第149話 それぞれの思惑

「それはどういう事ですか…?」

『言葉の通りの意味だよ。このままではキミはゲームオーバーになる。』

フレイヤの言葉は私の心臓を抉るように重いものだった。シーンへの不安は感じていたがハッキリとそれを告げられると心が折られそうになる。

『あぁ、すまない、死刑宣告をしたわけでは無いんだ。そんな顔をしないでくれ。ワタシはキミを助けようと思っているんだ。』

「えっ…?助けてくれるんですか…?」

『もちろんさ。以前にも言ったがワタシはキミを気に入っている。死んでもらっては困るんだ。』

フレイヤは組んだ手に顎を乗せて私を見つめる。その美しい瞳には濁りなど一切無く、見るもの全てを見透かしているようであった。

『とは言っても何が答えかはワタシにも解らないし、核心に迫るような事は言ってはならないんだ。契約だからね。だが助言とワタシに与えられた権限の範囲での回答は出来る。先ず第一に、キミのシーンの刻限は明日だ。』

いつ終わるかはわからないとは思っていたけど流石に明日だとは思っていなかっただけにショックは大きい。落胆により俯いてしまう。だが続けざまにフレイヤは言葉を繋ぐ。

『次にキミは勘違いをしている。』

「勘違い…ですか…?」

『ああ。それはキミの想い人である田辺慎太郎にも言える事だ。キミたちがシーンクリアに至ったと思った今日の出来事だが…アレは星3以下のシーンでの話だ。シーンにはクリア条件があるのは知っているね?』

「タイトルに記載されている事柄を達成させるんですよね?」

『そうだ。だが基準もあるのだよ。星3以下のシーンでのクリア条件は自分に心当たりのある事、星4以上では心当たりの無い事というようにね。』

「心当たりの無い事…だからシーンクリアに至らないんですね…」

絶望は深まる。心当たりの無い事をどうやってクリアすればいいんだろう…それに期日はあと一日しか無い…シーンクリア出来なければタロウさんまで巻き込んでしまう。私だけが責任を負うなら構わないがタロウさんにまで被害が及ぶのは耐えられない。

『そんなに悲観する事は無い。全くの無理難題を仕掛けて来るわけでは無いんだ、そのシーンの中に必ずヒントはある。』

「ヒント…?」

『何かあるはずだ。本来の歴史とは違ったナニかが歴史を改変する鍵となっている。よく思い出せ、必ず気づく事がある。』

「本来の歴史と違うところ…」

違うところとしてすぐに気づく点はタロウさんの存在だ。でもそれは助けに来てくれたわけだから当たり前の話だ。それ以外に違うところなんてあるのだろうか。…あ、そういえば美波さんのシーンの時にもタロウさんは転入生として参戦したと言っていた。でも設定上は隣町からの転入という事になっていたらしい。ならどうして今回はアメリカからなのだろう。同じように隣町からの転入でよかったはず、それなのにわざわざアメリカからというのは…お母さん…?お母さんの故郷?もしかして…お母さんの故郷に関係が?

でも私はお母さんの故郷に関しては何も知らない。お母さんが話したがらないからどこかで遠慮してしまい、そのまま亡くなってしまった。それにより私の身寄りは伯母しかいなくなってしまったのだ。もし私がお母さんからアメリカの家族の事をきちんと聞いていればその後の人生は大きく変わっていたのかもしれない。

