第63話 クランイベント開始

アリスの着替えなど一式を揃えて家に帰って来たのは夕方4時過ぎになってしまった。美波と楓さんがアリスを着せ替え人形にして目をキラキラさせてたから莫大な時間を費やしてしまったのだ。挙げ句の果てにはアリスの服代だけで20万も使ったし。まぁ、俺が出したんじゃなくて楓さんが全部出したんだけどさ。黒いカードで。

この人社会人2年目だよね?それで黒いカードってどんだけ収入と社会的地位があんの?俺なんてキャラクターが書いてあるカードすら作れないんだけど。ていうかローンだって組めないけど。スマホも分割できないから一括で買うしかないし。なんか劣等感すごいよな。絶対あの店員、俺が楓さんのヒモだって思ってたぞ。


クランイベントまで時間が無いので俺たちは急いで準備をする事にした。


「あの…思ったんですけど…」


美波がちっちゃく右手を挙げる。その姿が超カワイイ。


「どうした?」


「クランってどうやって結成するんでしょうか…?」


俺たちに衝撃が走る。なんで誰もそれに気づかなかったんだ。楓さんなんて頭を抱えちゃってるよ。この人ってギャップが凄いよね。いつもはキリッとしてるけど困った時の仕草が可愛いから萌えるんだよ。


「な…なんで気づかなかったのかしら…!勝手に結成なてする筈が無いわよね…!」


「ど、どうしましょう!?もう2時間切ってます!!このままじゃみんなバラバラになっちゃいます!!」


「…とりあえずマイページに行ってみるか。イベントにしてもシーンにしてもそこから始まるんだからマイページで結成できる可能性は高い。」


「そうですねっ。ガチャも引かないといけないですし、まずはマイページに行きましょう!」


ーー俺たちはそれぞれのスマホからオレヒスを開く。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






ーー相変わらず何も無い真っ暗な空間に転送された。


「さてと。あれ…?なんかあの家豪華になってない?」


オンボロの幽霊屋敷みたいな建物だったのに小洒落たログハウスみたいになっている。


「あ、本当ですね。もしかしたら功績を挙げるとあの建物が綺麗になるんでしょうか?ほら、だから前回来た時に中が綺麗になってたんですよっ!」


「あー、そうかもなー。綺麗になるとなんか特典とかあるのかな?」


「どうでしょう…?でもなんで一気にこんなに綺麗になったんでしょうか?」


「本当ね。どうしてかしら。」


突如背後から声がするので俺と美波は反射的に振り向く。するとそこには楓さんとアリスがいた。


「か、楓さん!?それにアリスも!?」


「ど、どうして私たちのマイページに2人がいるんですか!?」


「アプリ開いた時からみんなでここにいたわよ?ね、アリスちゃん。」


「はい。普通にみんなで転送されました。」


「マジでか。一緒の場所でアプリ開いたからかな?」


「うーん…でもみんなで来れたのなら私たちに不都合はありませんよねっ!やっぱり私たちは運命で繋がってるんですよっ!」


「ウフフ、そうね。」


「はい!いつも一緒です!」


美女がキャッキャしてるのは尊いな。何回見ても飽きない。心が洗われる。おっと、こんな呑気にしてる場合じゃない。


「よし、先ずは中に入ろう。クラン結成させないとヤバい事になる。」


「「「はい!」」」



ーー俺たちは建物の中へと入る。


外観と同様に中も凄く綺麗になっていた。絵画は飾ってあるしソファーまである。さらにはワインセラーまでありやがる。酒があるんでチラッと楓さんの方を見ると、子供のように目を輝かせている。そんなに酒が好きなのかよ。


「うわぁ…すごい綺麗になっちゃってますね…」


「お金持ちの人の別荘みたいです…」


「14年もののドミナス…!こっちにはシュレーダーセラーズの15年ものまであるじゃない…!?」


「何やってんですか楓さん。ワインは後にしましょうよ。」


楓さんがワインを抱えながら俺に目で何かを訴えかけている。だが俺は首を横に振りキッパリと窘める。

楓さんはシュンとしながらセラーにワインを戻す。

まったくこの人は。


「クランはここで作るんじゃないのかな?シーン部屋が出来てたようにクラン部屋が出来てる事を期待してたんだけど。」


『もうクランは結成されていますよ。』


ーー運営が俺たちの脳内に直接語りかけてくる。


「運営か。どういう事だ?俺たちは結成なんてした覚えはないぞ?」


『昨晩結成されたではありませんか。心が一致したのならそれで十分ですよ。わざわざ特別な手続きをする必要はありません。』


「へぇ、今回は随分と融通が利くのね。いつもは融通なんか利いた試しが無いくせに。」


『フフフ、我々も利便性を考慮したのです。リーダーは田辺慎太郎様になっております。田辺慎太郎様が負けたり死んだりしたらメンバー全員の負けに繋がります事をお忘れなく。』


