第126話 入替戦 楓・牡丹 side 1

急に視界が捻れたと思ったら知らない場所に私はいる。先ずは自身の身体を確認する。ついさっきまで4人でお風呂に入っていたのだから裸だったら堪ったものではない。ちゃんと服を着ていたので一先ずは安心だ。


「楓さん。」


確認し終わったと同時に左隣から声をかけられるので振り返ると牡丹ちゃんがいる。


「牡丹ちゃん。『私たちだけ』みたいね。」


「そのようですね。」


目だけを動かし右隣を確認すると蘇我夢幻がいる。それだけで”闘神”の集まりなのを理解した。

だが気になる点がある。いつもの会合なら円卓に座して行うはずだが私たちは直線に並んでいる。それにリザルトのような暗黒空間ではなく、闘技場のような場所に私たちはいる。まるで今から私たちが誰かと闘うかのように。


「まーたウチらは待ちぼうけせなアカンの?呼び出すんならフツーは先に待っとんのが筋やろ。」


機嫌が悪いのか綿矢みくが苛立ちながら不満を口にしている。その気持ちは凄く理解はできる。お風呂から出てみんなが寝静まったらタロウさんと2人で一杯やろうと思っていたのに。邪魔をされて多少私もイライラ気味だ。昨日はついはしゃいじゃってとんでもない失敗を犯してしまったのよね。タロウさん私の事嫌いになっちゃったかな…酒癖悪い女なんて嫌よね…なんだか今日は冷たかったし…


「なんかここって闘技場みたいですよね。俺らが誰かと闘うんじゃないですか?ほら、向かい側にここと同じような控え室みたいなのあるじゃないですか。椅子も同じく7つあるし。」


七原陸が言う通り私もそこに目がいっていた。誰か他に現れる事は間違いない。場所から察するに闘わされる可能性は高い。良い予感がするはずもないのよね。


「それならば実に楽しみだ。血が滾るな。」


いつも口数の少ない橘正宏が随分と饒舌だ。戦いが好きなのだろうけど私には到底理解できない。戦闘を避けられるなら避けたいと願うのは私が女だからだろうか。


「闘うのとか面倒なんやけど。てかイベントの頻度多ない?」


「文句言っても仕方ないですよ。それがプレイヤーの責務ですから。」


「責務ねぇ…ウチはそんな責務嫌やなぁ…死ぬ確率上がるやん。」


綿矢の言う事は共感できる。私だって死にたくは無い。それに…今の生活に幸せを感じてきている。『彼女』には申し訳無いが俺'sヒストリーへの参加の意義が薄れてきているのを否定はできない。そんな自分勝手な自分に嫌悪感を抱いている事も否定できない。言い訳ではないが、それを忘れる為に昨夜のお酒事件を引き起こしてしまった。



ーーそして何処からともなくアイツが現れる




『大変お待たせして申し訳御座いませン。』


ツヴァイがいつものように現れる。冷静に考えてみるとツヴァイの移動手段は不明だ。気配も無く移動できるのだとしたらそれだけで相当な脅威だ。もしもツヴァイと戦うような事があった場合にはそのカラクリを解明しない限りは勝機は見出させない。それに備える事も今後の課題だろう。


「んでー?今日は会合とはちゃうんやろ?ウチらに何やらせるん?」


『本日は入替戦をおこないます。』


「入替戦?」


『はイ。”闘神”という位は貴方方に約束されたモノでは御座いませン。順次入れ替わって然るべきモノなのデス。それはイベントであリ、シーンであリ、そして入替戦であル。下からの挑戦を受ケ、それを死守した後に得られるモノと我々は考えまス。』


「早い話がその座が欲しければ自分で守れって事だろ?」


ツヴァイの言葉に坂本が答える。


『理解が早くて何よりデス。』


「えー…どーせ負けたらなんかあるんやろ…?」


『詳しいルールは彼らに来てもらってからにシマショウ。』


ツヴァイが私たちの対面側にある控え室に向かって手を挙げる。そして控え室傍の扉からプレイヤーとみられる者たちが闘技場へと出て来る。

私はそれよりも闘技場全体の地形に目をやり、戦いの際の戦略を練る。入替戦というからには戦闘をするのは明白だ。勝率を上げる為に地形を確認するのは当然の事だ。


「…!楓さん!正面を見て下さい!」


牡丹ちゃんが声をかけてくるので私も正面を確認する。すると、


「タロウさん…!?」


私たちが対戦するプレイヤーたちの中にタロウさんがいる。似た人とかでは無い、間違いなくタロウさんだ。想い人である彼を見間違えるはずが無い。


「どうしてタロウさんが…?」


「…わかりません。ですが彼に危害が及ぶようなら誰であろうと私が斬ります。」


…牡丹ちゃんって顔に似合わず行動が激しいわよね。それにやっぱり彼女もタロウさんの事が好きなんだ。さらに言わせてもらえば牡丹ちゃんとタロウさんの距離は私や美波ちゃんよりも明らかに近い。私たちよりも牡丹ちゃんの方が先のステージに行ってるような気がする。もっと頑張らないと大変な事になるぞと私の第六感あたりが警告している。だから本当は今日私は彼に想いを伝えるつもりでいたのだ。それなのにこんな入替戦とかやらされる事になるなんて。