…ひょっとしてお母さんからアメリカの家族の事を聞く事が課題なのだろうか。自分の気持ちをお母さんに話す事…主張する…条件と一致する…

『何か気づいたみたいだね。』

「たぶん…お母さんにお母さんの家族の事を聞く事がクリア条件なんだと思います。それ以外は考えられない。」

『なるほど。それはあるかもしれないね。キミたちは小学3年生だから答えは学校にあると思い込んでいた。本当の答えはすぐ側にあったのにも関わらずね。』

「フレイヤが教えてくれなかったら絶対に気づけませんでした。フレイヤはいつも私を助けてくれますね。」

『フフ、何度も言うがワタシはキミを気に入っているのだよ。キミにグリモワールを見つけ出してもらいたい。そして叶う事ならワタシの聖符もキミに入手してもらいたい。』

「すみません…私はお金が無いのでガチャは回せません。だからフレイヤのアルティメットは手に入れられないと思います…」

『そんな事を気にする必要は無い。それにワタシの聖符はガチャからは排出されない。』

「ガチャからは排出されないって…どういう事ですか…?」

『ワタシの聖符は少し特殊でね。条件を満たさないと入手できないのさ。だからキミが入手するチャンスは十二分にある。期待しているよ。』

「わかりました!必ずフレイヤを見つけてみせます!」

『フフ、頼んだよ。最後に一つ忠告をしておこう。このシーンが終わり、現実に戻ったら恐らく2日後にイベントが始まる。』

「イベント…!また始まるんですね…」

『イベントのタイプはトート・シュピールだ。』

「トート・シュピール…?」

『ああ、キミはまだ参加した事が無かったのだね。概要としてはプレイヤーのみが参加するイベントだよ。10組のプレイヤーがフィールドに集められて3日間戦う事になる。当然クラン全員が同じエリアに配置される事は無い。2人と3人に分けられるよ。』

「そうなると私が2人組の方に行ってしまうとみんなに迷惑がかかりますね…回復はできても魔法は一度しか使えないですし…」

『それに関しては否定するつもりは無い。事実、時間差で複数に攻められた場合は窮地に陥るだろうからね。』

その通りだ。いくらみんなの使用回数を回復させたとしても連戦だと身体への負担がかかり使用できなくなる。魔法は一度だけだから使ったら私は非戦闘だ。迷惑以外の何者でも無い。

『そんな悲しい顔をしないでくれ。ワタシはキミをイジメる為に言ったわけではないんだ。策を授けよう。一度しか使えないものを二度使えるという策をね。』

「ど、どういう事ですか!?」

『シーンをクリアする前にキミの学校にある図書室へ行くといい。そこにあるはずだ雷のマヌスクリプトが。』

「マヌスクリプトがあるんですか!?」

『気配を感じたから間違い無いよ。だから必ず回収してからシーンをクリアする事だ。逃せばまた別の所へと転移されてしまうからね。それがあればもし2人組になってもそれなりに戦略を練られるはずだよ。敵はキミが魔法を一度しか使えないなんて知らないからね。』

「ありがとうございます!これなら私も戦えそうです!」

『フフ、どういたしまして。さて、そろそろ朝だね。名残惜しいがこの辺でお開きにしようか。この湯呑みに入れた緑茶を飲むといい。愛しの田辺慎太郎の元へと戻れるよ。』

「もう!からかわないで下さい!」

『フフ、ごめんごめん。じゃあまたね、アリス。』

「はい!またね、フレイヤ!」

ーー湯呑みのお茶を一気に飲み干しアリスはフレイヤの空間から姿を消した。

『これで良かったのかい?』

ーー闇の隙間から怪しげな仮面を被るモノが姿を現わす。

『ありがとうございます、フレイヤ様。』

『ワタシとしてはアリスに肩入れする事は大賛成なのだがキミの立場は大丈夫なのかい?これが露見してしまえばキミは全てを失う事になる。』

『問題はありません。アインスが疑念を持っているのは確かですがいざとなればサーシャに始末をさせます。』

『フラガラッハの依代をかい?フフ、キミは相変わらず怖いね。それも愛故にという事か。』

『フフ。』

『キミが何を考えているかは特にワタシには興味は無い。だがワタシの解放とアリスの安全は保証してもらうぞ。』

『それはお約束致します。私としてもフレイヤ様には表に立って頂かないといけません。そして結城アリスは粛清する対象ではありませんので身の安全は保証致します。』

『粛清か…確か相葉美波とか言ったかな?余程キミの機嫌を損ねる対象なんだね彼女は。それならば奴隷に堕とそうとしなくても殺してしまえばいいじゃないか。それともそんな生温い事では許せないのかな?生き地獄を味合わせてやりたいという嫉妬の情念というやつだね。』

