第174話 冷蔵庫事件

ーー第二次トート・シュピールが終了した翌日、慎太郎たちはいつもの日常をおくっていた。そしてアリスも当然ながらいつも通りの日常を過ごしている。


ーーだがアリスはまだ知らない。この数時間後に起こる事を。


「さてと、じゃあ俺はそろそろ仕事に行くかな。」


午後4時前になり、タロウさんはいつも通り仕事に向かおうとする。


「いってらっしゃい!」


「おう、美波が帰って来るまで絶対ドア開けちゃダメだからな。」


「わかりました!」


タロウさんは部屋から出て仕事へ行った。

よし、いつも通り。ここまでは計画に狂いは無い。タロウさんにウソを吐くのは心苦しいけど楓さんとプリガルの為なら仕方が無い。楓さんの話によればそろそろ電気屋さんが来る時間だ。後はそれを設置しておけばミッションは完了だ。ふふふっ、思ったよりも簡単で良かった。


ーーだがここで想定外の事態が起こる。ドアのノブが動く音がした。


ーーアリスに戦慄が走る。


電気屋が来たのか?いや、それは無い。いきなりノブを回す電気屋なんているわけない。


ならば美波が帰って来たのか?それも無い。今日はサークルで遅くなると言っていた。


それとも楓か?それもまた無い。こんなに早く着く訳が無い。


じゃあ牡丹か?それこそありえない。花屋があるのだから。


ーー導き出される答えは一つしか無かった。


「ただいまー。」


ーーそう、この家の主人である慎太郎だ。


「たたたたた、タロウさん!?どどどどどど、どうして!?」


ーーアリスはかつてない程に動揺していた。この想定外の事態がまさか今日起きるなんて信じられなかった。


「いやー、生徒が急に具合悪くなっちゃってさ、休みになっちゃった。だから5時に出ればいいから一旦戻って来たんだよ。」


いつもだったら嬉しい以外に言葉は無いのにどうして今日に限って…!?


ーーアリスの心臓の鼓動が速くなる。


どうしよう…あと1時間耐えないと大変な事になる…でも楓さんは4時頃って言っていた。電気屋さん来ないでー!!


ーーピンポーン


「ひいっ…!!」


ーー無常にもインターホンが鳴る。


「ん?誰だ?」


「たたたたた、タロウさん!?わわわ、私が出ます!!!」


ーーアリスはどうにか足掻こうとする。無意味だと知りながらも必死に足掻こうとする。


「いや、大丈夫だよ。俺が出るから。」


ーー慎太郎がアリスを気遣って玄関へと向かうがアリスにとっては今回はいらん気遣いだった。


「あわわわ…!!!」


「はーい、どちらさまー?」


「オオシマ電気でーす!配送に伺いましたー!」


「配送…?何も頼んでませんけど?」


「えっと…芹澤様のお宅ですよね…?」


「あー、そういう事か。楓さんが何か頼んだのね。それなら間違いないです。」


「では受領のサインをお願いしまーす!」


「はいはい。ん?冷蔵庫…?」


「はい!お酒用の冷蔵庫ですね!結構買われる方多いんですよー!」


「…へぇ。」


「じゃあどうもー!ありがとございましたー!!」


ーー電気屋が帰りドアが閉まる。


ーー慎太郎が後ろを振り返る。


「ひいっ…!!」


ーー慎太郎に邪気が灯っていた。怒ってる。明らかに怒っている。それはアリスの目から見ても明らかであった。


「…アリス、そういえば俺が戻って来てから様子がおかしかったな。なんでだ?」


「あわわわ…!!」


…もうダメだ。これは正直に言わないとダメなやつだ。すみません楓さん…


「ごっ、ごめんなさい…!!楓さんに頼まれたんです…このままじゃいつになったら一缶令が解かれるかわからないから冷蔵庫を設置するって…それで…私も楓さんから漫画とかDVDを見させてもらったし…楓さんの事も好きだから…それで…」


私が俯いているとタロウさんが頭を撫でてくる。


「怖い言い方しちゃってごめんな。俺はアリスには怒ってないから謝る事なんてないんだぞ?全部あのダメープルが悪いんだから。」


「でも…タロウさんに内緒で…」


「いいからいいから。俺はアリスが笑ってる方が好きだよ。ね?」


「ごめんなさい。もうタロウさんを裏切るような事はしません。」


「おう。さてと、んじゃこの冷蔵庫、チェーンでぐるぐる巻きにして使えなくしとくか。それと一缶令は撤廃だ。完全禁酒だ禁酒!!今日の飲み会も中止だぁ!!」





********************





【 特急電車の車内 】



「ウフフ、やっと今週も仕事が終わってタロウさんのお家に行けるわね。タロウさんも私が来るの楽しみにしてくれてるかしら?あ、すみませーん。ビール5缶下さい!ロングで!!それとピーナッツも!!」


「かしこまりました。ありがとうございます!」


ーービールを売り子から貰い、さっそく一缶を一気に飲み干す。


「今日はタロウさんがしっかりお酒に付き合ってくれるって約束だけどタロウさん弱いから軽く酔っておかないとね。そして…オトナな時間を一緒に…ウフフ。」


ーー楓はまだ知らない。企みが慎太郎にバレてこの後こっ酷く叱られ、一ヶ月禁酒になる事を。

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