第177話 飲み会の裏側

ーー慎太郎は困っていた。


美波たちの雰囲気が明らかにおかしい。どう考えても昨夜の自分がナニかしたに違いない、そう思っていた。

だがどうする?その真相を誰から聞けば…


ーーここで慎太郎に天啓が降りる。


この家を我が物顔で彷徨き回る者がもう1人居たではないか。

慎太郎はリビングを出てダイニングへと走る。勘が正しければ間違い無くーー


『むっ?何だ朝っぱらから。』


ーーノートゥングだ。ノートゥングなら昨夜の一部始終を見ていたに違い無い。慎太郎はそう思った。


「あのさ…教えて欲しい事があるんだけど…」


『断る。』


「即答かよ!?教えてくれよ!?」


『妾は今からコレを食べるのだ。豚に構ってやる暇は無い。とっとと失せろ。』


「そんな冷たい事言うなよ、俺とお前の仲じゃねーか。」


『貴様との間に仲など無い。思い上がるな。むっ?貴様、また妾を『お前』と呼んだな?仕置きが必要なようだな。』


「待って!!今それどころじゃ無いから!?なぁ、頼むよ…何でもするから。」


『…なんでもだと?』


「おう。」


『…その言葉に相違は無いな?』


「もちろん。」


『…良いだろう。』


「ホントか!?流石は女王陛下!!ありがてぇ!!」


『で?何を知りたいのだ貴様は。』


「…昨夜、俺ナニをした?」


『ああ、その事か。ククク、なかなか面白い余興であったぞ。』


「俺何やったの!?教えてくれよ!?」


『ふむ。そうだなーー』




********************





【 昨夜 ダイニングルーム 】



「あー、腹減った。海老フライとか超美味そうなんだけど。」


「ふふっ、タロウさんがたくさん食事代をくれるので良い海老を買いましたっ!」


「いつも行くお魚屋さんのおじさんが安くしてくれるんです!」


確かに海老のデカさが半端ない。お腹の雷様がお怒りでごぜーますよ。


「本当ですね、衣から何から一級品といった具合です。いつも美味しいお食事を頂きありがとうございます。」


「そんな事気にしなくていいよ。みんなが調理してくれるからこんなに美味そうな物が食べられるんだから。俺のが逆に感謝だよ。ありがとな、美波、アリス、牡丹。」


俺がみんなの頭を撫でるとみんな頬を赤らめて幸せそうな顔をする。ほのぼのって感じだなぁ。


「ウフフ、フライ物はおつまみに最高ですよね。さ、早くやりましょう!」


…ダメープルめ。この人は酒入るとダメープル化するからダメなんだよなぁ。これは流石にギャップ萌えは感じられない。


「はいはい、じゃあ早速食べましょうかっ!」


「「「「「いただきます!」」」」」


俺は早速メインの海老にかぶりつく。すると衣の下にすぐ海老がある。スーパーの惣菜コーナーにある衣で厚みを出して中は小さな海老がこんにちはなんて展開は無い。デカいぷりっぷりの海老がこんにちはしてくれた。歯応え、味、ともに最高だ。一日の疲れを癒してくれるそんな逸品に仕上がっている。


