第108話 ゲシュペンスト

フロアには仮面の男たちの気味の悪い笑い声とチェンソーの音が響き渡っている。コイツらにはとても知性があるようには思えない。まさにクリーチャーと呼ぶべき存在だ。今からこのクリーチャーたちと戦闘になるわけだがバルムンクは呼べない。俺が1人で倒すしかない。ここはまだ3階だ、各フロアにボスがいるとしたら上に行く程強力になるのがゲームの基本事項だ。バルムンクは2回しか呼ぶ事ができない。そうなるとここと4階は俺の力で突破するのが絶対だ。なかなかのハード条件だが勝算が無いわけでは無い。ゼーゲンにより強化されている俺の体はSSの力は大きく超えている。恐らくはSS重ねがけに少し劣るぐらいだと思う。それなら強化系アルティメットを上回る仮面の男たちには到底及ばないと思うかもしれないが俺にはバルムンク以外にまだ手がある。楓さんから貰ったSSスキル《身体能力強化》だ。効果は自分の身体能力を70%上昇させる事ができる。

これ

とゼーゲンのコンボなら強化系アルティメットと同等の強さになるはずだ。欠点として単体に対してしか効果を発揮できないが3回使う事ができる。それなら2体に対して効果を与えられる。これなら十分に勝算はある。


『ゲギャギャギャギャ!!!』


『イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!』


「…キモ。こんなキモい奴らウチの天使たちには絶対見せられないわ。アリスが見たら怯えちゃうもんな。いや、意外と楓さんとか怖いの苦手かもしれんな。」


ここに楓さん居たら、


『タロウさん…私…怖いの苦手なんです…だから…手…握っててもらっても良いですか…?』


てな展開になってたんじゃね?惜しいな…絶対なってたよ…くそ…何で俺ってやつはこうも運が無いんだ…


「とっととココ出て天使たちに会いにーー」


ーー大斧を持った男が俺に対して大斧を振り回しながら向かってくる。力任せに大斧を振り下ろして来るがスピードがあるわけでは無いので難なく躱す事ができた。


「おっと…!いきなり攻撃を仕掛けて来るとか騎士道のカケラもねーなお前!そっちがその気ならこっちだってやってやるよ!!」


振り下ろした大斧が床に減り込み隙だらけとなった大斧男の腹にゼーゲンを叩き込む。厚い脂肪があるので真っ二つとはいかないが三分の一は斬った事により大斧男の腹からは赤い血が溢れ出る。出血量から見ても助かる見込みは無い。致命傷だ。


「全然大した事ねーじゃん。まだスキルすら使ってねーぞ?て事はあのチェンソー男がやたら強いパターンか。」


チェンソー男が狂ったような笑い声を上げながらチェンソーを吹かして俺を見ている。


「随分と余裕だな。コイツは少しは知性があんのか。そんでもタイマンなら負けねーだろ。」


俺は銀色のエフェクトを発動させチェンソー男との戦いに備える。


ーーだが、背後から凄まじい殺気を感じて反射的に振り返る。すると大斧男が大斧を振り上げて立って居た。俺は緊急回避を試みて間一髪躱す事に成功した。

だが体勢が悪くなった俺を見てチェンソー男が追い打ちをかけて来る。そのスピードは凄まじく、アルティメット級といっても過言では無かった。かろうじてゼーゲンでチェンソーを防ぐ事はできたが今まで体感した事の無い振動する刃にゼーゲンを弾かれそうになる。しかしチェンソー男の脇腹を蹴り上げる事により体を入れ替えてどうにかその攻防を凌ぎ切った。


チェンソー男の強さは今の動きだけで理解できた。そのスピードもさる事ながらあのチェンソーが厄介だ。あんな物を受けた事が無いので捌くのが苦労する。一瞬の判断の間違いが大惨事を招きかね無い。

だが、それより問題なのは大斧男だ。間違い無く致命傷の傷を与えたはずだ。とても動けるようなレベルでは無い。それなのになぜ…?

俺は大斧男の腹に目をやる。すると、


「傷が…無くなってる…?」


俺が与えた傷が何事も無かったかのようにすっかり塞がっている。


「…まさか再生できるってパターンかよ。ウルトラハードモードだな…」





*************************



密林の中を散策している間に7人のプレイヤーとの戦闘になった。特別強い相手に当たる事は無かったので私たちはスキルを温存できている。美波ちゃんのゼーゲン装備時の実力も試す事ができたので収穫はたくさんあった。

だがタロウさんとは相変わらず合流する事ができない。私は不安でたまらなかった。早くあの人に会いたい。顔を見たい。声を聞きたい。頭の中はそれしか無かった。


ーーその時だった。スマホの通知音が鳴り響く。私たちは即座に通知音を切る。こんな所で敵に居場所が知れるのは得策では無い。


「こんな時にメッセージってなんでしょうか…?」


「良い事ではなさそうだよね…」


「そうね…確認してみましょうか。」


私たちは各々に送られたメッセージを確認する。



『警告。クランリーダーの田辺慎太郎が黒の家3階層にてゲシュペンスト2体との交戦を開始致しました。戦況は動画にてライブ配信しております。現在黒の家にはプレイヤーは1名しかおりません。早い合流をお勧めします。』



「は…?」


私は警告の文字に心臓が締め付けられそうになる。焦る気持ちを抑えながら動画を確認する。タロウさんだ。間違い無くタロウさんだ。気味の悪い面を着けた巨体のモノ2体と戦っている。


「た、タロウさん!?なんなんですかこの気持ちの悪い連中は…それに警告ってなんですか!?こんなの今までに無かったのに…!!」


アリスちゃんが苛立ちながらスマホを見て声を荒げる。だがそれよりも私が気になるのは、


「何でタロウさんはバルムンクを使わないの…?SSスキルで戦っている…」


「まさか…もう使い切ってしまったんじゃ…」


私の問いかけにアリスちゃんが答える。やはりそうだ。みんな考える事は同じ。タロウさんは使い切ってしまったんだ。


「早く…!!早くタロウさんの所に行かないと…!!!」


私は居ても立っても居られず走り出そうとする。だが、


「2人とも落ち着いて下さい。」


美波ちゃんが私たちを一喝する。


「多分タロウさんはバルムンクを使い切って無いと思います。」


「ど、どうしてそう思うんですか!?」


「タロウさんの顔に焦りは無いもの。もしバルムンクを使い切っていたら焦っているはずよ。タロウさんが居るのは3階だよね?きっと上にまだ階層があるんじゃないかな。そこにこのゲシュペンストみたいな奴らが居るかもしれないからバルムンクを温存してるんだと思う。」


凄い説得力だ。ちゃんと冷静に物事を考えている。私は何をやっているのよ。タロウさんが絡むと冷静になれなくなってしまう。本当にダメね。しっかりしないと。


「なるほどね…美波ちゃんの言う通りだと思う。冷静に見てたわね。」


「いえっ、それが私の役目ですから。」


「よし!私の役目は敵を薙ぎ払う事!立ちはだかる者は全て薙ぎ払ってこの黒の家って所に行くわよ!」


「はいっ!」

「はい!」



待ってて下さいね。すぐに駆けつけますから。

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