第147話 主張
異様な空気を感じたのは教室の戸を開けた時だった。教室中の人間から私たちに視線が集まっている。獲物を見つけたような、そんな異様な雰囲気が漂っていた。
私はそんな気味の悪い空気を感じながらも席へ着く。するとクラスの女子数名が私の所へやって来る。
「ねぇねぇ、結城さんってさ、髪の毛金色だよねー。」
「はい?」
何を言い出すのかと思えば私の髪について触れてきた。
「でもさー、そういう髪の色してる人って不良なんだよねー?」
「えっ?そうなの?」
「うん、お姉ちゃんが言ってた。不良の人って金髪にしたりするんだってー。」
あぁ…そう言う事か。つまりが私の容姿が気に入らないから貶してイジメようってわけね。そういえばこんな出だしだったような気がする。そして確かこの後に男子も加わって来たはずだ。
「なになにー、どうしたの?」
「結城さんって不良なんだってー。こわーい。」
怖いのはあなたの頭の中じゃないですか?きっと蛆が湧いていますよ。
「なんだよ結城、不良なのかよ。」
「…違います。」
「俺知ってる!結城ってホームレスなんだよな?」
「…は?」
この人は何を言っているんだろう…?こんな展開は過去には無かったはず…
「うぉ!怖え!やっぱ不良だ!」
「違います。それにホームレスじゃありません。」
「俺のお母さんが言ってた、家が無い人の事をホームレスって言うんだって。結城ってアパートに住んでんじゃん。ならホームレスだろ。家が無いからホームレスだ!」
まるで話にならない…小学3年生の知能ってこんなものだったのか…会話が成立していない。
「不良でホームレスとかヤバ!!アレだろ、結城って万引きもしてんだろ?」
「こわーい!万引きしてるの結城さん?犯罪じゃーん。」
「そんな事してません!!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
「まーんびき!」
教室中が狂気に包まれたように万引きコールが起こる。その光景は狂気以外に他ならなかった。
正直私はシーンを甘く見ていた。相手は所詮は小学3年生。6年の自分が3年生に意見を言えないはずがない、そう思っていた。だが、今の私の手足は震え、声も出せないでいる。心は今の強い自分でも、身体はその当時のままなのだ。弱い自分の全身の細胞が恐怖に屈してしまっていた。
ーーだけど、やっぱり私を救ってくれたのはあの人だった。
ーーズドン
鈍い音が背後から聞こえる。その音により狂気に満ちていた教室内が静寂に包まれる。
私は後ろを振り向くとタロウさんが机をひっくり返し、鬼のような形相で音頭を取っていた男子たちを睨みつけている。
「くだらねぇ事をギャーギャー喚いてんじゃねぇよクソガキが。何が万引きだ?ホームレスだ?頭湧いてんのかお前ら。」
「な、なんだよ転校生…!!」
タロウさんのあまりの剣幕に騒ぎ立てていた男子たちが完全に萎縮してしまっている。
「なんだよじゃねぇよカス。お前ホームレスの意味わかっていってんのか?ホームレスってのは家を持たないんじゃなくて住居が無い人を指す言葉なんだぞ?アリスは住む所があんだろ。馬鹿じゃねーのかお前。それに百歩譲ってアリスが不良だとして何で不良だと万引きすんだ?説明してみろよ。おい、お前。」
「えっ?俺?」
タロウさんが男子の一人を指差して指名する。
「俺?じゃねぇよ。お前が指されてんのに他に誰がいるんだよバーーカ。すっとろく生きてんじゃねーぞボケが。おら、説明しろよ。」
「いや…」
「さっさと説明しろって言ってんだよ!!!」
タロウさんがひっくり返した自分の机を教室の壁めがけて蹴り飛ばしドーンと言う轟音が教室内に響き渡る。
「ひっ…!!」
「説明なんかできるわけねーんだろ?アリスが万引きする根拠も無ければ不良だって根拠もねーんだ。それなのに思いつきでデタラメな事言ってんじゃねーよ。」
クラスのほとんどがタロウさんの正論すぎる内容に反論できず下を向き、騒動が鎮火しようとしていた。だが、まだ一人、クラスのリーダーである小坂隼人が私たちへの悪意の手を緩めなかった。
「おい転校生!!何を偉そうな事言ってんだよ!!てかアリスって!!ウケる!!お前ら付き合ってんじゃね!?」
小坂のテンションにアテられて取り巻きの男たちも息を吹き返す。
「一緒に登校するぐらいだもんな!!付き合ってんだよ!!ヒューヒュー!!」
「みなさんみなさん!!聞いて下さい!!田辺慎太郎と結城アリスは付き合ってます!!」
「みなさーん!!」
「聞いてくださーい!!」
「田辺慎太郎とー!!」
「結城アリスはー!!」
「付き合ってまーーす!!」
鎮火しかけていた教室内の悪意が再び燃え広がる。ハタから見れば幼稚でくだらない応酬だが、この場にいればどれだけそれが狂気を帯びているかがわかる。もうこの悪意は鎮められない、そう諦めかけていた私にタロウさんはとんでもない事を言ってのける。
「うん、付き合ってるけど?それがなにか?」
…………は?
「は…?」
再び盛り上がりを見せてた教室内が再度静まり返った。
そして、私はタロウさんに抱き寄せられる。
「アリスは俺の女だから。コイツに何かしたりしたら俺が黙ってないからな。」
心臓の鼓動が早くなる。
こんな状況なのにドキドキして顔が赤くなっているのが手に取るようにわかる。
それに身体の震えは止まっていた。この人に触れているだけで恐怖なんて消え去ってしまう。
「あと言っておくけど俺は転校生じゃねーよ。転入生だ。」
タロウさん、この連中は馬鹿だから区別なんてつきませんよ。
「アリス、お前もハッキリとコイツらに言ってやれ。」
「え…?」
「しっかりと主張するんだ。嫌な事はハッキリと主張しろ。自分の思いの丈をちゃんと吐き出せ。」
タロウさんに背中を叩かれ私は静まり返るクラスメイトの前に立つ。
タロウさんの方を一度見る。するとタロウさんは無言で軽く頷く。それだけで私にはタロウさんの想いが伝わった。
私は軽く深呼吸をして口を開く。
「私は不良ではありません。髪と目の色はみんなとは違うけど染めたりカラーコンタクトを入れているわけではありません。だからそう言う事を言うのはやめて下さい。」
ーー今まで言えなかった事を言う事が出来た。こんなに簡単な事だった、なんて事を言うつもりはない。全然簡単な事なんかじゃなかった。私一人ではそんな事は言えなかった。この人が…タロウさんがいてくれたから私は自分の気持ちを述べる事ができたのだ。
ーーガララッ
教室の戸が開き、担任が入って来た。
「何を騒いでるんだ!?」
これだけ大騒ぎをしていたのだから先生が来るのが普通だ。この展開は考えていなかった。
「先生、騒いでたのは俺です。」
タロウさんが手を挙げ担任へ申し出る。
「た、タロウさん!?」
「いいから。アリスは黙っとけ。」
「転入2日目でこれだけ大騒ぎするとは良い度胸だな。放課後職員室に来い。保護者にも来てもらうからな。」
「はい。」
「おら!席に着け!一時間目始めるぞ!!」
ーー私のせいでタロウさんが怒られてしまう事に罪悪感を感じながら時計の針は放課後へと進んで行った。
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