第224話 私の知らない彼の傷

『はぁ…面白くねーな。』


ーー慎太郎は毎日がつまらなかった。充実しない、満たされない日々を送っていた。


ーー中学に入学して半年が経ったが小学校の時と何ら代わり映えのしない生活だった。

特に何かを頑張る訳でも無く、意見を主張する事も無い。意気地のない男であった。

だがその癖人並みに中学デビューしようと短ランなんていう一昔前の不良スタイルの制服にしてイキがろうとする本当に情けない男であった。


『おう!タロウ、はよっす!』


ーー慎太郎が振り返ると親友の一人である村田勝志が小走りで近づいて来る。


『おう。ダリーな今日も。』


『昨日ゲームやってて夜更かししちまったから余計とダリーよ。』


『お前、今日中間だよ?余裕じゃん。』


『あん?どうせ出来ねーもん。んだったら遊んだ方が得じゃね?』


ーー慎太郎と勝志は笑い合いながら登校して行く。慎太郎にとってこの村田勝志という男は親友であった。慎太郎は非常に友達が少ない。だが村田勝志、会沢紘平、佐藤有弥という男たちは慎太郎にとって小学校時代から続く親友なのである。当然ながらその付き合いは今も続いている。彼らとの時間は中学時代の慎太郎にとって最良の時であった。


ーーだが校内へ入ると楽しい時間が半減する。

慎太郎が通う小山中学校は三階建ての校舎である。三階が三年、二年は二階、そして一年は一階と思うかもしれないが、離れに別棟があってそこが一年用に充てがわれる。その別棟は二階にある渡り廊下から行く事ができ、別棟二階が一年一組から三組、三階が四組、五組となる。慎太郎は一年時は五組であった。つまりは他の全教室を通らなければ自室である五組まで着かない。それが慎太郎にとって苦痛であった。

慎太郎の中学では所謂リア充や不良といった面々は廊下へ屯する傾向があった。その中を慎太郎は通り抜けなければ自室へと辿り着けない。慎太郎のような上手くいっていない者がそこを通れば当然絡まれる事となる。


『お!慎太郎が来たんだけど!』


ーーグループの中の一人が慎太郎へ絡んで来る。


『あ?何だお前?気安く話しかけて来んじゃねーよ。』


『話しかけて来んじゃねぇよぉ、だって。ブハハ!』


ーーそれに呼応し他の連中も小馬鹿にしたような笑いを取る。男も女も関係なく嘲笑う様な態度を慎太郎へと見せていた。


『相手にすんなよ。タロウ行くぞ。』


ーー慎太郎は苦虫を噛み潰したような顔を見せながらも勝志の言葉に従いその場を去った。


『いやー、ホントダッセェわアイツ。小学校の時もああなの?』


『変わらねぇよ。体だけはデカい木偶の坊って言われたからよ。』


『ヒヒヒ、だっせ!体格だけは裕太並みなのにな。』


ーーグループの中の一人が三國裕太に話を振る。


『あ?あんなダッセェ野郎と俺様を一緒にすんじゃねぇよ。ああいう野郎見てるとイライラしてくんだよ。』


『だって。お前らあんなのが彼氏だったらどうよ?』


ーー次にグループ内の女たちへと話を振る。


『いやいや、ナイナイ。あんなの彼氏じゃ自慢出来ないどころか恥ずかしいし!!笑われちまうじゃん!!どんな罰ゲームだよ!!』


『ブハハ!!罰ゲームって!!流石にキツくね?ブハハ!!』


ーーデカい声で話しているのだからまだそう離れた所にいない慎太郎には丸聞こえである。こんな毎日を慎太郎は過ごしていた。




ーー




ーー




「どうして…どうしてこんなに酷い事をこの連中はするの…?許せない…!!」


ーー慎太郎が受けている扱いを間近に見て美波は怒りで身体が震えていた。


『大体こんなモノじゃないですか学生時代ハ。』


「は?」


ーー美波は人ごとの様に言うアインスに怒りの感情を向けるがアインスは気にも止めずに淡々と話を続ける。


『学生には一種のカースト制の様なモノがアル。その一度決まった序列を覆す事は基本的には不可能デス。どんなに顔が良かろうガ、頭が良かろうガ、運動が出来ようガ、人の見る目は変わらなイ。』


「…そんなの上辺だけしか見ていないって事じゃない。私は小学生の時のタロウさんが悪いとは思わない。」


『それは貴女がタナベシンタロウサマ側の人間だからデスヨ。だからあのムラタという少年も彼と一緒にいるのですヨ。』


「……こんな生活をタロウさんは中学時代過ごしていたの?」


『カカカカカ!こんなモノではありませンヨ。二年になった時に彼は我慢出来ずに学年の上位層に位置するモノを殴りました。しかシ、その取り巻きの女たちは彼へ暴言の数々を浴びせましタ。下位の住人が上位層の住人に逆らう事など許されなイ。そんな事は何処にでもある事デス。彼が特別では無イ。』


「…それが間違っているのよ。みんな平等なのに区別をつける事自体が間違ってるわ!!」


『そんな議論をするつもりはありませンヨ。その不満を消す為の機会がこの俺'sヒストリーなのデス。そして彼の心を痛めつけるようなイベントはまだ起きまス。これが彼の中学時代最大の心の傷デス。御覧になられますカ?』


「…見るわよ。タロウさんの全てが知りたい。」


『フフ、では参りましょうカ。中学二年の春にそれは起きましタ。』


ーー慎太郎の過去を知る為、美波はまた一歩深淵へと歩みを進める。

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