第139話 美波、がんばりますっ!

タロウさんを堕とすって聞かないノートゥングをどうにかアイスを買ってあげるって事でおとなしくしてもらった。まったくノートゥングにも困ったものよね。結局それのドタバタでもう夜になってしまった。楓さんも帰り、あとはタロウさんと牡丹ちゃんも数分で帰って来る。何も作戦を立てられないままこの時間になっちゃった。

…また今度にしようかな。今日じゃなくてもいいものね。

…ううん、違う!違うわ美波!!ダメよ!!言い訳をして逃げちゃダメっ!!それじゃいつもの私じゃないっ!!やるって決めたんだからそれを実行しなきゃダメよっ!!

よし、みんなが寝たのを確認してからタロウさんを起こしてリビングへ連れ出そう。それがベストよ。問題は私も寝ちゃわないようにしないといけないわね。私は寝つきがいいからすぐ寝ちゃうのよね。その為には布団に入ってはいけない。入ったら最後よ。そうだ!お風呂から出たらリビングで勉強をしよう!そうすれば時間も稼げるし一石二鳥!!ふふっ、私も策士になってきたわね。


そんな事を考えながら夕食の支度をしていると玄関のドアが開く音が聞こえる。タロウさんと牡丹ちゃんが帰って来た。さあ!いざ勝負の時よっ!!

私とアリスちゃんで玄関まで2人のお出迎えに行く。心なしかタロウさんが少し疲れたような顔をしている。それに対して牡丹ちゃんはニコやかで肌がツヤツヤとしている。何かあったのだろうか?


「お帰りなさいっ!」

「お帰りなさい!」


「あぁ…ただいま…」

「ただいま戻りました。」


「今日もご飯が先で大丈夫ですか?」


「そうだね、いつもありがとう、美波、アリス。」


そう言いながらタロウさんは私たちの頭を撫でてくれる。あぁ…気持ちいいなぁ…タロウさんから違う所も撫でられたいなぁ…

…違う違う。落ち着きなさい美波。ここからが勝負なのよ。問題は牡丹ちゃんなんだから。牡丹ちゃんをどうにかしないと2人きりにはなれない気がする。別に牡丹ちゃんが邪魔とかは思ってないよ?タロウさんの命を救ってくれたし、良い子だし、正直大好き。でも恋のライバルとしては別。楓さんにだって、牡丹ちゃんにだって負けるわけにも、譲るわけにもいかない。絶対に私がタロウさんのお嫁さんになるっ!!

その為にも今日は絶対に想いを伝えないといけない。今日じゃないとダメだって私の六感あたりが言ってるもん。そしてその最大の障害が牡丹ちゃんだ。どうにかしてこの子の隙を突かないと…


「では私もお夕飯の支度をお手伝い致します。」


「ありがとうございます。今日はお刺身とお味噌汁なので後は盛り付けるだけです。」


「そうなのですね。では一緒にやりましょうかアリスちゃん。」


「はい!」


そう言いながら2人はキッチンへと向かう。この後私はタロウさんと牡丹ちゃんの着ていたものを浴室に持っていかないといけない。タロウさんはすごく潔癖だから外に着て行ったものはリビングやダイニングに行く前に必ず脱ぐのだ。そして私はその脱いだ物をクンスカしないといけない。だってそれが私の日課だからっ!!


私はタロウさんが脱いだ物をクンスカしてタロウさん成分…タロウ分を補給してキッチンへ向かうと予想外の事態が起こる。さっきまでニコやかにしていた牡丹ちゃんが膝から崩れ落ちたような格好で四つん這いになっていた。


「どっ、どうしたんですかっ!?」


「いや…」


タロウさんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。一体何が起こったのだろう。そう思っていると小さな声で牡丹ちゃんが呟いているのが聞こえる。私はそれを聞き取ろうと耳を澄ませる。


「どら焼きが…どら焼きが…」


どら焼きと言ってるように聞こえるけど…どら焼きって昨日タロウさんが買って来たどら焼きの事…?

私が考え込んでいるとアリスちゃんが私に耳打ちをする。


「牡丹さんはどら焼きを食べるのが楽しみだったみたいなんです。でも昼間に楓さんが全部食べちゃって無くなっちゃったんです。」


「えっ!?全部食べちゃったの!?20個以上あったよね!?」


「美波さんが洗濯物を干してる時に全部食べちゃってました。」


「何でそんなに食べて太らないんだろう…」


それであんなモデルみたいな体型してるなんてズルいなぁ。


「…ふふふ、流石は楓さんですね。私の動きを封じる為に勝負手を打ってくるとは…我が好敵手として天晴れです。」


「またキャラおかしくなってるよ牡丹。」


「すみません…タロウさん、私は今日はお風呂に入ってお先に休ませて頂きます。食欲が無くなってしまいました。」


「そ、そっか。ゆっくり休んでな。」


「失礼します…」


そう言い残して牡丹ちゃんはフラフラしながらキッチンを出て行った。


「…明日どら焼き補充しとくか。」


「そ、そうですね。」


はっ…!!もしかして…!!これはチャンスなのでは…!?楓さん!!ナイスアシストですっ!!


