第222話 母は強し
お母さんの退院手続きが終わり私たちはタロウさんの車に乗って病院を後にした。
タロウさんには深く御礼を申し上げたがタロウさんはいつもの通り『俺が勝手にやってる事だから』と仰って私たちに気を遣わせないように軽く流された。本当に感謝しても仕切れない。私の一生をかけて彼に尽くさないといけませんね。
車を走らせて少し経った時にタロウさんが口を開いた。
「しま…お義母さん、お腹空いてませんか?」
「そうですね、お昼食べてないからお腹空きましたね。」
「では昼食を摂りましょう。鰻でも大丈夫でしょうか?」
「えっ?」
「お嫌いでしたか?」
「いえ、そんな事はありませんが…」
「た、タロウさん!そのような高い物は大丈夫ですから!」
これ以上タロウさんにお金を使わせる訳にはいかない。ただでさえ恐ろしい程の金額をタロウさんに出して頂いてるのだから絶対に阻止しないと。
「でも予約しちゃったし。」
「えっ?」
「売店で櫛を買った後に予約しちゃったんだよ。前に牡丹がお義母さんも鰻好きって言ったじゃん?だから大丈夫だと思って。」
ーー慎太郎は本当に無駄に有能だ。
「で、ですが…!!」
「良いじゃん。俺がしたいからやってるだけだけど…迷惑…?」
「あう…」
狡いです。そんな可愛い言い方をされると私の中のナニカが悶え死にそうだと言っております。
「でもタロウさん、娘にこんなに良くして頂いているのに更に私までよろしいんでしょうか?」
お母さんが申し訳なさそうにタロウさんに言う。
「はい。牡丹さんと同じぐらいお義母さんも大切ですから。それに退院のお祝いじゃないですか。力が湧く物を食べましょうよ。」
「…わかりました。本当にありがとうございます。」
「ありがとうございます、タロウさん。」
「そんなかしこまらないで下さい。僕が好きでやってるんです。じゃあお昼食べに行きましょう。」
********************
昼食を摂り終えた私たちはスーパーへ買い物にやって来た。タロウさんが『お義母さんの食料が必要だ』という事で買って頂ける事となった。
これに対し私と母は深い感謝を述べたがまたお約束の言葉で躱されてしまった。この御恩は早くお返ししなければ。
「さ、食べたいのあったら何でも入れて下さいね!遠慮はダメですからね!」
「わかりました。あら!これ美味しそう!」
「牡丹も好きなの入れてね。来週まで来れないかもしれないから一週間分は念の為買っておかないと。」
そう言うタロウさんは少し寂しそうな顔を見せる。どうしたのだろう?買い物がお好きなのでしょうか?
それにいち早く反応したのはお母さんだった。
「タロウさんは牡丹が実家に戻るのが寂しいのですか?」
実家に戻る…?お母さんは何を言っているのだろう…?私は戻るつもりはないのだけれど…?
「それは当然ですね。一週間以上も一緒に暮らしたのですから。」
「つまりは牡丹と一緒に暮らしたいと?」
「…正直に言えばそうですね。牡丹さんといるのは楽しいですから。ですがーー」
「だって牡丹ちゃん!!良かったわねー!!」
「え?」
うぅ…恥ずかしい…顔が赤いのがわかります…
「タロウさん、牡丹は実家には戻りません。今後ともよろしくお願い致します。」
「…すみません、どういう事でしょうか?」
「嫁いだ娘を戻らせるような事はしませんよ。」
「とっ、嫁ぐ!?お、お母さんっ!!」
これ以上顔が赤くなったら買い物どころではなくなってしまう。
「あの、島む「お義母さん」」
「…お義母さん。体調が悪いお義母さんを1人にさせる訳にはいきません。やはり牡丹さんは戻られた方が良いのでは?」
「具合が悪くなったらすぐに電話します。それに店をやるのと食事ぐらいなんでもありませんよ。娘の幸せが第一ですから。」
「ですが…」
「タロウさん。母は一度言い出したら聞きません。体調が思わしくないようでしたら私はすぐに実家へと戻ります。ですから私をタロウさんの家に置いて頂けないでしょうか?」
タロウさんは少し考えた後に口を開く。
「…わかったよ。牡丹さんの事は僕が責任を持ってお預かり致します。」
「頼みましたよ。一生。」
お母さんが含み笑いをしながらタロウさんにそう言うとタロウさんが少し困り顔になる。でも困り顔も素敵です。
「…善処します。」
こうしてお母さんの退院騒動が一先ず終結したのであった。
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