第150話 家族

翌日の放課後、私とタロウさんは学校の図書室を訪れていた。理由は夢の中でフレイヤから聞いたマヌスクリプトを探す為だ。あれが夢だったとは到底思えない。言い方は妙だが間違いなく現実だ。必ずこの図書室にマヌスクリプトがあるはず。

だが小一時間ほどが経過したがそれらしい物は見当たらない。いくら図書室内の全ての本を見るとはいえ本の背を見るだけだからそこまで時間がかかるわけではない。つまりが全て見終わってしまったのだ。一時間前には夢ではなく現実だという絶対的な自信があったが今はその自信は無い。あれは夢だったのだろうか。

「すみません…夢だったんでしょうか…」

私はタロウさんに謝罪する。私のせいでタロウさんに余計な苦労をかけてしまった。本当に申し訳ない。

「…図書準備室にあるのかもな。」

「え…?」

「学校の図書室って全ての本が置いてあるわけではないだろ?置き切れない本は図書準備室に置かれる。そこにあるんじゃないかな。図書委員に頼んで中を調べさせてもらおう。」

タロウさんは貸出カウンターにいる図書委員の元へ行こうとする。

「で、でも!私の夢かもしれません…」

自信が無くなった私はこれ以上迷惑をかけさせられないと思いタロウさんを引き止める。

だが、

「アリスが夢じゃないって言葉を信じるよ。それに夢だったら夢でもいいじゃないか。現実の可能性がある以上は徹底的に調べよう。な。」

そう言いながらタロウさんは私の頭を撫でる。やっぱりこの人は優しい。

私たちは図書委員から図書準備室の鍵を借りて室内に入る。5年以上通っている学校なのに図書準備室に入ったのは初めてだ。教室の半分ぐらいのスペースに所狭しと本が敷き詰められている。ここから探し出すのもなかなか困難だ。だがそんな事は杞憂に終わる。敷き詰められている本の間に金色の光が見える。私はそこへ行き本を取る。私の持っている火のマヌスクリプトは赤い装丁だが、このマヌスクリプトは黄の装丁をしている。雷だから黄色なのだろうか。

私は雷のマヌスクリプトを開いてみる。すると火のマヌスクリプト同様に文字の読めるページが存在した。

「『神の息吹より生まれし雷鳴よ、その裁きの雷により滅びを与え給えーーフェアブレッヒェンドナー』」

「やっぱりアリスにしか読めないんだな。」

「タロウさんは読めないんですか?」

「全くわからん。バルムンクたちを召喚する時に出てくる魔法陣にこんな文字書いてあるよな。」

そう言えばこの文字に似ている。何か関係あるのかな?でもどうして私だけがマヌスクリプトを読めるんだろう…?

「これでさらにアリスがパワーアップしたわけか。」

「はい!ナイト様を守れます!」

「これ以上ナイトの存在意義を奪わないでくれ…。じゃあ、このシーンの最後を飾りに行くか!」

「はい!!」

********************

「お母さん、お話があるんです。」

夕食の後、私は正座をしてお母さんの前に行く。お母さんとお父さんは何事だと言わんばかりの顔をしている。私の後方にタロウさんが控えているのを見てお母さんは面白いものを見つけたような顔をしているが今回はそんな話ではない。私が真剣な表情をしているのを見てお母さんも察したようだ、笑いは無くなり真剣な表情に変わる。

