第54話 脅威
監獄エリアという割には監獄が見当たらない。360度見渡しても何もない草原が一面に広がっているだけだ。
ここにいても仕方がない、まずは動こう。恐らく監獄にエリアボスがいるはず。監獄を目指す者はそれなりにいるだろうからあとは勝手にエンカウントしてくれるだろう。
そう決めて出発しようとした時だった。鎧が擦れる音が聞こえる。距離的にはさほど遠くはない。鎧の音という事はゾルダートだ。数は5体。前にミニイベントで対峙した時にはSレアのスキルを彼らは使っていた。肩慣らしにはちょうどいい相手だろう。
私はゾルダートの元へと向かった。2km程離れた場所にゾルダートの群れがいた。予想通り数は5体だ。少し誤算だったのは1体だけ銀色のエフェクトを放っている奴がいる。ゾルダートはSレア固定じゃないのね。
こうなると分は悪い。ゼーゲンを装備した状態でならばSSと同等に戦えるというのが私の見立てだ。それにオマケでSレア級が4体もとなるとブルドガングに頼らざるを得なくなる。
さて、どうしたものかと考えていた時だった。ゾルダートたちが一斉にこちらへ向き直り、瞬時に距離を詰めて私を取り囲む。
ゾルダートたちはフルフェイスの兜を被っているので表情も性別も伺い知ることはできない。いや、むしろ鎧の中身があるのかどうかも疑わしい。奇妙で奇怪な存在だ。
だが1つ確実に分かる事は彼らは非常に好戦的で私に対して殺意を持っているという事だけは分かる。戦いの合図をする事もなくゾルダートたちは血に飢えた獣のように私に一気に襲いかかる。
先頭にいるS級ゾルダートが右手に携えている剣を力一杯振り下ろしてくる。だが、私はこれを姿勢を斜めに変える事で回避し、大きく隙のできたゾルダートに対してゼーゲンの一撃を喰らわす。
その斬れ味は凄まじく、ゾルダートの鎧は紙のように綺麗に真っ二つに引き裂かれた。
だが敵の攻撃が止む事は無い。1体を倒したがまだ4体いる。その内の2体が私の両サイドから振りかぶった剣を私の胴体に叩き込もうとする。
だが私は即座にそれに反応して宙へと身を翻し、ゼーゲンを担いで一瞬のタメを作り、空中からゾルダート2体に対して真空の刃を叩き込んだ。ブルドガングのようにほいほいと真空の刃を形成する事はできないが、担いでタメを作れば私にもできるだろうと踏んでの挑戦だったがこれが見事に成功した。威力も申し分無い。S級2体の首は綺麗に跳ね飛ばされていた。
残るは2体。ダメージも無ければ体力も低下していない。普通ならこれ程までの運動量があれば肩で息をしていてもおかしくはない。だが肩で息をするどころか呼吸の乱れ自体が全く無い。そもそもこれ程までに高く跳躍する事自体が不可能だ。それを可能にしているのはゼーゲンだ。この剣一本でここまで身体能力を向上させるというのだからこれが複数本になったらと思うととても恐ろしい。ゼーゲンを手にしているプレイヤーがどれだけいるかわからないが、今後はスキルだけではなくゼーゲン所有者かどうかも戦闘の際に考えねばならないだろう。
ーーだが今は目の前の戦闘に集中だ。
跳躍をして無防備な私の背後をS級が取った。そしてそのまま私に斬りかかろうとしているのが伝わる。
だがその斬撃よりも速く私は身体を回転させ、S級の胴体ごと横に綺麗に斬り裂いた。
これで4体のS級ゾルダートは全て片付けた。残るは傍観を決め込んでいるSS級だけだ。
思った以上にS級の相手は楽だった。もっと苦戦をするかと思ったが準備運動程度の動きで圧倒でき、当初の予定通りの状況にまで持ってくる事ができた。
SS級が腰に携えている鞘から剣を引き抜く。
「赤い獣たちとは違ってあなたには騎士道があるのかしら。」
