第213話 集結

【 楓・美波・アリス 組 4日目 PM 6:53 洋館 本館 1F 通路 】




ーー楓たちは怒涛の勢いで本館1階まで辿り着く。ゼーゲンを持っていないアリスを楓が抱えて走り切る事により時間の大幅な短縮に成功したが残りはあと1時間。慎太郎と牡丹の身を案じながら彼女たちはどうにか脱出口のあるエントランスへと足を踏み入れる。



ーーガチャン



「とうとうエントランスに出たわね。」


扉を開けた先は探し求めたエントランスだ。脱出口というのがどこを指しているのかはわからないが、洋館の入口を探すのは基本だろう。もしここに無ければ1階を手当たり次第に探せばいい。考えている時間など今は無い。私たちは洋館入口の扉を開けようとする。しかし、扉が開く事はなく警告通知が脳内に鳴り響くだけであった。内容は窓を開けようとした時と同じものである。ここが脱出口では無いようだ。私はすぐさま室内のいたるところへと目を移す。脱出口らしき所がないか探していると、私の目は壁のある一部分に止まる。そこにだけほんの僅かな傷があるのだ。その傷を見た私は瞬時に理解した。この傷をつけた犯人はタロウさんだ。後から来るであろう私たちに向けた目印に違いないと判断した。

普通の人ならそれは罠かもしれないし、戦いで出来た傷だと思うかもしれない。でも私にはわかる。根拠は無い。あるのは女の勘だけ。

私は傷のある壁へと向かう。壁を調べようと手を置いてみる。すると壁が動く。私は少し力を込めて押してみると薄暗い通路が現れる。


「隠し扉ですねっ!?」


「ここから行けるって事ね。行きまーー」



背筋が凍る。



気配は何も感じない。



だが明らかにナニかが背後にいる。



考えている暇など無い。



本能でわかる。



背後にいるモノは危険だと。



私はゼーゲンを引き抜きエンゲルを発動させ背後のモノへと斬りかかる。



ーーガキィィン



私の剣をそのモノは持っている丈のような武器で簡単に受ける。少なくとも私にとっては全力かつ、最速の剣で攻撃した。だがそれをこのモノはそれを難無く受けた。


「か、楓さんっ!?」


背後から美波ちゃんの不安げな声が聞こえる。美波ちゃんも本能的に悟っているのだろう。この白装束のモノ、ヘンカーの恐ろしさを。勝てるのは私しかいない。私がなんとかする!!


「先に行きなさいッ!!!」


ーー楓が美波とアリスへ大声で先に行くように促す。

美波とアリスは一瞬躊躇うが、楓の想いを汲んで隠し扉の中へと急ぐ。

一方の楓は、ヘンカーへ全力の剣撃を繰り出す。


ーーだが、そんな楓の攻撃などヘンカーはものともしない。軽く捌いた後に僅かに空いた楓の胴へ丈を突き刺す。

楓はそれを躱す事は出来なかった。いや、突き刺された事すら理解出来なかった。激痛がするので視線を落とすと、鳩尾から背中にかけて完全に貫通していた。

ヘンカーに勢いよく丈を引き抜かれ、楓の腹は鮮血に染まる。肉片のようなピンク色の塊が床へと溢れ、続けて血が腹から滴り落ちる。楓は口から吐血した後に床へ倒れた。


「楓さんっ!?」

「楓さん!?」


ーーフロアに美波とアリスの悲鳴が轟く。

2人は踵を返して楓の元へと駆け寄る。傷の具合を確認するがどう見ても致命傷だ。何より出血量が尋常では無い。アリスは完全に思考回路が停止し、身体が震えていた。死に行く楓を見てどうすればいいのかわからなかった。

だが美波だけはかろうじて冷静でいた。否、冷静でいなければならないと自分に言い聞かせ、冷静になるように努めた。それによりいち早くアリスに指示を出す事が出来た。


「アリスちゃん!!《全回復》!!お願い早く!!」


「えっ…!?でも…スキルは…!?」


「大丈夫だから!!お願い!!」


「は、はい!!!」


ーースキルは使えないと運営から通知があったのにどうして?アリスはそう思ったが、美波に言われるがまま《全回復》を使う。

すると驚く事にアリスの身体から銀色のエフェクトが発動し、緑色の球体が楓を包みその傷を癒していく。


「ど、どうして!?」


「よかった…やっぱり使えた…さっき澤野が言っていたのが引っかかっていたの。『三國でさえ腹に穴を開けられた。』そう言ったわ。スキルを使えないのにどうやって回復したのか考えた時に思った事は、『回復のスキルなら使える』だったわ。賭けだったけどね。」


「で、でも良かったです!!その賭けが当たって本当に良かった…!!」


ーーアリスの目から涙が溢れる。

そしてすぐに楓が目を覚ます。


「う…」


「楓さんっ!!」

「楓さん!!」


「…ごめん、ありがとう。」


ーー楓はすぐにゼーゲンを拾って起き上がる。まだ戦闘中だ。呑気に喜び合っているわけにはいかない。

エンゲルを再度発動し、戦闘に備える。

楓復活までの時間はほんの数十秒程だが、ヘンカーにとって美波とアリスを殺すには十分な時間だった。だがそれをしないで傍観していたのは凄く不思議であった。何の意図があるのかはわからないが、3人にとっては幸運としか言いようが無かった。

だが絶望的状況に変わりは無い。召喚系アルティメットさえも退けた楓が全く歯が立たない程の相手をどうやって倒せばいいのか3人はわからなかった。

やるべき事は一つしか無い。それを誰よりも早く理解したのは彼女であった。



『カエデ!!飛べ!!』



ーーノートゥングが鬼気迫る表情で楓に告げる。

その意味を楓は瞬時に理解し、美波とアリスを抱え、入って来た扉へと全速力で飛翔する。

撤退だ。このままでは全滅は必至。一時撤退するしか生き延びる術は無い。楓は持てる力の全てを出し、扉へと向かう。

だがそんな楓を嘲笑うかのようにヘンカーがいとも簡単に追いつき、楓の傍を駆け、持っている丈を振り被る。

逃げられない。楓たちはそう悟った。絶望が彼女たちの心を支配する中、ヘンカーが丈を振り下ろす。

楓の視界で見ているもの全てがスローモーションのように遅く動く。この時に楓は死を意識した。これが走馬灯なんだと理解した。せっかくアリスに回復させてもらったのに何も出来なかった事を恥じ、美波とアリスを守り切れなかった事を悔いた。

そして慎太郎と牡丹の無事を祈り、目を閉じた。
















「ーー壱ノ剣、紅玉ノ華。」














ーーヘンカーの身体に紅いエフェクトが弾け飛ぶ。その凄まじき衝撃によりヘンカーが後方に弾き飛ばされる。

その光景に飛翔している楓がその場に立ち止まり、このフロアに現れた乱入者の方へと目をやる。



「…ウフフ。良いところで現れるんだから。」



ーー隠し扉からエントランスへと入って来る者たちの姿が明らかになる。


「タロウさん、残りの時間はどれぐらいでしょうか?」


「あと14秒だ。半分切った。」


「わかりました。3秒だけ使います。」


ーーその姿を見た美波とアリスは涙ぐむ。


「もうっ!!心配したんですからねっ!!」


「やっと…やっと合流出来ました…!!」


ーー慎太郎と牡丹は3人に軽く微笑んでからヘンカーへと目を移す。


「遊んでいる時間はありません。一撃で決めさせて頂きます。この『フリーデン』で。」

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