第221話 有能な男

「う…朝か…」


目を覚ますと俺と楓さん以外は寝室には誰もいなかった。時計を見ると朝の7時だ。日曜だからいつもより遅起きだがまだクソ眠い。流石に夜更かししすぎたな。3時までビデオ見ちゃったもんな。


俺はチラリと横を見ると楓さんが寝ている。いつも通りキャミソールの肩紐が片方外れてエロい雰囲気出てるし。ヘソも出てるし。襲いかかりてぇ。昨夜楓さんと牡丹をオカズにしたが朝から元気一杯ですよ。やっぱ良いよなぁ楓さん。……写真撮っちまおうかな。それぐらいセーフだよな?勇気出しちゃうか?おっし!!

俺は部屋のドアの所に行き気配を探る。誰かが近くにいる気配は無い。よし、いける。

俺は流れるような動きでスマホを取り、楓さんのエロ写真を撮ろうとスマホを構える。


ーーが、その時だった。




ーーガチャリ




俺はその音と同時に布団へ倒れ込む。大丈夫、バレてはいない。部屋の中は薄暗いんだ、多少動いてても脳は錯覚だと思ってくれる。でも一体誰が?気配は無かったぞ?


ーー慎太郎は恐る恐る薄目で確認してみると安定の牡丹であった。


ですよねー。絶対そうだと思ってました。暗いからよくわからないけどヤンデレモードになってないだろうな。なってたら剪定バサミで刺されそうなんだけど。


「タロウさん、朝ですよ?起きて下さい。」


牡丹が優しい口調で俺の耳元で囁く。良かった、ヤンデレモードに入ってない。ていうか、牡丹みたいな美少女に起こされるとか幸せ者だよな。それなのに盗撮紛いの事をするなんてどうかしてるぞ俺は。しっかりしろよ。改心しろ。


「…おはよう牡丹。」


「ふふふ、おはようございます。昨夜は楽しかったですね。」


「そうだね。また今晩続きを見ようよ。」


「はい、楽しみにしております。朝食の準備が出来ました。それと申し訳ありませんが朝の水やりが終わりましたら私は母の病院に行って参ります。夜までには戻りますのでよろしくお願い致します。」


「あ、わかってるから大丈夫だよ。」


「はい?」


「お母さんの退院の日じゃん。俺も行くから大丈夫だよ。」


「えっ?ど、どうしてご存知なのですか!?」


ーー牡丹は慎太郎にこれ以上迷惑をかけられない為、退院の事は黙っていた。慎太郎に知られれば絶対車を出してくれるのがわかっている。折角の休日にそんな事はさせられない、だからこそ黙っていた。