『……』

『おっと、これは失言だったかな。許してくれ。』

『フフ、別に気にしておりませんよ。』

『だがワタシには解せない事がある。聞いてもいいかな?』

『どうぞ。』

『それならば芹澤楓と島村牡丹も同様ではないか?彼に付き纏う憎悪の対象だろう?』

『芹澤と島村は彼の剣になってもらいますから。それにオルガニを潰してもらう為に必要な駒です。』

『駒か、なるほど。合点がいったよ。ワタシの中の疑問が解けた、感謝しよう。』

『礼には及びません。』

『そろそろ時間だ。ワタシは失礼させてもらうよ。』

『はい、ではまた。』

ーーテーブルとともにフレイヤが姿を消す。

「仮面を付けていても苛立ちがわかるわよ。」

ーーフレイヤの消えた空間からサーシャが姿を現わす。

『…サーシャですか。』

「ねぇ、その口調やめない?入替戦の時から違和感ありすぎよ。」

『…ふーっ。ま、いっか。ここなら完全にあなたと2人だものね。』

「フレイヤ神とあんな約束してよかったの?」

『結城アリスの事?それなら別にいいわよ。あの子供に興味なんて無いし。保証ぐらいしてあげるわ。他の3人はちょっと無理だけどねー。』

「あら、やっぱり芹澤と島村に対しても心中穏やかじゃなかったのね?」

『…サーシャってわかってて言ってるよね?性格悪いよー?』

「ふふふっ、ごめんごめん。」

『どの道、芹澤と島村は”贄”になるんだから無理よ。それに彼女たちにはオルガニを潰してもらわないとね。』

「それには早々に芹澤の”具現”会得が必要よ。覚醒以前の問題だわ。」

『ま、楓ちゃんには少しスパルタ指導が必要かな。葵。』

「はいはーい。」

ーー闇の隙間から夜ノ森葵が姿を現わす。

「あら?葵、いたの?」

「酷っ!?絶対わかってたくせに!!2人とも酷いよね!?ここには2人しかいないから大丈夫とか言ってさ!?私もいるんですけど!?」

『フフ、ごめんね、葵。』

「まったく…で?私がやっちゃっていいの?」

『ええ、葵に任せていい?楓ちゃんには教育が必要。あの高飛車な性格を直してあげないとね。』

「個人的な私情が入ってない?」

『ま、少しはね。色々とお仕置きが必要なのは確かよ。』

「うえぇ…巻き込まれるのは勘弁なんですけど…」

『冗談よ。』

「本当かなぁ?ま、楓ちゃんはお気に入りだから楽しめるからいいけどさ。とにかく”具現”させればいいわけでしょ?」

『会得できないようなら殺していいわよ。』

「やっぱり私情入ってるよね!?」

『ううん、これに私情は無いわよ。”具現”に達する事が出来ないならオルガニを潰すなんて夢物語もいいところ。”贄”にすらならないわ。』

「それは同感ね。最悪島村を覚醒させて私と葵がサポートすれば半日で終わらせる事が出来る。芹澤にとっては最終試験ってとこね。」

『出来ればサーシャと葵は動かないで欲しいから芹澤には期待したいけどね、あれだけ私が支援したんだからちゃんと働いてもらわないと。』

「グリモワールかフレイヤ神の聖符を入手出来れば結城にやってもらえば話が早いんだけどね。」

「あ!じゃあ美波ちゃんでいい…すみません、喋りません。」

「空気読みなさい。」

「はい、すみません。」

『別に気を遣わないでいいわよ。最悪タロウの盾になるから。搾りカスになるまで使えるだけ使わないとね。ボロ雑巾になった後は澤野にでもくれてやるわ。』

「邪気が出てるわよ。自重しなさい。」

『…ふーっ。イライラするなぁ。』

「ほらほら、葵ちゃんお手製のトマトジュースでも飲んで落ち着いてよ。」

『いらないわよそんなもん。』

「酷い!!私の扱い雑すぎ!!」

「とにかく葵は芹澤の担当。私は島村が芹澤と組んだ場合の抑えに回るけどその際、田辺慎太郎の護衛はどうする?」

『桃矢に任せるわ。』

「桃矢に?オルガニの監視はどうするの?」

『それはリリに任せるわ。』

「桃矢は信用できるのかしら?ミリアルドの元パートナーよ?」

「だよねー。アインスの駒としか思えないよねー。」

『理解していての事よ。私はサーシャと葵、リリ以外は信用してないわ。アインスも何かを企んでいる。そしてそれはタロウたちを使って何かをしようとしている。だからタロウを殺せない。対象が5人の誰であってもリーダーであるタロウが殺されてしまえば計画は破綻よ。だからタロウを守るしか無くなるわ。』

「なるほどね。いいわ、それで行きましょう。」

「でもさー、最終的に楓ちゃんと牡丹ちゃんでアインスとミリアルドを倒さないといけないんだよ?できるかなー?」

『その為に葵が楓ちゃんを鍛えるんでしょ。』

「うえー、そうなると楓ちゃんは私並みになるわけだよね。やられたらカッコ悪いなー。」

「それが嫌なら鍛錬しなさい。」

「サーシャは冷たいなー。私だって色々忙しいんだよ!!」

『はいはい。とにかく葵は芹澤楓の担当。サーシャは島村牡丹の抑え。いいわね?』

「了解。」

「はーい。」

『でハ、それぞれの持ち場に戻りましょうカ。』

ーーサーシャと葵が空間から姿を消す。

『あと少し…もうすぐ…もうすぐ…』

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