第62話 辛い

「…寝れねぇ。」


パーティーが終わり、皆が床に着いたのは深夜2時を回っていた。

女の子たちを先に風呂に入れようとしたが、激しく断られて俺が1番風呂に入った。やたらみんな必死に拒んでたけどやっぱりオッさんに残り湯で変な事されたくないから拒んだんだよなぁ。親密度が上がったと思ったのに悲しいなぁ。


そして地獄だったのは、天使たちが3人で風呂に入ってキャッキャしていた時だ。その声が聞こえるし、風呂から出た時の美波と楓さんの色気がヤバいしで大変だった。美波1人だけでも大変なのに楓さんまで加わったらもう堪らんですよ。

挙げ句の果てには同じ部屋で寝るわけだよ。それも俺が真ん中なんだよ。生殺しじゃん。そんな状況で寝れる訳がないんだよなぁ。


そんなこんなで現在の時刻は朝の7時。オッさんの体でオールは辛い。これでクランイベントやらなきゃいけないなんてオッさんイジメじゃないか。ハラスメントだろ!オッさんハラスメント!オッハラ!


「んっ…う…んん…」


…さっきからこれだよ。楓さんの喘ぎ声…じゃなくて寝言さ、エロすぎだろ。もう堪らないんだけど。録音して後で使っちゃダメかな?それぐらいいいよな?


腹を括ってスマホのボイスメモ機能を使おうとした時だった。


スマホの通知音が部屋の中に響き渡る。


俺の心臓は止まりそうだった。こんな所を見つかったら大変な事になる。変態野郎のレッテルを貼られて信用が失墜してしまう。それは避けなければならない。

俺はかつてない程脳みそをフル回転させ、流れるような動きで華麗に布団の中へ潜り込み何事も無かったかのように狸寝入りを決め込む事にした。


通知音によって目を覚ました3人が布団から起き出す。


「うぅん…通知…ですね…」


「そうね…まだ7時じゃない…オレヒスは本当に空気が読めないわね…」


「夜更かししちゃったから…ねむねむです…」


薄目を開けて3人の様子を確認する。

どうやらバレてはいないようだ。ふぅ…あんな所見つかったら言い逃れなんかできないからな。


「ふぁ…確認して見ますね…」


「お願い…私、朝はダメなの…」


「すみません…まだ覚醒できません…」


アリスは夜更かしさせすぎちゃったな。でも偶にはいいだろ。アリスには今まで経験できなかった分の人生の楽しさを教えてあげないとな。俺は誰がなんと言おうとアリスを甘やかす。それぐらいしたってバチは当たらない。そんな事でバチを当てる神様なら俺が引っ叩いてやる。


「えっと…え!?」


ん?なんだ?また嫌な知らせか?


「…どうしたの?」


「…良い話と悪い話があります。」


「じゃあ悪い方から聞こうかしら。」


「わかりました。クランイベントは夕方6時から始まるみたいです。それに俺'sヒストリーへの参加者が10万人を突破したみたいです。」


「じゅ、10万人ですか!?」


「人数が増えるのはあまり良い事とは言えないわね。競技人口が多くなれば途端にレベルが上がるわ。”闘神”よりも上の連中がどんどん現れる事になるかもしれないわね。」


「楓さんよりもですか?」


「そうね。私は自分が最強などと自惚れてはいないわ。腕力じゃどう足掻いても男には勝てないもの。私は剣道をやって来たから剣にはそれなりに自信はあるけど、高校で辞めてしまったから私の剣がどれ程の腕前かまではわからない。私より腕の立つ剣士が現れて、アルティメットを所持していれば負けるかもしれないわね。」


へー、楓さんも剣道やってたのか。知らなかったな。高校で辞めたってのも俺と同じだ。なんか親近感が湧くな。もしかして楓さんって俺の運命の人なんじゃね!?


「そんな…!」


「でもね、アリスちゃん。そうは言ったけど心配しないでいいわよ。私が負けるなんてありえない。私は絶対勝つわ。みんなの事を想うだけで負ける気なんてしないもの。」


「楓さん…!はい!楓さんが負ける所なんて想像できません!」


「ウフフ、ありがとう。そう言ってくれるだけで私の力になる。でも、さらなる努力はすべきよね。道場に行って稽古をした方がいいわね。」


「東京で探すんですか?」


「うーん、そうかしらね。」


「寂しいなぁ…明日には帰っちゃうんですもんね…ずっとここに居てくれたらいいのに…」


おい、待て美波。美波だけでも処理する隙が無くて困ってんのに楓さんが常駐したら完全に道が断たれてしまう。


「私も楓さんがここに居てくれたら嬉しいです。茨城で弁護士をする事はできないんですか?」


おい、アリス。具体的な話はやめなさい。楓さんにだって都合があるんだ。そもそも第一線で活躍なさっている芹澤先生にこんな田舎で弁護士なんて失礼だろう。


「あ。茨城にも支社があるから移動願いを出せばいけるわね。」


いやいやいやいやいや。楓さん!ダメですよ!あなたは第一線で活躍しないとダメです!!


