第214話 フリーデン

【 4日目 PM 7:13 洋館 本館 1F エントランス 】




ーー牡丹が鞘に納めてあるゼーゲンを引き抜く。牡丹はヘンカーに対して剣気を放つが、それを見た楓はとても奇妙な感覚に襲われていた。

自分と牡丹にそこまでの技量差は無い。むしろスキル無しでの状態ならゼーゲンの解放度とエンゲルから考えて自分の方が数段上なはず。なのにも関わらず牡丹はヘンカーにダメージを与えた。私たちを助ける為に先程繰り出した技は相当な威力であった。金色のエフェクトが発動していないのだから牡丹は間違いなくスキルは使っていない。楓の見立てでは牡丹の技は”具現”状態のブルドガングの技に勝るとも劣らないものであった。

だが牡丹から放たれる剣気から見てもとてもそれ程の強さには感じられない。しかし牡丹の表情を見る限り負けるとは微塵も思っていないのが伺える。牡丹は虚勢を張るような人間では無い。楓の頭は疑問符でいっぱいであった。


「なあ牡丹。」


「はい、あなたの牡丹です。」


「杉沢村の時から思ってたんだけどさ、さっき使った技って何…?」


「『フリーデン』を使用する時に技の名前や使い方が頭に浮かぶのです。ですが、私はその技名があまり好ましく無いので僭越ながら改名を致しました。私としては良い技名だと思ったのですが如何でしたでしょうか?」


「うん…良いんじゃないかな。」


「ふふふ、ありがとうございます。」



ーー慎太郎は思った。

『技名か。俺だったら恥ずかしくて技を言う事も出来ないし自分で名付けるのも無理だわ〜。牡丹は17だもんな。まだ中二病が抜けないのかな。大人になったら夜中にその頃を思い出して悶えちゃうぞ。』

などと結構失礼な事を思っていた。


ーー牡丹により吹き飛ばされたヘンカーが起き上がり此方へと歩みを進める。顔が布の様な奇妙な被り物で覆われている為、表情は見えないが牡丹を敵と認識している事はわかる。この場にいる全員が押し潰されてしまいそうな程の圧を放ちながら牡丹の方へ向かって来る。


「くっ…!!何この威圧感は…!?さっきまで全然本気じゃなかったって事…!?」


「こんな相手にどうやって勝てばいいの…?」


ーー楓たちはヘンカーの驚異的な強さに戦慄を覚える。

本来ならここでプレイヤーたちがヘンカーと遭遇する予定は無い。ここで遭遇しても勝てるはずが無いからだ。ヘンカーの強さは現時点での楓が”具現”状態で召喚する剣帝ブルドガングの力を大きく超えている。仮にゲリライベント前の”五帝”全員がヘンカー1体と戦っても勝負にならないぐらいの差がある。

それはアリスが魔法を使ったとしても同じ事だ。ヘンカーには魔法耐性がついている為、アリスが出せる初級魔法程度では足止めにすらならない。

現時点でヘンカーに勝てるプレイヤーなど存在しない。

ただ一人の異端を除いてはーー



「いつでも構いませんよ。どうぞかかって来て下さい。」


ーー牡丹がゼーゲンを左手だけで持ち、横に向ける様に構えをとる。右手は柄に軽くそえ、攻撃の際のトリガーの役割を匂わせる。

対するヘンカーは手にしている丈を上段に構え、攻撃的な姿勢を見せる。


ーー勝負が着くのは恐らく一瞬。楓たち3人は固唾を飲んで見守るが、慎太郎だけは余裕な面持ちで牡丹を見ている。


ーー先に動いたのはヘンカーであった。

手にする丈を牡丹へと振り下ろす。それを牡丹は一歩遅れてゼーゲンで防ごうとする。

これを見た楓は牡丹の負けを悟る。どう見たって牡丹の速度ではヘンカーに遠く及ばない。それは牡丹が先手を取っても間違い無い事なのに後手に回っては防ぐ事すらもままならない。

楓はアリスに《全回復》を使うよう声を出そうとした時であった。牡丹の手にしているゼーゲンが紅いエフェクトを飛ばしながら変化をする。紅い刀身を持ち、鍔や柄にも紅を基調とした豪華な装飾が施されている紅剣だ。極め付けは全体的に強弱をつけた紅い光を放っている所がとても幻想的で美しかった。それを見た楓たちは戦いの最中だというのに魅了されてしまった。

しかしそれもほんの僅かの時間であった。遅れて振り上げた牡丹の剣が一瞬でヘンカーの丈に追いつき一撃目を軽く防ぐ。

楓は牡丹から溢れる驚異的な剣圧に身体が震えた。スキル無しで夜ノ森葵やヘンカーといった強敵と剣を交えた楓にはわかってしまったからだ。



ーー彼らよりも牡丹の方が圧倒的に強いと。



ーーヘンカーの丈をフリーデンで受けた牡丹はそのまま剣を滑らせ丈を流す。

それにより牡丹にだけがわかる隙がヘンカーに出来る。牡丹は一歩だけヘンカーに近づきフリーデンを少しだけ振り被る。すると刀身に発生している紅いエフェクトが牡丹の腕にまで派生し絡みつく。それにより牡丹が放つ剣圧が更に強大さを帯びる。




ーー戦いの終焉の時が来た。





「弐ノ剣、血塗ノ紅薔薇。」





ーー牡丹は少しだけ振り被ったフリーデンを縦に振り下ろしヘンカーの胴体を斬る。そして間髪入れずに横一閃斬り払い、ヘンカーの胴体を十字に斬り裂く。肉の奥深くまで斬り裂かれたその斬り口から血が噴き出し、ヘンカーの白装束が血に塗れる。トドメの追い討ちとばかりに十字の斬り口から紅いエフェクトが弾け飛び、爆弾が爆発したかのように血と肉片が乱れ飛ぶ。薔薇の花弁が舞い散るかのように。

もはやヘンカーに生命の息吹は感じられない。魂の無くなった肉の塊はその場に崩れ落ちた。


「タロウさん。」


ーー勝負を終えた牡丹が慎太郎へと振り向く。


「ジャスト3秒!」


ーー慎太郎は親指を立てて牡丹に応える。その姿はオッさんくさかった。


「やったっ!!」


「凄いです!!」


ーー美波とアリスが歓喜に沸く。


「恐ろしい強さね…でも、流石ね、牡丹ちゃん。」


ーー牡丹のあまりの強さに楓は驚きを隠せない。だが勝てた事に心底安堵していた。


「……」


ーーでも慎太郎は心の中で思っていた。


『血塗ノ紅薔薇って…中二病全開やん。』

と。

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