第199話 全ては計算通り
【 楓 side 】
ーー何も無い無の空間に2人の剣士が火花を散らす。
楓が剣撃を放てば翁島香登が受け、香登が剣撃を放てば楓が受ける。
香登が横一閃薙ぎ払えば楓がそれを捌き、楓が横一閃薙ぎ払えば香登が捌く。
2人の剣戟の音がだけが無の空間に響き渡っていた。
「素晴らしい強さだ芹澤楓!!”当代”の”闘神”はレベルが高いな!!」
「”当代”?」
ーー切り返しが加速し、互いの剣から火花が散る。
「フッ、これは失言だったな。悪いがそれに答える事は出来ん。」
「そう?ならば無理矢理にでも吐かせてあげるわ。」
ーー戦いは激化する。
楓が上下左右からの鋭い斬撃を加えるが香登はそれを表情一つ変える事無く軽く受け流す。
同様に香登が上下左右から鋭い斬撃を加えるが楓はそれを表情一つ変える事無く軽く受け流す。
ーー互角。
2人の剣士の技量は拮抗していた。
「強い!強いぞ芹澤楓!!フライヘルであるこの俺の剣にここまで付いて来るとは!!思えば貴様はリッターという言葉にも恐れを抱いていなかった。リッターとやり合ったことがあるのか?」
ーー香登が動きを加速させて激しい突きを楓へと浴びせる。
だが楓はそれを手首を返すだけの無駄の無い動きで捌ききる。そして捌いたと同時に左肩にゼーゲンを担ぎ、一瞬のタメを作り、威力が倍加した斬撃を香登へと振り下ろす。
「ええ、2人程ね!」
ーー楓の担ぎ技を香登は両手で受ける。その手には確かな重みを感じ、香登の目は鋭さを増す。
「そうか。誰とだ?勝敗は?」
ーー香登が興味深げに楓に問う。
「1人は男だったわ。名前は知らない。勝敗は私が勝ったわ。ギリギリだったけどね。」
ーー楓は自慢げに話す訳でも無く淡々と話す。
「なるほどな。貴様の技量ならばリッターを葬ってもおかしくは無い。そのゼーゲンも解放済みであろう?」
「ええ、二段階解放済みよ。」
「二段階か。ならば納得だ。もう1人は誰だ?」
「夜ノ森葵。勝敗は…引き分けね。」
「何…?」
ーー夜ノ森葵の名を出した途端、香登の表情が怪訝なものへと変わる。
「葵と戦っただと…?しかも引き分け…?馬鹿な…出鱈目を言うなッ!!!」
急に感情を爆発させたけどなんなのかしら?夜ノ森葵を知っているって事?元同僚ならおかしい話では無いか。
「出鱈目じゃないわ。都度二回戦って1勝1負だから引き分けよ。」
「ありえんッ!!!奴はラントグラーフの爵位を与えられし女なのだッ!!!貴様程度に、二段階解放程度のプレイヤー程度に渡り合える訳が無いッ!!!!」
ーー先程までのクールさが香登からは完全に消えていた。何故そこまで怒りの感情が現れるのか楓には理解出来なかった。
「別に信じて下さいなんて言うつもりは無いわ。そんな事はどうでもいい事よ。」
「…芹澤楓、貴様は何のスキルを持っている?」
ーーその問いかけに一瞬楓は考えたが、隠す必要が無いと悟り口を開く。
「…ここではスキルを使えないなら隠す必要も無いわね。私は《剣帝》を持っているわ。」
「なるほどな…”剣”持ちか。”具現”は当然会得しているのだな?」
「ええ。」
「だが”覚醒”はしていない。それに所詮は”剣”だ。”神”では無い。それなのに葵と五分に渡り合える訳が無い。何か理由があるのか…」
何をブツブツ言ってるのかしら。また訳の分からないワードが出てるけど今はいいわ。今はこの男を倒す事に集中しないと。
「…そうか、何も考える必要は無い。貴様を倒しリッターオルデンへと戻れば全てが明らかになる。」
ーー翁島香登が力を解放し、先程までとは違う驚異的な圧を放つ。その圧は”憑依”状態に勝るとも劣らないものだ。
「決着を着けよう。」
ーー香登の剣は唯のロングソードだ。にも関わらずその刀身にはゼーゲン同様の青白いオーラのようなものが浮かび上がる。
「そうね。爵位だかなんだか知らないけど夜ノ森葵より格下ならあなた程度に負ける訳にはいかないわ。あなたに勝ち、来たるべき時の為に力を蓄えるわ。」
ーー楓のゼーゲンの蒼白い光が輝きを強める。その光は神々しさと神聖さを併せ持っている。
「覚悟。」
ーー香登の言葉を合図に両者が地を蹴る。
ーーアルティメット級の能力を備えた両者の速力は瞬きすらも許さない。
ーー両者が剣を振り上げ前へ振り下ろす。
ーー剣戟の音が鳴るが楓のゼーゲンが大きく弾かれる。
ーー香登の渾身の一振りに力負けしたのだ。
ーーそして、それを香登は見逃さない。
「終わりだ。」
ーー香登が二撃目を楓の胴体を目掛けて振り切った。
「な…に…?」
ーー香登の二撃目が空を切る。
確かに居たはずの楓がそこには居なかった。
居るのはもちろんーー
「悪いけどそんなに簡単に弾かれる程フィジカルは弱くは無いわ。あなたは私の策にかかったのよ。全て計算通り。」
ーー天使の羽を羽ばたかせた楓だった。
「終わりよ。」
ーー楓が振りかぶったゼーゲンを香登の背中を目掛けて振り切る。
「ーーっッ!!」
ーー楓のゼーゲンが空を切る。
香登の姿が楓の前から消えていた。
そしてーー
「貴様が特殊装備を所持している事は予想していた。でなければ葵と五分に渡り合う事など出来んからな。」
ーー香登が剣を振りかぶり楓の背後を取る。
「貴様は強かったぞ芹澤楓。俺の”サイドスキル”である《音速》が無ければエンゲルからは逃れられなかった。貴様の事は生涯忘れん。さらばだ。」
ーー香登が剣は振り下ろし、勝負の幕は閉じた。
「な…何故だ…?」
ーー香登の心臓が背後から貫かれる。
「言ったでしょう?全ては計算通り、と。」
ーー楓がゼーゲンを引き抜き、香登がその場に崩れ去る。
「俺の”サイドスキル”でエンゲルとの速度差は無くなった筈だ…それなのに何故…?」
「簡単よ。私がエンゲルの速度を落としていただけ。手の内は全て見せないのが鉄則でしょ?それにこの得意の戦法はこの前破られちゃったからもう一段先まで予測しておいたのよ。ウフフ。」
「なるほど…見事也…芹澤楓…リッターとして俺は戦場で死ねた…悔いは無い…」
「何か言い残す事はあるかしら?」
「無い…全ては爵位とともに置いて来た…俺には何も無い…最期に貴様と出会えて嬉しかったぞ…」
ーーそれが最期の言葉となり、翁島香登はここに散った。
「これでミリアルドという男に少しは近づいたかしら。」
ーー来たるべき時への為、楓はまた一つ強くなった。
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