「本当ですかっ!?」

「嬉しいです!!」


君らさ、寝起きで頭回転してないんだよ。冷静に考えてみろって。百歩譲って移動願いを受理したとしてもそんなすぐなんて無理ですから。楓さんが担当してる案件どうすんの?はい論破!!残念!!


「あ…でも楓さんが受け持ってる案件とかクライアントとかの引き継ぎしないといけませんよね…時間かかっちゃいますよね…」


流石は美波、賢いぞ。ね、無理なんだよ。いやー、残念だなぁ。俺も楓さんに居て欲しいんだけどなぁ。


「そんなの関係ないわ。私はそんな物よりみんなの方が大事だもの。文句を言うなら事務所を辞めるだけよ。天秤にかけるまでも無いわ。」


いや天秤にかけないとダメでしょ。あなた弁護士ですよね?弁護士記章に天秤書かれてるの知ってます?


てかこれ寝てる場合じゃ無いわ。このままじゃ本当に俺の処理時間が無くなる。この話を中止にする為に俺がガツンと言ってやるしかないな。おし!


「んー!いやー、良く寝たなー!久しぶりに自分で起きられたよ!」


「タロウさん、おはようございますっ!」


「おはようございます!」


「おはようございます、いい朝ですね。」


おし、ガツン言ったるで。俺のスッキリがかかってるんだからな。


「おはよう。それでーー」

「タロウさんっ!良い知らせがあるんですよっ!!なんと!!楓さんがこっちに引っ越して来ますっ!!」


しまった…!美波が無理矢理ねじ伏せて来やがった…!

いや、落ち着け。まだだ。まだ慌てる時間じゃない。


「その話なんだけどさ、俺はーー」

「それもここで一緒に暮らす事になったんです!!」


いや、言ってないから!!アリス!!勝手に話を捻じ曲げちゃいけないぞ!!ここで暮らす話なんてしてなかっただろ!!あくまでも茨城に来るって話だけだ!!

しっかりと断らないと。落ち着け。まだ大丈夫。ここは我慢だ。


「いやさ、それはーー」

「タロウさんは私が一緒に暮らす事は反対ですか…?」


楓さんが上目遣いで俺に行って来る。それもよく見ればネグリジェがはだけて胸チラしてるし。すごいエロいぞ。こんなの…こんなのッツ!!!


「まさか!そんなわけないじゃないですか!楓さんと一緒に暮らせるなんて嬉しいな!あはは!」


あははじゃねぇよ!!何言ってんだよ俺!!撤回しろ!!早く!!このままじゃ…このままじゃ…!!


「本当ですか!!嬉しいです!!じゃあ明日帰ったらすぐに移動願い出しますね!!」


「あ、はい。」


「やったぁ!!これからはもっと楽しくなりますねっ、タロウさんっ!!」


「あ、はい。」


「お姉ちゃんが2人もできたみたいです!私は幸せです!タロウさん、ありがとうございます!!」


「あ、はい。」


…うん。それができるぐらいメンタル強かったらこんな人生送ってないよね。

…もういいや。プラスに考えよう。楓さんを毎日見れて、楓さんと一緒に暮らせるなんてご褒美じゃないか。そんな事、したくてもできないんだぞ。それを俺はできるんだ。幸せじゃないか。あははははは…


「それで美波ちゃん、良い話の方は?」


「あ、忘れてました。えっと、10万人突破を記念して無料で3連ガチャを回せるみたいですっ!それもSレア以上確定みたいですっ!」


「随分と奮発したわね。でもクランイベント始まる前に装備を強化するチャンスね。朝食食べてアリスちゃんの服とか買いに行ったら装備を整えましょうか。」


「そうですねっ!じゃあ朝ごはんの準備しますねっ!」


「私も手伝います!」


「私も手伝うわ。」


3人がいそいそとキッチンへと行く。


「…はぁ。思春期の中学生の気持ちがわかる今日この頃。」

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