「わかってるわ。でもそんなルールは不要よ。タロウさんが負けるわけないもの。」


「え?なんですか今の話?」


「え?」


「私も気になります。どうしてタロウさんが負けたら全員の負けになるんですか?」


「私もです。教えて下さい。」


「みんなは知らないの…?クランリーダーが負ければ連帯責任でメンバーも敗北になるのよ…?」


なんだそりゃあ。聞いてないんですけど。責任重大じゃん。メンタル弱い俺には無理なんですけど。

いや…でもそうなるとその責任を誰かに押し付けなきゃいけないのか。他のクランからも狙われるんだもんな。それなら俺でいいか。みんなを危険に晒すぐらいならいいや。


「そうですか。ま、別にいいですよ。俺たちは負けないんで。それに昨日みんなが俺をリーダーに選んでくれたんだ、俺は全力でそれを全うする。みんなの人生を俺に預けてくれ。」


「ウフフ、わかりました。私はあなたに人生を預けます。」


「は、はいっ!もちろんですっ!…人生…それって…もうプロポーズみたいなものよね…よしっ!」


「私はタロウさんに救ってもらったんですから人生全てを預けます!」


『フフフ、中がお宜しいようで。ではお時間までお待ち下さい。また、芹澤楓様がおりますのでアルタールルームを解放しております。ご自由にご使用下さい。』


「え?何で楓さんが関係あんの?”闘神”だから?」


『いえいえ、芹澤楓様は課金してガチャを回した事がありますので解放した次第であります。ここはマイページですがクランの皆様共通のマイページにこれからはなります。皆様の戦功に応じてマイページが変化していきますのでお楽しみ下さい。但し、ラウムの中身に関しては個々の戦功に応じてという事になりますのでご容赦下さい。』


なるほど。だからみんなでここに来たわけか。それにこの建物がリフォームされてるのって楓さんのお陰なのね。色々納得だわ。


「じゃあガチャを回して装備を整えましょうか。それにSレアなら私のラウムに余りがあるからあわよくばみんなのスキルを上げられるかもしれないわね。」


「いいんですか?」


「当然よ。私たちは仲間なんだから。」


「嬉しいです!私はSSを3枚チュートリアルで当てましたけど1枚は同じスキルだったので2枚しか装備してないから不安でした。」


よく考えれば俺の装備ってアルティメットとレア×2なんだよな。アルティメット使い切ったら俺って無能じゃん。無能なオッさんってそれだけで存在意義が断たれるんだけど。


ガチャを回す為にシーン部屋の隣にちゃっかり現れてたアルタール部屋へと入る。中は以前に見た祭壇があるだけの殺風景な部屋だった。ていうかアルタールの存在なんて忘れてたんだけど。むしろガチャの存在を忘れかけてた。このゲームって無課金に優しくないよな。


「誰から回しましょうか?」


「じゃあ私からサクッと回しちゃうわね。」


楓さんがアルタールへと登り、ガチャを引く。天から赤色の光が降り注いでいる。俺が引いた時は虹色だったよな。


「ダメね。使えそうにないスキルばかりだったわ。」


「もしかして降り注いでくる光って確定演出みたいなもんですか?」


「私が課金した限りでは赤色だとSレアまでしか出ていませんね。虹色だとSS以上だと思います。」


虹色ってアルティメット確定じゃないのかよ。聞いといてよかったな。虹色出たらぬか喜びする所だったぞ。


「じゃあ次は私が回して来ますっ!」


美波がアルタールへと登りガチャを引く。天から虹色の光が…って虹色!?キタ!!これキタだろ!?


「出ました!!SSが出ましたよっ!!」


美波が小走りでアルタールから降りて来る。

SSかぁ…残念だなぁ…


「それも《予知》が当たりましたっ!!これで精度が上がりますっ!」


「良かったじゃない。《予知》はこまめにスキルレベル上げていければ凄いスキルになるわよね。」


「そうですねっ!すごい嬉しいですっ!」


美波は欲がないな。俺は欲に塗れてるからな。絶対アルティメット引き当ててやるぜ!!





