第175話 ご褒美

「困ったな…」


私は今、非常に困っていた。借金も滞納しているものも無くなったので悩みの大部分は解消されたのだが依然として困っている問題が残っていた。


「お客さんが全然来ない…このままでは結局また支払いが出来ない…」


またタロウさんにお金を出して頂くなんて事は絶対に出来ない。タロウさんは優しいからそれを気取られる訳にもいかない。気取られてしまったらタロウさんはお金を出してくれちゃうから。

最低限の事は何とかしないと。でも一体どうすれば…


ーーガララッ


店の戸が開き、お客さんが入って来る。今日初めてのお客さんだ。


「いらっしゃいませ。」


私が店内へ向かうとそこに居たのは美波さんだった。


「美波さん?どうされましたか?」


「お疲れ様っ!サークルの活動がこの近くであったから家に帰る前に寄ってみたのっ!」


「そうでしたか。今、お茶をお淹れ致します。」


「ありがとう、牡丹ちゃん。」


私は奥の部屋に行きお茶を淹れる。タロウさんの家にあるような高級な茶葉では無いのが申し訳無いが美波さんはそんな事を気にするような方では無い。きっと美味しいと言って下さるだろう。


「お待たせ致しました。粗茶ですがどうぞ。」


「ありがとう!すごく良い雰囲気のお店だねっ!花の香りが心地良い!」


「そう言って頂けると嬉しいです。」


やはり美波さんはとても優しい方です。美波さんに楓さん、そしてアリスちゃん。みんな私の大切な親友であり仲間です。


「牡丹ちゃん、何かあった?」


「はい?」


「私の勘違いじゃなければ最近何か悩んでるような気がしたの。家に居る時はタロウさんにわからないようにしてるけど、タロウさんが居ない時には何か考えてるような気がして…だから私で良ければ話してくれないかな?牡丹ちゃんの力になりたい。」


「美波さん…」


本当に優しい方です。やはりタロウさんの周りには素晴らしい方が集られるのですね。


「実はーー」


ーー牡丹は美波に悩みの全てを伝えた。


「ーーという訳でして…」


「うーん…それは困ったね…」


「何も良い案が浮かばないのでどうすれば良いのか見当もつかなくて…」


「うーん…でも不思議だなぁ、こんなに良い雰囲気のお店なのにどうして人が来ないんだろう?」


「父がやっていた頃はお客さんは来ていたのですが、大型のショッピングモールが出来てからはお客さんが徐々に減って行ったのです…」


「あ!それだ!それだよ!!」


それ…?ショッピングモールが原因という事でしょうか…?


「ショッピングモールですか…?」


「宣伝だよっ!この清水駅前はお店が全然無いもの。少し離れた所にレンタルDVDとか本屋さんの入ったモリリンがあるけど後はシャッター街になっている。これじゃあ宣伝しない限り人なんて来るわけないわ。」


「た、確かに…!どうして気がつかなかったの…!?」


「それは仕方ないよ。牡丹ちゃんは色々と大変だったんだから。ううん、私なんかが大変だったなんて簡単に言っちゃいけないよね。ごめんね。」


「そんな事ありません。美波さんは優しいです。心からそう思って言って下さっているのがちゃんと伝わっております。」


「ふふっ、ありがとう。まずはさ、宣伝をする所から始めてみようよっ!」


「新聞に広告を入れるという事でしょうか?」


「それじゃあコストがかかり過ぎるわ。」


「ではどうしたら…?」


「ホームページを作りましょう!それならば宣伝費はかからないし!」


「ホームページ…ですか…?」


「今の時代誰もがインターネットを使うわ。それならホームページを作ってSNSで宣伝すれば効果が見込めるんじゃないかな?」


「なるほど…」


「私こう見えてもパソコンは得意なのっ!だからホームページは私が作るわ!パソコンどこにあるのかな?」


「えっと…すみません…パソコンは私の家にはありません…」


「…え?」


「必要性を感じ無かったのと、高価なものですので…」


「そう…だよね…ごめんね…」


「いえ…」


私がパソコンを持ってないばかりに美波さんに気不味い思いをさせてしまいました。申し訳ございません。


「うーん…タロウさんに相談してみようか。きっと何かアイデアをもらえると思うの。」


「ですが…私の為にこれ以上タロウさんに負担をかける事はしたくありません…」


「牡丹ちゃん、それは違うよ。タロウさんは負担だなんて思ったりしないよ。牡丹ちゃんが苦しんだり、悩んだりしているならそれを取り除きたいって思うはずだよ。牡丹ちゃんだってタロウさんがそういう状況に置かれたらそうしてあげたいでしょ?」


「もちろんです。タロウさんの為ならこの命は惜しくありません。」


「それと同じだよ。だから正直に話してみようよ。ね?」


「…わかりました。今日、話してみます。」


「うんっ!あ!もうこんな時間…!ごめんね、急いで帰って夕飯の支度しないと。アリスちゃんも待ってるし。そろそろ戻るねっ!」


「わかりました。美波さん、ありがとうございました。」


「ふふっ、どういたしまして。じゃあまた後でね。」


「はい、お気をつけて。」


ーー美波が店を出る。


「よし。タロウさんに話してみよう。」




********************




いつも通りの時間に店の戸が開く。現れたのは私が大好きな彼である。


「お疲れ、牡丹。」


「お疲れ様です。」


「じゃあ片付けようか。」


「あの…タロウさん、お話があるのですがよろしいでしょうか?」


「話?どうした?」


「実はお客さんが全然来なくて…それで最近悩んでいたんです。そうしたら今日、美波さんが私を心配して店を訪ねて来て下さいました。その際に美波さんに相談したら宣伝が必要だという結論に至りまして、それでホームページを開設しようという話になったのです。」


「確かにそれは良いアイデアだな。流石は美波。」


「はい。ですが…私の家にはパソコンが無いのでその話は頓挫してしまいました…。打つ手が無くなったのでタロウさんに相談してみようと思い、お話をさせて頂きました。何か良い案はありますでしょうか?」


「それなら話は簡単じゃん。明日電気屋行こうか。悪いけど店は休んでもらえるかな?」


「構いませんが…電気屋さん…ですか…?」


「パソコン買いに行こう。そこまで頭が回らなくてごめんな。」


「そ、そんな!?ダメです!!これ以上タロウさんにお金は使わせられません!!」


「牡丹。」


「はい、あなたの牡丹です。」


「気にしなくていいんだって。だってこれは『俺が勝手にやってる事ですから。』」


タロウさんが何とも言えない顔で私を見ている。もうお見通しだ。


「バレた?」


「バレバレです。」


タロウさんが照れ臭そうに頭をかいている。可愛い。そんなタロウさんを見ていると私の胸の奥の方が熱くなるのを感じる。


「じゃあわかってくれる?」


「ですが…」


「甘えてくれると嬉しいなぁ。」


「その言い方は狡いです。」


「あはは。」


「…甘えさせて頂いてもよろしいですか?」


「おう。」


「ありがとうございます。こんな事をお礼だなんて思う私はとても浅ましいのですが…」


「え?うおっーー」


ーー牡丹が慎太郎を抱き寄せて自分から口づけをする。


「自分からしてみました。あ…これでは私のご褒美ですね。ふふふ。」

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