第173話 誑し
ーー声がする?
ーーいつもの声だ。
ーー誰なんだろう。
ーー懐かしいのにわからない。
ーーこの声は…ん?何だか騒がしいな。
「牡丹ちゃん!!離れて!!」
「嫌…です…拒否します…」
目を覚ますと牡丹が俺の身体に添い寝モードでくっついている。そしてそれを美波が引き剥がそうとしている。何この地獄絵図。それにちゃっかりアリスは反対側で俺にくっついてるし。
「30分交代って約束でしょ…ッ!!」
「私はその約束に同意はしておりませ…んっ!!ジャンケンで勝ったのですから今日は私の番ですッ…!!」
「それじゃあ明日は私の番だからねっ!?」
「明日は明日でジャンケンが必要かと思います。」
「ず、ズルいよっ!!フェアじゃないわっ!!」
「フェアじゃないのは美波さんも同じです。いつもタロウさんの脱ぎたてシャツをクンスカしてるのですから。」
え、何その情報。知りたくなかったんだけど。
「そ、それはしょうがないじゃないっ!!私の日課なんだからっ!!」
日課って何!?もしかして最初からやってたの!?
美波ってそんな顔してクンカーなのかよ…別に良いけどさ…
「仕方が無くありません。私も嗅ぎたいです。」
嗅ぎたいのかよ!?ここにもクンカーいたし!?
「くっ…!!しょうがないわね…じゃあ牡丹ちゃんに明日のタロウさんシャツを譲るわ。だから交代して。」
それ美波のじゃないからね。俺のシャツだからね。
「…寝起きのですか?帰宅時のですか?」
「…両方。」
「わかりました。では交代致します。」
え?寝起きのもクンカしてたの?うわぁ…これから美波の事をどんな目で見ればいいんだよ。いや、牡丹もか。どんな顔してこの子らは俺のシャツの匂い嗅いでるの。
てか、そんな事よりも牡丹と美波が入れ替わってるし!?このタイミングで起きられねぇじゃねぇか!!
「ふふっ、やっぱりタロウさんは最高だなぁ。」
「では私は少し失礼致します。」
「どこに行くの?」
「検閲に行こうかと思いまして。」
「検閲?」
「いつもはタロウさんが起きられているのでなかなか出来ませんでしたが今なら好機かと。」
「ごめん、ちょっと意味が…」
「タロウさんも殿方でいらっしゃいます。それならばふしだらな物をお持ちだと思いますのでその処分をしようかと。」
ーーそう話す牡丹のハイライトさんが行方不明になっていた。
「なるほど。その発想はなかったわね。私も手伝おうかな。」
ーー美波のハイライトさんも失踪してしまった。
「私も協力します。発見次第叩き壊しましょう。」
ーーさっきまで大人しく慎太郎にくっついていたアリスも立ち上がるがハイライトさんはやはり出かけてしまった。
ーー慎太郎の心臓はドキドキしていた。慎太郎の部屋にはやましい物は確かに存在する。だが美波が暮らし始めてからはそれをとある場所に隠しておいたのだ。だがこの闇堕ちしかけてる3人ならきっとそれを見つける。そんな気がしてならない慎太郎は覚悟を決め、起き上がった。
「いやー!寝た寝た!イベントも終わったなー!」
勢いで誤魔化すしか無い。気取られたら俺は終わりだ。特に牡丹!!牡丹にバレたら本気で剪定バサミでヤられかねない。何よりも中身がマズイ。エロDVDの女優が若干美波に似てる。多分それ見つけられても美波は怒らないと思うが牡丹はヤンデレモード入る事間違い無い。どうにかせねば。
「おはようございますタロウさん。」
「おはようございますっ!」
「おはようございます!」
良い返事しやがって…絶対にアレは死守せねば。
「んじゃ、祝勝会しよーか!!楓さんいないけどとりあえずはーー」
「ーータロウさん。何を隠しておられるのですか?」
ーー室内に沈黙が広がる。牡丹と美波とアリスはジッと慎太郎を見つめる。慎太郎も牡丹の目を見つめる。いや、目を逸らせないのだ。目を逸らすとヤられる。彼はそう思っていた。
だがいつまでもこのままでいる訳にはいかない。慎太郎は意を決して口を開く。
「…何も隠してないけど?」
「本当ですか?」
「…ホントウダヨ。」
「そうですか。私の目もまだまだですね。見誤ってしまいました。この無礼は腹を切ってお詫び致します。」
「待って!!やめて!!」
「では何を隠しておられるのですか?」
…あかん。牡丹のペースだ。仕方が無い…この手だけは使いたくなかった…だが…背に腹はかえられん。
「牡丹。」
「はい、あなたの牡丹です。」
「ちょっとこっち来てくれる?美波とアリスは悪いけど待ってて。」
俺は牡丹を部屋の外に連れ出す。
「どうされましたかーー」
ーー慎太郎は牡丹を抱き寄せ、きつく抱き締める。そして耳元で言葉を囁く。
「…なぁ、牡丹。俺の事を信じてくれないか?そんなやましいものなんてないよ。牡丹がいるのにそんなものあるわけないじゃないか。」
ーー想定外の慎太郎の雰囲気に牡丹の顔は紅く紅潮する。完全に牡丹のペースだったものを慎太郎は自分のペースへと引き戻した。
「…で、ですが…タロウさんも殿方ですのでーー」
「ーー牡丹の事、好きだよ。」
「あぅ…」
ーー牡丹が陥落した瞬間であった。続け様に濃厚なディープキスへと持ち込み慎太郎は牡丹の思考を完全に停止させる。そのやり口はまさに誑しそのものであった。
ーー牡丹を籠絡した後に美波とアリスにも同様の手を使い2人も陥落した。当たり前だがアリスにはディープキスはしなかった。
ーーこの一連の行為をアイスを食べながら見ていた者がいる。その者はこう語る。
『女誑しのクズ以外に言葉は無いな。黙ってて欲しければ『あいすくりぃむ』を毎日10個献上しろ。』
ーー慎太郎はその申し出に無言で頷いた。だが慎太郎は泣いていた。自分でも理解している誑しみたいな所業をしてしまった事もそうだが、月にアイス代で10万近くも無くなる事に泣いていた。
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