殴らずにはいられなかった。


「タロウさんっ…!!!」


私はタロウさんを追いかける。全力で走る事でタロウさんにすぐ追いついた。

タロウさんの顔を見た時私は胸がえぐられるような気分だった。すごく寂しく、悲しい目をしていた。

私はタロウさんへ抱きつく。だが当然のようにタロウさんの身体に触れる事はできない。


「タロウさん…!!!」


私の目から涙が溢れる。何もしてあげられない事が悔しくて、切なくて、堪らなかった。タロウさんの気持ちを思うと涙が止まらなかった。


『これが切っ掛けとなり彼は女性を心から信じる事は無くなりましタ。それにより女性相手には疑心暗鬼になってしまう事で恋愛は上手くいかなイ、怖イ、また馬鹿にされル、自分がモテる訳が無イ、このような負のループに陥る事にナル。これがタナベシンタロウサマの心が形成された経緯デス。』


…そんな事はどうだっていい。経緯なんかどうだっていい。タロウさんが悲しんでいるのが問題なんだ。私が…私が絶対にあなたを救ってみせる。


「タロウさんっ!!!待っていて下さいっ!!!私がっ…!!!私が必ずあなたを幸せにしますっ!!!だからっ…だから20年待っていて下さいっ!!!20年後に私があなたを守るから!!!絶対に守るからっ!!!約束です!!!私はタロウさんを裏切らない!!!必ず!!!」


ーー美波のその言葉を聞き慎太郎は足を止め振り返る。美波の言葉が聞こえる訳も、姿が見える訳も無い。だが、慎太郎はナニカに反応し振り返る。それは紛れも無い事実であった。


『申し訳ありませんがそろそろ御時間デス。一度リザルト空間へと戻りまス。』


「…わかったわ。」


ーー美波の周囲が闇へ包まれ、慎太郎の姿、世界が消えていった。




ーー




ーー




ーー




『御覧になられた事を後悔しておりますカ?見なくても知らなくても良かった話である事は確かデス。』


「…そんな事はない。知らなきゃいけなかったと思う。私の中でタロウさんを想う気持ちがもっと強固なものになった。私が支えたい。他の誰よりも強くそう想う。そう思えるようになった。」


『そうですカ。それなら良かったデス。』


「…なぜあなたはこれを私に見せたの?何か狙いはあるんでしょ?」


『フフ、ワタシは貴女のタナベシンタロウサマを想う気持ちを応援したくなっただけデスヨ。』


「…まあいいわ。ありがとう。」


『どういたしましテ。貴女にもう一つプレゼントでス。この俺'sヒストリーはとうとうプレイヤー数が20万人を突破致しましタ。それだけの数になれば知り合いがいてもおかしくは無イ。参戦されているんデスヨ。先程タナベサマの過去に居た彼を傷つけた元凶であるサカヌシケイスケとナガヤマチトセの両名ガ。』


「……。」


『当然彼らと対峙すればタナベシンタロウサマは複雑な気持ちになられるデショウ。特にナガヤマチトセに対してハ。』


「…どっちも私が倒すわ。タロウさんを馬鹿にした事は絶対に許さない。私が守るって約束したんだから。」


『応援しておりまス。ですので私からプレゼントでス。どうぞ御納め下さイ。』


ーーアインスが美波に箱を手渡す。その箱は横に長い黒い棺の様な物だった。


美波が警戒しながらも箱を開ける。すると中に入っていたのは、


「ゼーゲン…?」


『はイ。1段階解放済みのゼーゲンとなりマス。貴女のゼーゲンと掛け合わせれば2段階解放とナル。セリザワサマとゼーゲンに対しては同等となられマスネ。』


「どうして私に…?」


『言ったデショウ?ワタシは貴女を応援しているト。役立てて頂ければ幸いでス。』


「…何かの狙いがあるのはわかってるけど…いいわ、頂く。力はあって困らないもの。牡丹ちゃんと楓さんに比べて私は弱い。相当な差がある。2人との差を縮めなきゃ私がタロウさんを守れないもの。」


ーー美波が箱の中のゼーゲンを受け取る。


『ワタシが思った通り聡明な方デス。申し訳ありませんがそろそろ御時間デス。また御会いしましょウ。』


「ありがとう。」


ーー完全な闇に包まれ美波は空間から姿を消した。さらなる力と、より強い慎太郎への想いを携えて。


ーーこれは余談だが、美波が慎太郎へ誓った日と、美波が生まれた日は同じである。

正確に言えば、美波が慎太郎へと誓った時に美波が生まれた。美波の願いがそれを可能にしたのかもしれない。


















「何故相葉まで?」


『何がだ?』


ーー闇からミリアルドが現れアインスへと問う。


「お前のお気に入りは島村であろう?それなのに何故相葉にまで加担する?」


『フフ、ミリアルドよ、俺は島村がお気に入りとは言っていない。”贄”に相応しいと言ったのだ。お前まで勘違いをするのならツヴァイたちの目も欺けているな。』


「ならばお前の目的は…?」


『相葉美波だよ。だからこそ『プロフェート』を与えたのさ。』


「お前は一体何を…」


『クックック、ツヴァイ如きに相葉美波をやらせはしない。彼女は私が守ろう。芹澤も島村もな。全ては”彼の方”の為に。フフ。』

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