…だが物欲センサーが発動した事により俺は惨敗だった。それどころかコモンが2枚出やがった。



「全部がSレア以上じゃなくて1枚は確定って意味だったんでしょうか…?」


「ど…どうなのかしらね…」


美波と楓さんの視線が痛い。『この人運無いな。』って感じの哀れみの視線が俺のハートをリミットブレイクしやがる。


「最後は私ですね!」


意気込んでアルタールを登っていくアリス可愛いな。

だが残念な事に赤色の光が降り注ぎ、アリスもSレア3枚で惨敗だった。


「うぅ…悔しいです。」


「仕方ないよ。俺なんかコモンが2枚出てるんだからそれよりは全然マシさ。で…結局は美波の装備が少し強化されただけか。なかなか難しいもんだな。」


「まだですよタロウさん。」


楓さんがドヤ顔しながら手に何かを持っている。あ、それは…もしかして…!!


「アルティメット確定ガチャ券ですよ。ウフフ、引いて来ますね。」


すっかり忘れてた。かなりの装備の強化になるよな。

それにしてもドヤ顔の楓さん可愛い。


虹色の光が楓さんに降り注ぐ。


どんなスキルだろうな。俺までワクワクしてきた。


楓さんがアルタールから降りて来る。


「《剣帝の魂》というスキルですね。召喚系です。」


「当たりじゃないですか。流石ですね。」


「ウフフ、欲を言えば時空系が良かったですけどね。」


「これで楓さんの力がさらに上がりますねっ!」


もうこの人1人で国を滅ぼせるんじゃないかな。


「この《剣帝》は美波ちゃんに任せようと思うの。いいかしら?」


「えっ…!?」


「戦力はなるべく分散するべきだわ。もし初期配置で私とタロウさんが組んで、美波ちゃんとアリスちゃんが組んでしまったら大変な事になるわ。」


「そうですね…私は回復しかできないから戦う事ができない。アタッカーのタロウさんと楓さんが一緒になってしまったら私と美波さんは負ける可能性が極めて高いです。」


「でもこれで美波ちゃんもアルティメットを持てばその心配は無くなるわ。だから美波ちゃん、任せてもいいかしら?」


「楓さん…!はいっ!わかりましたっ!楓さん、ありがとうございますっ。」


「アリスちゃんには美波ちゃんが使っている《騎士の証》を回して万が一の備えにしましょう。でも極力戦ってはダメよ?アリスちゃんの肉体的に考えてもスキルを使いこなす事は難しいわ。実力が達人級になってもリーチは変えられない。倒そうとは思わないでね?」


「わかりました!」


「よし、じゃあ装備や合成を行なったら大部屋に戻ろうか。」


「「「はい!」」」







クランイベント開始5分前となった。


不思議と緊張は無い。


それはきっと心強い仲間がいるからだろう。


美波、楓さん、アリス。俺の最高の仲間たちだ。


必ず…生きて帰って来る。それでまたみんなでパーティーをやるんだ。



「そろそろ時間だな。じゃあみんな、絶対に生きて帰って来よう。1人足りとも欠ける事は許さないからな。」


「ええ、絶対にみんなで帰って来ましょう。今夜こそお酒を飲みましょうね。」


「今日はアリスちゃん加入第2弾としてハンバーグパーティーにしますっ!気合を入れてデミグラスと和風の2種類のソースを作りますっ!」


「また今日も夜更かししたいです!それに今日はタロウさんが買ってくれた食後のデザートのアイスまであるんです!絶対にみんなで食べます!」


「じゃあ円陣でも組もうか!って…古いかな?」


「ふふっ、そんな事ありませんよっ!」


「そういうの私は憧れていました。」


「やりたいです!」


俺たちは円陣を組む。両サイドが美波と楓さんだ。密着してるけど…身体柔らけぇ…!良い匂いするし。

いやいや、落ち着け。今からイベントだぞ。気合入れろ!!




「じゃあ…行くぞ!!!」




「「「おう!!!」」」







時間になり俺たちは転送されていく。


絶対に負けないと心に誓って。


ーーだが…この先に待ち受けている事を俺たちはまだ何も知らない。

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