「美味いなーコレ。」


「本当です…こんなに美味しい海老フライは初めて食べました。」


「ふふっ、良かったですっ!がんばった甲斐があったねアリスちゃん!」


「はい!揚げ方も問題なかったですね!」


「うーん♪ビールに合うわねー♪ほら、タロウさん!!全然飲んでないじゃないですか!!」


「はいはいはい、飲みますよ。美波は飲まないの?」


「私はお酒はちょっと…まだ飲んだ事はありませんけど匂いが苦手で…」


「こんなに美味しい物を飲まないなんて人生損しちゃうわよー?ほら、美波ちゃんも飲んでみなさい!」


「美波に絡まないで下さい。俺が相手しますから。」


「ウフフ♪じゃグイーっといっちゃって下さい♪グイー♪」


しょうがないからとりあえず俺はビールを一缶飲み干す。うげー…苦くて美味くねぇな…カクテル買っとけばよかった…


「ウフフ♪良い飲みっぷりですねお兄さん♪ささ、もう一缶どーぞ♪」


「えぇ…ペース早いですよ…ってか、何で席についてから5缶も無くなってんですか!?ペース早っ!?」


「もう!!ごちゃごちゃ言わずに飲みなさい!!」


ダメープルモードに入ってんじゃねぇかよ…ダメモードに入るやつは牡丹だけでお腹いっぱいなんだけど…


「仕方がないな…」


俺はまた一缶開けてビールを流し込む。うげー…もう気持ち悪い…ビールは不味いー…

口直しだ、海老フライを食べんと。あ、空きっ腹で飲んじまったな。もう顔が熱くなって来たぞ。


「ウフフ♪ほらほら、もう一缶、もう一缶♪」


そんなに飲めるわけないでしょ…あれ…?身体が勝手に動いて飲んでーー


「た、タロウさん?飲み過ぎじゃありませんか?あまり強くないのにそのように飲まれてはお身体に悪いです。」


ーー慎太郎のハイペースに隣で座る牡丹が心配そうにする。


だがここで牡丹に想定外の事態が起こる。

慎太郎に肩を抱き寄せられ、ゼロ距離まで移動させられる。


「た、タロウさん…!?」


「牡丹って超可愛いよな。俺、すっごいタイプなんだよね。」


「ど、どうされたのですか!?」


ーーいつもの慎太郎とは違うので牡丹は動揺して頭の回転が追いつかない。


本来ならばこの展開は牡丹にとってはご褒美以外に他ならないが、人間想定外の出来事が起こると冷静な判断は出来ないものである。


「この自然な栗毛色の髪も、少し青みのかかった瞳も…綺麗だよ牡丹。」


「あぅ…」


ーー牡丹の脳は沸騰寸前であった。


そして慎太郎は牡丹の耳元で囁く。


「牡丹は一生俺だけのものだからな。俺から離れるなよ。」


「は、はいぃ…!!」


ーーここで牡丹の容量がオーバーヒートして限界を迎え気絶してしまった。


「なんだ寝ちゃったのか。しょうがない子猫ちゃんだな。リビングのソファーに運んで置くか。」


ーー慎太郎が牡丹を抱えてダイニングから立ち去るが残された3人は時が止まったように動く事が出来ない。いや、思考の全てが停止していた。慎太郎の言動、雰囲気、その全てが明らかに別人となっている衝撃により彼女たちの思考回路は完全にショートしていた。


ーーだが思考が停止していても慎太郎は戻って来る。そしてその餌食にかかったのはーー


「どうしたんだい俺のアリス。」


ーーアリスであった。


アリスは慎太郎に背後から抱き締められている。所謂あすなろ抱きの体勢で。


「ふええっ!?な、何がですか!?」


「時が止まったように動かなかったから心配になっちゃったよ。不思議の国にでも行っちゃったのかと思ってさ。」


「だ、大丈夫です!!」


ーーやはりいつもの慎太郎とは全然違う。積極的というか何とも云えぬ色気がある。それがアリスの思考回路を鈍らせていた。そしてあすなろ抱きによりアリスの脳は沸騰寸前であった。