「とりあえず俺たちは夕飯にするか。」





*************************





…時刻は午後11時30分を回った。


アリスちゃんは完全に寝ている。牡丹ちゃんも沈んだ様に眠っている。タロウさんはお風呂から出ていない。今日は私たちが先に入る手順にしておいた事によりこのタイムテーブルが完成した。ふふっ、我ながら策士と言わざるを得ないわね。

そろそろタロウさんがお風呂から出てくる時間だわ。後は…やるわよ美波、覚悟を決めなさいっ!!!


寝室から出るとバスルームから出てくる音が聞こえる。計画に狂いは無い。私はキッチンへと向かい麦茶をコップに注ぐ。当たり前だけど睡眠薬は入ってはいない。入ってるのは愛情だけ。

タイミングを見計らって浴室に向かうとタロウさんと鉢合わせる。これも計算通り。


「お、美波。まだ起きてたの?」


「はいっ!お風呂上がりに麦茶はどうですかっ?」


「ありがとう、頂こうかな。」


お風呂上がりで火照っている為に頬が紅色に染まっているタロウさん…何だかすごい色気を感じる。押し倒したい。

…いやいやいや、待ちなさい美波。落ち着くのよ。クールになりなさい。


「タロウさん、少しお話しませんか?」


「いいよ。じゃあリビングに行こうか。」


これも計算通り。タロウさんは絶対にリビングに誘ってくれるって思っていた。

よし…後は…想いを伝えるだけっ…!!


リビングへと移動し対面に座る。すごい緊張してきたなぁ…心臓がバクバクいってる…落ち着きなさい…落ち着くのよ美波…


「さてと、何だか美波と2人っきりって久しぶりな感じするな。」


「そっ、そうですよねっ!」


「アリスが増えて楓さんも来て、そして牡丹も来た。2人の時間も減っちゃったよな…」


タロウさんが少ししんみりとした空気を出している。

何だろうこの空気は…もしかして…もっ、もしかしてッ…!?


「あのさ…美波に聞きたい事あったんだよね…聞いてもいいかな…?」


まっ、間違いない…!!やっぱりこれは…!!!告白だ…!!!!この空気は絶対そうよっ!!!


「なっ、なんでしょうかっ!?」


やったっ!!やっぱり私は正ヒロインだったんだ!!正妻は私だったのよっ!!!


「えっと…あのさ…美波…彼氏できた…?」



「……はい?」


…今なんて言ったのかな?私の耳が腐ってるのかな?


「昨日さ…帰り…遅かったじゃん?それってアレなのかなー…って。」


「…どういう事ですか?昨日はサークルの後に夕美ちゃんの相談を聞いていたんです。」


「いや、それってよくあるパターンじゃん…?友達の相談って感じで彼氏といましたって。」


「…どうしてそうなるんですか?」


「そのさ…テニスサークルって…あんまり良い噂を聞かないというか…だから男にちょっかい出されて…彼氏できたのかなーって。」


「彼氏なんていません。」


「えっ?いないの?」


「いません。」


「な、なーんだ!いないのかー!俺はてっきりそうなのかと思って…!あはは。」


…全く馬鹿なんだから。タロウさん好きなのに他の男なんて眼中にあるわけないじゃない。この人馬鹿なんじゃないかな。私のドキドキを返して欲しい。

…ん?でもタロウさんがそんな事を気にするって事は…ヤキモチだよね?そうだよね?私に彼氏がいたら嫌だから聞いたんだよねっ!?

勝った…!これは勝ち戦だよっ!!相思相愛じゃない!!

行こう!!言っちゃおう!!告白しちゃおう!!このイキオイで行かなきゃ絶対無理!!よ、よしっ!!


「た、タロウさんっ!!」


「ん?」


「あのっ…!!えっと…!!!」


し、しまった…!!言葉が出ない…どうしよう…


「どうした?」


うぅ…言えない…緊張して言葉が…












『ミナミは貴様の事が好きなのだ。いいから黙ってミナミのモノになれ。』







「「えっ?」」





俯いていた顔を上げ、声の方へ振り向くとノートゥングが立っていた。


「ちょちょちょちょちょちょちょっと…!!!何を言ってるのよっ!!!」


『まどろっこしいのは妾は苦手じゃ。それにミナミが苦しんおったから代弁してやった。』


「それはその…」


『さあミナミ、後は自分の口から伝えろ。妾が出来るのはここまでだ。』


そう言うノートゥングの顔はとても穏やかで優しいものだった。


「…うん、ありがとうノートゥング。」


私は再度タロウさんへと向き直り、軽く深呼吸をして口を開く。



「タロウさん、私…あなたの事が好きなんです。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る