「実は時間がある時にお母さんのお見舞い何回か行ったんだよ。その時に看護師さんが教えてくれた。」


「そうだったのですね…でも大丈夫です!折角のお休みなのですからゆっくりなさっていて下さい!」


「いや、大丈夫だよ。」


「ですが…」


「ほら、また牡丹の悪い癖だ。遠慮をしないで甘える。」


「う……。」


「日曜だから病院までのバスも帰りのバスも無いのにどーするの?牡丹は絶対タクシー使わないでしょ?荷物もあるし、お母さんは病み上がりだしで無理じゃない?」


「それは……。」


「俺の出番だよね?牡丹に甘えられると嬉しいなー。」


ーー慎太郎がわざとらしく牡丹に言う。もはやお決まりのパターンだ。


「…母の退院を手伝って頂いてもよろしいでしょうか?」


「はい、よく出来ました。もちろん手伝わせて頂きますよ。」


ーー慎太郎がそう言って牡丹の頭を撫でる。

このバカップルずっとイチャイチャしてやがる。


「じゃあ食べて水やりしたら行こうか。」


「はい!よろしくお願い致します。」





********************






お昼手前に私とタロウさんは母が入院している病院へと到着した。日曜日の病院は診察待ちの患者さんもいないので凄く静かだ。

私たちが病室へ向かうとお母さんが荷物の整理を始めていた。


「お母さん。」


「あ、牡丹…あら!あらあらあら!!タロウさんも来て下さったんですね!!」


「退院おめでとうございます。色々と手が必要かと思いまして牡丹さんにお願いをし、お手伝いをさせて頂こうと思って本日は参りました。」


「そんな!私がお願いしたんじゃないですか!」


「あらあらあら!!夫婦で来て頂けるなんて嬉しいわー!!」


「お、お母さんっ!!」


からかうように言うお母さんをたしなめる。いくら将来を誓いあったとはいえ、まだ夫婦ではないのだから。本当に困ったお母さんなんだから。


「牡丹ちゃんったら照れちゃって。こんな子ですけどよろしくお願いしますねタロウさん。」


「あははは…大丈夫ですよ島む「お義母さん」」


「……お義母さん。」


ーー慎太郎は観念した。もうこれからはお義母さんでいこうと。


「あれ?荷物整理はもう終わったの?」


見る限りでは完全に整理され、後は退院するだけといった感じだ。


「退屈だったから朝起きてからやってたのよ。」


「それならもう退院出来るね。じゃあ先生にご挨拶して来るね。申し訳ありませんがタロウさんはここで待っていて下さい。」


「大丈夫だよ。俺もトイレ行きたいから行ってくるね。」


「わかりました。」




病室から出て私はナースセンターへと向かう。


「すみません。360号室に入院しております島村彩の娘の牡丹と申します。本日母が退院するのでご挨拶に伺いました。岩瀬先生はおられますでしょうか?」


「あ、はーい。岩瀬先生って今いる?」


「さっき患者さんのトコ行きましたー。」


「そっかー。ありがと。すみません、戻りましたら病室の方へ向かうようにお伝えしますのでお待ち頂けますか?その時に退院の手続きも致しますので。」


「わかりました。よろしくお願い致します。」


困ったな。本当ならここで終わらせたかったのに。恥ずかしい話だが入院費を払う為の費用が無いので何とか分割にしてもらえるようお願いするつもりだったのだ。病室だとタロウさんがいるからタロウさんが支払うと仰るに違いない。これ以上迷惑はかけられない。売店にでも行ってもらうしかないかな。


病室へ戻るとまだタロウさんの姿が見えない。今の内にお母さんに相談しておこう。


「お母さん。入院費の事なんだけど分割に出来ないか聞いてみようと思うんだ。」


「そうだね。ごめんね、苦労かけさせて。」


「大丈夫だよ。もう少しで先生たち来ると思うからその時に話すね。その時にはタロウさんには売店にでも行っていてもらうから話を合わせてもらえないかな。」


「わかった。任せて。」


お母さんとの打ち合わせが終わるとタロウさんが戻って来る。そしてほぼ同時ぐらいに先生たちも病室へと入って来た。


「タロウさん、申し訳ありませんが売店で櫛を買って来て頂いてもよろしいでしょうか?母の髪をとかすのに必要なのですが私は今から先生たちと話をしなければいけないので…」


「オッケー、大丈夫だよ。」


「これで足りるかはわかりませんがーー」


私がお金を出そうとするとタロウさんが私の手を抑える。


「いいから。待ってて。」


「はい、ありがとうございます。」


本当にタロウさんは優しい。だからこそ甘え過ぎてはいけない。節度は必要ですから。

タロウさんが病室から出て行くと先生が話しかけて来る。


「島村さん、退院おめでとうございます。」


「ありがとうございます。先生のお陰で元気になりました。」


「通院する必要も無いと思います。ですが少しでも具合が悪いと感じたらすぐに病院にいらして下さいね。」


「はい、わかりました。」


「では私はこれで。」


先生は私に会釈をして急ぎ足で病室を出て行った。日曜日でも忙しいのですね。


もう1人の事務の方が私たちの話が終わるのを待って話を切り出す。


「退院おめでとうございます。それでこちーー」

「すみません。お恥ずかしい話なのですが…入院費の件、分割にして頂く事は難しいでしょうか…?」


私と母は頭を下げ事務員の方にお願いをする。


「入院費…ですか…?」


「はい…」


思った以上に反応が悪い。やはり分割は難しいのだろうか。でも…支払うお金が無い…どうすれば…


「すみません、一体何のお話をされているのでしょうか…?」


「はい?」


「島村さんの入院費は全額頂いておりますが…?ですので私は領収書をお渡ししに来ただけです。」


私は事務員さんから領収書を受け取る。間違い無く母の名前だ。何故?10万円もの大金を払える訳が無いのに。


「これは一体…?」


「先程旦那さんが支払いに参られましたよ。」


「だっ、旦那!?」


「あれ?違いましたか?先生と話される前に出て行かれた方です。」


タロウさんが…?一体いつの間に…?あ…トイレに行かれた時だ。トイレじゃなくて本当は…


ーー慎太郎はこれをさり気無く出来るのが狡いのだ。オッさんのくせに。無駄に有能なのが腹立たしい。


「すみません、まだ仕事があるのでこれで失礼しますね。退院おめでとうございます。お大事に。」


一礼して事務員さんが病室から出て行った。


「またタロウさんにお世話になっちゃったわね。」


「…うん。」


こんなに優しいから私はあなたの事がどんどん好きになるんです。


「良い旦那さんね。」


「…うん。うん!?お母さん!?」


「でも周りからはそう見えるって事よねー。良かったわね牡丹ちゃん。」


「もう!!」



ーーだがそんな牡丹の顔は満更でも無く、妻としての自覚を持とうと浅ましい事を思っているのであった。

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