先程までの戦闘にこのSS級が加わっていたら勝敗はわからなかったであろう。それでもこのSS級は集団で襲って来る事はしなかった。少なくともこのモノには騎士道はある。
「では、行くわよ。」
互いの剣と剣が打つかり合い、振り切られた刃と刃が重なり合い、剣戟の声が響き渡る。
数分間にも及ぶ打ち合いが続いた。互いに隙を見出す事ができずに草原を駆け回り、剣戟を重ね続けていた。達人の域に達している両名の戦いはもはや芸術といってもいい程であった。観衆がいるならばその光景に感動を覚える者もいるだろう。
たがその達人たちの戦いは両名ともに決め手にかけていた。完全なる互角。この戦いに終焉は訪れないかもしれないと当のゾルダートも感じていた。それでもこの戦いが続く事をゾルダートは楽しんでいた。このモノに心があるかはわからないが、少なくとも楽しいという感情は感じていた。
ーーだが芹澤楓は違った。
彼女が感じていたのは恐ろしさだ。それは相対するゾルダートに対してでは無い。自身に対してだ。楓は様子見も兼ねて7割程度の力しか出していない。それに対してゾルダートの方は完全に全力にしか見えない。首を撥ねようと思えばいつでも撥ねられた。いくら剣道で実績があるといっても達人と戦って勝てるなどと自惚れたりはしない。それでもゼーゲンを装備するだけで達人を軽く凌駕してしまった。SS級との間にさえそれ程の差があるのだ。これが2本、3本とに増えていったらアルティメットにも匹敵するのではないだろうか。いや、それどころかアルティメットをも凌駕するのではないだろうか。そう考えると恐ろしくて堪らなくなった。
このエリアにある特殊装備は絶対に手に入れないと駄目だ。それを誰かに渡すわけにはいかない。渡してしまえばいずれ田辺慎太郎や相葉美波に脅威が及ぶ事になる。
楓はそう思っていた。
ならばここで遊んでいるわけにはいかない。特殊装備を回収し、100体以上のプレイヤーとゾルダートを倒してアルティメットをも手中に収めよう。それが慎太郎と美波の助けに繋がると楓は信じている。彼女の行動理念はそれしかない。楓にとって慎太郎と美波は絶対的な存在なのだ。
そして戦いは終わりを迎えるーー
「とても楽しかったわ。あなたには騎士道を感じられた。敬意を表するわ。」
「――――」
「あなたに失礼のないように全力でお相手します。」
楓が手にしているゼーゲンを鞘へと納め、居合の構えを見せる。
その異様な空気にゾルダートが気圧される。尻餅をついてしまってもおかしくないほどのプレッシャーが楓から放たれている。実力差は明らかな事は言うまでもない。ここで逃げ出しても誰も責めたりはしない。だがゾルダートにも騎士としてのプライドがあるのだろう。剣を両手で持ち、全力の一撃を楓に放った。その剣速は達人と呼ぶのに相応しいほどの速さだった。並みの者なら斬られた事すら分からずに絶命しているだろう。それ程の一撃を、会心の一撃をゾルダートは放ったのだ。
ーーだが相手が悪かった。
ゾルダートの耳には剣を鞘に納める音が聞こえた。だがそれはおかしい。剣は先程楓が納めていたのを間違いなく聞いたからだ。
ーーならばなぜ?
だがゾルダートに考えている時間は無かった。
視界がどんどん地面へと近づいている。バランスを崩したのかと思い、持っている剣を地面に刺して阻止しようとした時だった。
ーーゾルダートは全てを悟った。
剣が綺麗に折れて剣先が無くなっていた。そして自身の胴体も真っ二つに裂かれている。やがて意識が薄れ、ゾルダートの命は終わりを迎えた。
「あなたは強かったわ。誇りなさい。」
ーー勝負を終え、楓は歩みを進めた
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