第211話 奮起

【 楓・美波・アリス 組 4日目 PM 6:13 洋館 東棟 地下1F 地下牢前 】




ーー元”ヴェヒター”ドライこと緒方瑞樹と言葉を交わし、中と外との時間差を知った楓、美波、アリスの3人は、慎太郎と牡丹の身を案じ、すぐさま地下牢を後にした。


「先ずは状況確認をしましょう。私が上にあがり索敵を行うから美波ちゃんとアリスちゃんは運営から何か通知が来てないかチェックお願い。」


「わかりましたっ!」

「わかりました!」


『待てカエデ。』


私が動こうとした時にノートゥングがそれを止めた。


「何かしら?」


『様子がおかしい、上へ行くのは待て。』


「どういう事…?」


美波ちゃんがノートゥングに不安げな声で尋ねる。


『空気が明らかに変なのだ。それに死臭が強い。死人数も増えたのだろうが何より地獄の底から死者がやって来たかのような、そんな臭いが漂っておる。』


「こっ、怖い事言わないでよっ!!」


『恐らくスキルは使えんぞ?』


「「「えっ!?」」」


私たちは声を揃えて驚いた。


『術式がかかっておる。何の術式かまではわからんが結構厄介なやつだ。妾たち側だけが使えなくて敵側は使えると思うぞ。』


「そ、そんな…!?」


「か、楓さん!?どうしましょう!?」


「先ずは状況確認よ。私と美波ちゃんが階段上の様子を見ておくからアリスちゃんはスマホの確認をお願い。」


「はいっ!」

「はい!」


状況は相当にマズいわね。残り時間が2時間を切ったとは言え油断は出来ないわ。それにタロウさんと牡丹ちゃんの安否がわからない。スキルが使えないのがいつ頃からなのかわからないけど、解放済みのゼーゲンを持つ牡丹ちゃんならきっと大丈夫だと思う…だけど…


「かっ、楓さん!?美波さん!?」


アリスちゃんが焦った様子で私たちを呼ぶ。どう考えても良い知らせではない。私は恐る恐るアリスちゃんに何があったのか尋ねる。


「どうしたのアリスちゃん?」


「…ノートゥングが言った通りスキルは使えないみたいです。それも昨日の夜からです。」


「そんな…!?そんなに長時間も!?」


美波ちゃんが狼狽える。それはそうだ。丸一日以上タロウさんと牡丹ちゃんはそんな状況で戦わなくてはいけなかったという事だ。2人は無事なのだろうか。胸が締め付けられる。


「…その時点で残っているクランは7組です。」


「随分と減ったのね…まだ丸一日以上残ってるじゃない…」


「…それでスキルが使えなくなったのは2人のプレイヤーが洋館から首狩り村へと向かったからみたいなんです。」


「それって…!?」


「間違いない、タロウさんと牡丹ちゃんよ。」


あの2人ならここから出て首狩り村へ向かう事は可能だ。特に牡丹ちゃんの実力なら容易くその道を切り開けるだろう。


「昨日の話だよねっ!?村に行って24時間以上も戻って来てないのかな…もし戻ってないのなら何かあったんじゃ…」


美波ちゃんが泣きそうな顔でそう言う。


「…それに…ヘンカーという敵が6体現れたみたいです。それは強力だから手を出さない方がいいって書いてあります…」


「そのヘンカーっていうのがどれぐらいの強さかはわからないけど、ゲシュペンストを超える強さなら相当に厄介よ。スキル無しではとてもじゃないけど勝てる相手じゃないわ。」


どうしよう。この状況を打破するにはどうしたら…頭が回らない…


『何をしているのだ貴様らは!!』


ノートゥングが声を荒げる。


「ノートゥング…」


『残り時間が少ないのにこんな所で喋っている場合か!!動け!!洋館から出て首狩り村とやらに行くしかなかろう!!シンタロウと花の娘の安否が知りたければ動け!!』


ーーノートゥングが楓たちに喝を入れる。楓たちの動きは確かにいただけないものであった。残り時間が2時間を切り、慎太郎と牡丹の身に危険が訪れているかもしれないのならすぐさま駆け出して行くのが本来の正しい行動だ。それをこんな所であたふたしているなんてまさに愚の骨頂。


『少なくとも死んではおらんだろう。お前たちが奴隷になっていない事が何よりの証拠。そして花の娘は強い。先ず死ぬ事は考えられん。だが危機に瀕しているかもしれん。スキルを使えないのだからその可能性は否定は出来ない。ここで助けてやれるのはお前たちしかいないのだ。それをこんな所で油を売っているなど愚の骨頂。』


…ノートゥングの言う通りよね。何をやってるのよ私は。私がしっかりしなくてどうするの。シャキッとしなさい!!


「ありがとう、ノートゥング。おかげで目が覚めたわ。」


「うん、狼狽えてる場合じゃなかった。早く駆け出さないといけなかった。ありがとう、ノートゥング。」


「こんな時こそ冷静にならないといけなかったんですよね。ありがとうございます、ノートゥング。」


『礼などいらん。わかったのならそれで良い。』


ーーノートゥングが険しい表情を緩める。丸くなったものだ。


私は大きく息を吸って勢いよく吐き出す。


「いくわよみんな!!」


「はいっ!!」

「はい!!」



私たちは勢いよく階段を駆け上がり、東棟2Fの大食堂へと戻る。そして私たちがまだ開けた事の無いもう一つの扉を開けて通路へと出た時、人がいる事に気付く。ゾルダードでもフェルトベーベルでもゲシュペンストでも無い。プレイヤー3名のシルエットが薄明かりに照らされて確認出来る。

そしてそのプレイヤーたちがこちらへと向かって来る。

私は悟った。こうやって急いでいる時に邪魔をする奴といったら頭にすぐ浮かぶのはーー


「カカカカカ!!美波ちゃんに楓ちゃん、みぃーつけたぁー!!!」


ーー澤野宏之、この男しかいない。

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