「おぉー!!イケメンくんがおるやん!!後ろから2番目のお兄さん凄いイケメンやん!!」


タロウさんを見て綿矢みくが黄色い声を上げる。


「あー、確かにイケメンですねー。死ねばいいのに。」


あなたが死ねばいいでしょ。ていうか牡丹ちゃん、殺気がダダ漏れよ。女の子なんだからそういう目つきもやめなさい。


「あははは、ブ男の嫉みやん!!」


「綿矢さんキツくないですか?俺だって生きてんですよ?」


「ウチはイケメン好きだもん。それは仕方ないやん。いーなぁあのイケメンくん。優しそうやし。彼氏になってくれたら大事にしてくれそう。凄い性格イイと思う。」


うんうん、あなたは男を見る目があるわね。牡丹ちゃんもニコニコしながら頷いてるわね。さっきの殺気が無くなったわ。良かった良かった。


「そうですか?ああいうのが暴力ふるったり、女に貢がせたりするんですよ。ダメ男のオーラ出てますよ。奴隷を手に入れたら肉欲の限りをつくすタイプですね。」


その口二度と喋れないようにしてやろうかしら。牡丹ちゃん、やめなさい。女の子がしちゃいけない顔になってるわよ。


「それは無い。あのイケメンくんはそーゆータイプと絶対ちゃう。多分だけど奴隷手に入れても解放してあげそう。」


…この子本当に見る目あるわね。


「へー。ま、いいですけど。それでツヴァイさん、あの人たちと俺らが戦うってわけですか?」


『そうなりますネ。簡単にルールを御説明致しまス。こちらから見て右側のプレイヤーから順に功績ポイントの高いプレイヤーとなっておりマス。つまりは”闘神”予備軍ですネ。』


なるほど。それなら納得はいく。タロウさんはかなりの数のゾルダートやプレイヤーを撃破してるのだから選ばれて当然だ。でもそれでもタロウさんは序列としては6番目。タロウさんより功績を挙げたプレイヤーがまだ5人もいる。それにタロウさんの右隣にいるのはあの澤野だ。あの男が短期間でタロウさんを上回る功績を挙げたというのはとても信じられない。私の知ってる澤野とは思わない方がいいだろう。


『そして功績ポイントの高いプレイヤーから指名制で入替戦を行なって頂きます。』


「ちょいちょいちょい!!指名制って何!?あっちの連中がウチらの誰と戦うか選べるって事!?」


『そうなりマス。』


「そしたらウチが狙われるやん!!序列低いのから狙うのが普通の話やん!!連戦されたらスキル枯渇するやん!!ダメやろそれ!!」


綿矢みくが怒りを露わにする。だが怒るのは当然だろう。とてもフェアとは思えない。


『御安心下さイ。仮にワタヤサマが指名されても二度指名される事は御座いませン。一度指名された”闘神”はもう選べないルールとなっておりまス。』


「ふーん、なら一回防衛すればえーって事やな?」


『左様でス。そして彼方にいる予備軍の方々には拒否権も御座いまス。”闘神”と戦いたく無いと思えば次回以降に見送る事も出来まス。当然予備軍の座から降ろされる事も御座いまセン。御自身で今なら”闘神”を倒せると思った時に戦えるのデス。』


「そうすると入替戦は定期的にやるゆーことやろ?そしたらウチ毎回狙われるやん…」


『今回の入替戦以降は”闘神”の方々には支配下プレイヤーの使用を許可致しまス。予備軍の方々は支配下プレイヤーを倒した後に”闘神”と戦わなければならないので多少は有利にナリマスヨ。』


「そんな事ゆーたってウチは奴隷おらんし。誰かナイトくんでも探さんとあかんかー…あのイケメンくんがウチのナイトくんになってくれないかなぁ。」


タロウさんは私のナイトなんだから諦めなさい。牡丹ちゃん、その目はやめなさいって。


『一つ大事な御知らせが御座いまス。この入替戦において敗北された場合はゼーゲンによる加護が効かないので御注意下さいマセ。』


「どーゆー事…?」


「つまりは負けたらソイツの奴隷になるって事だろ?」


ここで蘇我が口を開く。眠っているのかと思ったがそうではなかったのね。


『左様でス。』


「ちょっと!!それは酷いんちゃうん!?リスクありすぎやん!!」


「そうですよ。それなら”闘神”になんてなりたくないですよ。」


綿矢みくと七原がツヴァイに激しく不満をぶつける。それはそうだ。ゼーゲンの効果が効かない戦いを強制的にさせられるなんて納得はいかない。


『何を言っているんですカ?リスクなどあって当然デショウ?ゼーゲンの供給や情報のリークを受けているのですから差し引きでプラスでス。それに勝てばいいのデス。どの道貴方方に拒否権は無イ。我等に従えばそれで良いのデス。』


段々と本性が出て来たわね。やはりコイツらはあてにならない。惰性でこのゲームをするのではなく、何かしらの対抗策を考えてこれからは行動するべきね。


『さァ、入替戦の始まりデス。このゲームを存分に楽しみマショウ。』

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