第53話 開戦

トート・シュピールが終わり数日が経った。あれから美波ちゃんと連絡を取る事が多くなった。すごく懐いてくれてているのが感じ取れる。すごく嬉しい。タロウさんとも連絡を取るけれど、回数が少ないのは少し不満だ。私たちは親友なのに。まったく。

でもすごく満ち足りた気分だ。こんな穏やかな気持ちになれる日が来るとは思わなかった。


「こんな日々がずっと続けばいいな。」


部屋でビールを片手にそう呟く。ウフフ、独り言を言うなんてずいぶん酔っているのね。お酒は強い方だと思っているけど…寂しいのかしらね。


「私も歳なのかな。」


ーーその時だった。スマホの通知音が部屋に響き渡る。


メッセージを開き内容を確認する。

だがそれは、見た瞬間に酔いが覚めるような内容であった。


「強制参加イベント…やはり来たのね…」


来るとは思っていたけれどいざ来るとなると精神的には堪える。どれぐらいの頻度で行われるかはわからないがよりいっそう過酷になる事は間違いない。


「…生き残れるかな。」


弱音を吐くなんてらしくないわね。やっぱりずいぶんと酔っているみたい。早く寝ましょう。


缶を片付けてベッドに入ろうとした時だった。美波ちゃんから電話がかかってきた。私は流れるような動きで俊敏に電話に出る。美波ちゃんを待たせる事なんてできないわ。


「もしもし?」


『もしもし、楓さんですか?お仕事中に電話してしまってすみません…今、大丈夫でしょうか?』


「大丈夫よ。今日は仕事が早く終わって部屋で飲んでいたから。」


『それならよかったです。弁護士さんってお忙しいイメージがあるので電話する事を躊躇ったのですが、どうしても楓さんにお話ししたい事があったので…』


「いいのよ。仕事中でも美波ちゃんとタロウさんからの電話ならすぐに取るわ。話っていうのは…強制参加イベントの事かしら?」


『はい…。楓さんの予想通りになってしまいました。』


「そうね…また同じエリアになれればいいのだけれど。」


『楓さんが一緒だったらどれほど心強いかわかりません。一緒だったらいいなぁ…』


「ウフフ、そうね。タロウさんはどう?」


『今はお風呂に入ってます。だけど前回の事があるからか深妙な顔をしていました。』


「トラウマを抱えると人は弱くなるわ。ちゃんと美波ちゃんがサポートしてあげてね。」


「はいっ!わかりました!」





トラウマを抱えると人は弱くなる…か。私も弱いのかな。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






イベント開始日になったが開始時間がわからないから落ち着かない。いつ頃始まるのだろうか。これじゃ仕事にならないわね。

そんな事を考えていると突如視界が捻じ曲がる。立ち眩みかと思い反射的に目を瞑ってしまった。数秒の後に目を開けると先程まで見ていた景色と変わっている事に気付く。どうみても草原のような場所に私は立っている。


「えっ…?事務所にいたわよね…?」


目を抑えいた左手を戻した時に何かにぶつかる。そちらへ目をやると腰にゼーゲンが差さっている。


「…なるほどね。強制参加イベント開始って事かしら。」



状況を把握したと同時にスマホの通知音が鳴り響く。

運営からだ。内容を確認すると、



『只今より、トート・ツヴィンゲンを開催致します。

そしてこの”監獄エリア”に配置されましたプレイヤーの方々は非常に幸運の持ち主といえましょう。

このエリアはレアエリアとなっております。他エリアとの違いは『特殊装備』が入手できるという点です。『特殊装備』はエリアボスを倒す事により入手できます。

また、監獄地下1階を解放しておりますのでよろしくお願い致します。

皆様の御武運を御祈りしております。』



「特殊装備…?」


気になるワードが出てきたわね。ゼーゲンの事を指しているのか、それとも別のナニカなのか。調べてみる必要はある。それにゼーゲンでも、ゼーゲンでなくても入手すれば今後の戦いに間違いなく有利になる。手に入るなら手に入れよう。


だがまずはーー


「タロウさんと美波ちゃんがここにいるかを探さないと。でも…いない気がする。」



ここには2人がいるような気配を感じない。当然根拠はない。だけどトート・シュピールの時は絶対いるって思えた。恐らくここにはいない。今回は2人の無事を祈る事しかできない。


それと、生き残る事は当然だけど、もう1つ調べる事がある。ゼーゲンについてだ。ゼーゲンによって私はどれぐらい強化されているか調べないといけない。トート・シュピールではレアスキルを使うプレイヤーにしかノースキルで私は戦っていない。澤野には頭に血が上ってブルドガングを使ってしまったからね。

私の仮説が正しければゼーゲンを装備した状態ならばSSと同等に戦えるはず。それを実証してみよう。


「今回の私の目標は100体以上倒す事と特殊装備を手に入れる事、そしてゼーゲンの実験ってところかしら。なかなかハードね。さて、とりあえず狩りに行きましょうか。」

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