ーーそして慎太郎はアリスの耳元で囁く。


「可愛いよアリス。キス…しようか?」


ーー慎太郎のその言葉によりアリスの脳はオーバーヒートして気絶してしまった。


「やれやれ、アリスもか。困ったプリンセスだな。ソファーに運んで置くか。」


ーー慎太郎がアリスを連れてダイニングから立ち去るが残された2人は依然として呆けていた。


ーーだが呆けていても慎太郎は帰って来る。


そして次の餌食にかかったのはーー


「どうしたんだい?僕の美波。」


ーー美波であった。美波は慎太郎に抱えられ対面座位の体勢になっている。ゼロ距離に慎太郎がいる事とこの体勢の恥ずかしさも相まってすでに美波の脳は爆発寸前であった。


「な、な、な、な、な、な、何がですかっ!?」


「美波の髪は綺麗だね。この黒髪が僕は凄い好きだよ。それにキミの美しい顔、まさに清楚だね。清楚という言葉は美波の為にある言葉だよ。」


ーーゼロ距離でそんな歯の浮くような台詞を言われて美波が耐えられるわけが無い。


ーーそして慎太郎は美波の耳元で囁く。


「美波のその清楚さを俺がめちゃくちゃに汚してもいい?」


「ふわぁ…!!めちゃくちゃにして下さいっ…!!」


ーーそう言い残し美波はキャパを超えて気絶してしまった。


「なんだ美波もか。仕方がない正妻だな。ソファーに運んで置くか。」


ーー慎太郎が美波を連れてダイニングから立ち去るが残された楓の思考回路は大分回復していた。もはや酔いなど完全に醒めている。慎太郎は酒が入るとああなるのだろうか?

あのペースに乗せられてしまったらマズイ。何とかこちらのペースに持っていかないと。

いや、むしろあれだけ積極的なら既成事実を作ってしまえるんじゃないだろうか?幸いにも全員戦闘不能に陥っている。これは神様がくれた好機に違いない。


ーーなどと考えてはいるが実は楓の心臓は爆発寸前であった。楓は実は結構ウブだ。お酒の力を借りなければ慎太郎に告白などは到底できなかった。そんな彼女が行動を起こすには持ち前の頭脳による精錬されたシナリオが無ければ動けない。

だが慎太郎はそんなのを待ってはくれない。


「難しい顔して何を考えているんだい?俺の楓。」


「か、楓!?」


「ん?ダメかい?」


ーーダメな訳はない。実際、楓は美波と牡丹の事を羨ましく思っていた。自分はされない呼び捨てをされている事がズルいと思っていたのだ。

だがイキナリそんな風に呼ばれたらキャパオーバー待った無しだ。

だって楓はウブだから。


「そんな事無いですが…」


「ありがとう。楓、もっと食べないとダメだよ?細すぎだよ。」


「食べてはいますけど太らないんです。…細いのイヤですか…?」


「そんな事無いよ。僕は細いの大好きさ。いやーー」


ーー慎太郎が楓を抱き寄せて耳元で囁く。


「僕が好きなのは楓だからどんな楓でも大好きだよ。」


「あ、あ、ありがとうございます!!」


ーー学生組とは違ってオトナな楓はこれぐらいならまだ耐えられる。瀕死の重傷ではあるが辛うじて耐えている。


しかし、


「俺…楓に酔ってるみたいだ。楓のメープルシロップ飲んでもいい?」


「そんな…あの…きゅー…」


ーーとうとう楓のキャパも崩壊して気絶した。

ここに女性陣は全員沈黙した。


「ん?楓もか。困った姫様だな。あはは。」




********************




『ーーこんな所だ。』


あはは、じゃねぇよ!?何やってんの俺!?どうしようもねぇ誑しじゃねぇかよ!?

これやべぇな…どうすりゃいいんだ…


『そんな顔をするな。謝って来ればよかろう。』


「…え?」


『酒に酔って起こった事なのだ、謝れば済むだろう。現にミナミたちはお前が酔っている事など百も承知なのだ。』


「…それで大丈夫かな?」


『誠意を見せれば大丈夫だ。』


「そうだよな…わかった!謝って来るよ!」


『うむ。』


「ありがとな、ノートゥング。てか、今日は随分と優しいな。」


『…そんな事は無い。』


「そっか?あ、ノートゥングへは何をしてあげればいいんだ?」


『…後でよい。考えておく。』


「オーケー。じゃ、早速謝って来るよ。本当にありがとな。」


ーー慎太郎がダイニングから急いで出て行く。


『…その後に妾と会話した事も憶えておらんのか。誑しめ。』

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