第201話 自称『正妻』

【 美波 side 】




ーー楓が翁島香登と交戦するのと時を同じくして、美波もまた一人、元リッターの男との戦いを強いられる事となる。


「楓さん!?アリスちゃん!?」


周りを見ても2人が居ない…それにここは…リザルトの時の空間…?イベントが終わったの…?

まさか!?タロウさんが負けたなんて事ないよね!?


「2人なら他のナディールの器で翁島さんと郷戸さん相手に戦っていますよ。」


ーー美波が背後を振り返ると先程まで牢に入っていた男がいる。

何も無い空間で男と二人だけの状況に戸惑いながらも美波は腰に携えているゼーゲンを引き抜き戦闘態勢へと移る。


「あなたが何かをしたのねっ!?みんなの所に戻してっ!!」


「僕が何かをした訳ではありませんよ。この地下牢のルールです。この戦いに勝利をした者だけが地下牢から出る事が出来る、そういう術式がかけられているんですよ。」


…この男が言ってるのは多分本当だと思う。わざわざここで嘘を言うメリットはないもの。ならばこの男を倒さないとここからは出られない。


「それとここではスキルは使えません。純粋に個の力で勝敗が決するんですよ。」


「スキルが使えない…?」


私は真偽を確かめる為にノートゥングを召喚しようと試みるがやはりスキルは発動しない。男の言う事は本当だ。


「…この前と同じ状況ってわけね。でもこの前はノートゥングが心に話しかけてくれたけど今回は無理よね…」


『案ずるな。』


「の、ノートゥーー」

『ーー静かにしろ。』


驚いてノートゥングの名を口にしようとした途端にノートゥングに遮られる。


『奴に気取られるのは得策では無い。心の中で話しかけろ。それで伝わる。』


(わ、わかった!でも術式がかけられていたってノートゥングとは話せるんだね?)


『ククク、妾がそのようーー』

ーー(はいはいはい。)



ーー美波がノートゥングのお約束の台詞を遮る。

(今はそんな場合じゃないんだからっ!この男を倒さないと…)


『そうだな。この男の強さはゲシュペンスト級ぐらいであろう。』


(ゲシュペンストって…!?それじゃあアルティメット級って事じゃないっ!?)


『そうなるな。いくらスキルを使えないとはいえ、あの醜男は相当に出来る。』


(醜男って…別に普通じゃないかなぁ?)


『妾は醜いものが嫌いだ。特に男はな。顔の造形が整っていない者は近寄る事も許し難い。』


(じゃあ、タロウさんはオッケーって事?)


『…まぁ、顔だけは悪くないからな。及第点ではあるがな。』


(素直じゃないんだから。タロウさんは顔もカッコイイもんねっ!!でもタロウさんの魅力は顔じゃなくて心なのよっ!!あんな男の人は他にーー)


『今は戦闘中だ。落ち着け。』


ーー若干暴走気味になる美波をノートゥングが抑える。

牡丹程ではないが、美波も慎太郎が絡むと暴走する癖がある。困ったものだ。


(そ、そうよねっ!冷静になりなさい美波、クールよ。クールになるのよ。それで後でタロウさんにいっぱい褒めてもらうんだからっ!!)


『クールとは程遠いな。』


ーー美波がいつものペースを取り戻そうとしている中で男が口を開く。


「ではそろそろ始めましょうか。あ、ご挨拶が遅れていましたね。僕は元リッターの一人、夏井風人です。」


ーー夏井風人が名乗るので美波もそれに応じる。


「私は相葉美波よ。」


「あ、嬉しいな。挨拶って大事ですよね。いいなー、相葉さん美人だし殺すの勿体無いな。貴女なら僕の妻にしてあげても良かったのに。」


ーー風人の上からの物言いに美波が少し苛立ちを覚える。


「勝手な事を言わないでもらえる?私はあなたに殺されるつもりは無いし、妻になるつもりはもっとないわ!!」


「へぇ、顔に似合わず気が強いんですね。もっと大人しい方だと思ってました。そうだ!殺す前にセックスをしましょう。獄中生活が長くて溜まっちゃって。緒方瑞樹さんいたでしょ?ほら、さっきいた女性の。あんな美人と一緒にいたら性欲が湧いて堪らなかったんです。貴女も凄く美人ですから凄く楽しめそうだ。」


「男の人ってそればかりね。悪いけど私はあなたに髪の毛一本だって触らせたりしないわ。」


「ふーん、僕に勝てるって思ってるんですか?余程腕に自信があるんですね。これは楽しみだ。」


ーーだが風人は知らない。言葉とは裏腹に美波は不安で仕方が無い事を。


(ノートゥング、どうしよう…スキルも無しに私がこの男に勝てるかな…ゲシュペンストよりも強いなら勝てる要素なんて…)


『フッ、何を怯えておる。貴様はこの前に妾の特訓を受けたではないか。今こそ『制裁力』とやらを見せるべきでは無いのか?』


ーーそのワードに美波はいち早く反応する。


「…そうよね。そうだったわよねっ!!うんっ!!!私は前回のイベントの時に『正妻力』を上げたじゃないっ!!!」


ーー正妻というワードは美波を鼓舞するワードのようだ。先程まで不安に駆られた心が一瞬で消え、闘志が漲っている。


『ククク、その意気だ。見せてみよミナミ!!『制裁力』を!!!』


「ええ!!!見せてあげるわっ!!!私の『正妻力』をっ!!!!」


ーー言葉違いとはいえ、美波は不安を完全に払拭し、気合が高まる。


「何だかわからないが始めましょうか。元リッター、夏井風人、お相手致します。」


ーー風人がラウムから剣を取り出す。


「フッ、田辺慎太郎の正妻、相葉美波、相手をするわ。」


ーー美波がゼーゲンを構える。かつてないほど調子に乗りながら。


ーー自称『正妻』相葉美波と、元リッター夏井風人の戦いが始まる。

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