「Okay.どうしたの?」

「私はお母さんの家族について知りたいんです。」

私がそう切り出すとお母さんの表情が少し曇る。お父さんの方へ目を向けるが同様に表情が曇る。2人のこんな表情は今まで見た事が無い。明らかに私が知らない2人の顔だ。

「アリス…その話はーー」

「いいのよ咲也。」

話を終わらせようとしたお父さんをお母さんが制止する。

「あなたが聞きたいって思ったのなら話すわ。そんなに面白い話じゃないけどね。」

笑顔の多いお母さんが笑みを一切浮かべる事なく話し出す。それだけで良い話ではない事は理解できる。

「僕は少し外に出ていますね。」

タロウさんは立ち上がり部屋を出ようとする。だがそれをお母さんが引き止める。

「タロウも居ていいわよ。あなたは私たちの家族だから。」

タロウさんはお母さんの言葉に少し驚いたような顔をする。そして無言で頷き上げた腰を下ろす。

「さてと、じゃあ話しましょうか。あ、でも長くはならないわよ。すぐに終わる話。お母さんはね、グループホーム、えっと…日本で言うなら孤児院で暮らして居たの。」

「孤児院…?それって…」

「簡単に言えば親のいない子供たちが暮らす場所ね。私は両親の顔は知らないの。赤ちゃんの時にグループホームに置いていかれたみたい。名前の書いてあるカードだけを一緒に添えてね。酷い話よね、だからお母さんは不良になったの。つまりはグレちゃったのね。」

「え!?」

ぐ、グレだって…この優しいお母さんが?信じられない。

「本当よ?喧嘩、恐喝、窃盗、ずいぶんと悪い事をしてきたわ。おかげで3回程少年院と刑務所に入っていたの。」

私は悪い夢でも見てるのだろうか…想像を遥かに超える内容の為理解が追いつかない…

「そして19歳でシャバに出て来た時に街にいる日本人を見つけたの。」

…なんか嫌な予感がする。

「お母さんは思ったわ。コイツから財布を頂いてやろうと。」

…やっぱり。

「平和な国で呑気に暮らしてるジャップなんかチョロいと思っていたわ。だからお母さん、そのバカな日本人を色気で堕として財布を頂こうとしたの。ほら、私って綺麗じゃない?だから手っ取り早いと思って。」

…もうその日本人が誰なのかも想像つくんですけど。

「予想通りにその日本人を路地裏に誘い出してモーテルに行こうと思ったわ。でもその時に私の予想の斜め上を行く展開が訪れたの。」

モーテルってなんだろう…?

「その日本人が、『何を言ってるんだ!?君みたいな女の子がそんな事をしちゃダメじゃないか!!ちょっとこっちに来なさい!!』って言われて私はカフェに連れてかれ5時間説教を喰らったわ。その相手が咲也だったの。」

うん、知ってました。

「最初は、何でこの私がジャップに説教喰らってんの?イライラする、って思ってわ。でも咲也の真剣な表情と想いが次第に伝わって来て罪悪感が芽生えたの。そこから私は心から改心したわ。親のいない自分の状況に腹を立てても仕方が無い、何よりもそれが悪い事をしていい理由にならない、やっとそれに気づけたの。」

「お母さん…」

「その後は咲也にメロメロだったわ。私は毎日必死にアピールして、結婚して、現在に至る、って感じかな!あ、話が少しズレちゃったけど…アメリカにお母さんの家族はいないのよ。だから私の家族はアリスと咲也だけ。私がずっと欲しかった家族をやっと手に入れられた、私の大切な宝物なの。」

「お母さん!!」

私はお母さんに抱きついた。堪らなく切なくなってしまった。2人を救いたい、家族を守りたい、私はそれを再度心に誓った。

「ふふふっ、甘えちゃって。ほら、タロウも来なさい。」

「えっ!?いや…僕は…」

「何を遠慮してるのよ。」

ーー慎太郎は思った。

『いくらなんでも34のオッさんが20代人妻に抱きつくのはマズいだろ。』

と。

「もうまどろっこしいわね。」

お母さんは私を抱えたまま膝立ちで立ち上がりタロウさんを強引に抱き寄せる。

「ちょっ!?お、おばさん!?」

「いいからいいから。ほら、咲也も。」

「ん?僕もかい?」

「私たちは家族なんだからみんなで温まるのよ。ほら、早く。」

「ジュリエットは甘えん坊だな。」

お父さんも加わり私たちを抱き締めてくれる。

とても暖かい。

私がしばらく忘れていた温もりだった。

そしてーー

周囲が闇に包まれ、シーンクリアの知らせとともにツヴァイが姿を現わす。

『リザルトを始めましょうカ。』

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