第35話 予知
「うぅ…ここは…?」
目を覚ますと見知らぬ天井だった。
…いや、違うだろーー
「美波!!美波は!?」
飛び起きた時に右手に何かが当たる。そちらに目をやると
ーー美波だ。美波がいた。
「良かった…!」
俺は心底安堵した。こんなに嬉しかった事は無い。
そっと美波の髪を撫でる。柔らかくてすごく心地が良い。
だがどうして俺たちは無事なんだ…?あの状況から逃げられるなんて思えない。ましてや澤野が俺たちを見逃すなんて事もありえない。アイツの美波に対する執着心は異常だ。簡単に逃げられる筈がない。一体どうやって…?
それにここはどこなんだ?洞窟なのは確かだが明かりが灯っている。まさか先住民が助けてくれたのか…?
「目が覚めましたか?」
声がする方から誰かが近づいて来る。暗くて誰かはわからない。だが敵意は感じないので身構えずに待っていると灯りに照らされて顔が見えたーー
「か、楓さん!?どうしてここに!?」
「タロウさんたちが心配で私も参加したんです。同じエリアに配置されるかは賭けでしたが…」
「楓さんが助けてくれたんですね。合点がいきました。ありがとうございます。楓さんがいなかったらきっと…。俺が美波を守らなきゃいけなかったのに守りきれなかった…。自分が情けないです…」
「…私が駆けつけるのが数秒遅ければ美波ちゃんはあの男に汚されていました。そこで私が助けたとしても美波ちゃんはタロウさんには二度と会わなかったと思います。その事はしっかりと反省して下さい。」
「はい…すみません…」
謝っても許される事ではない。本当に俺は何やってもダメだ。美波を危険に晒して何をやってるんだよ。情けなさすぎて言う言葉も無い。楓さんだって俺に相当失望してるだろう。目を合わせる事ができない。
「でもそれは結果論です。」
「はい?」
俺は素っ頓狂な声を出して反射的に楓さんを見てしまう。失望の目を向けているかと思ったが楓さんの目はとても優しいものであった。
「結果として私はタロウさんと美波ちゃんを助けられた。それでいいじゃないですか。もしも、なんて事は無いんです。今ここにある結果が全てなんですよ。」
意外だった。
楓さんはもっと厳しい人だと思っていた。最初に会った時がアレだったからかもしれないがそう思い込んでいた。
「…そんなに甘くていいんですか?俺は甘やかされるとつけあがるタイプですよ?」
「ウフフ、いいですよ。私たちは大親友なんですから頼って下さい。」
大親友って。どんどんクラスチェンジしてんですけど。てか大親友とかニマニマしながら言ってるけどこの人可愛いな。これがギャップ萌えか。普段はクールなのにこういう時にキュートなアレがギャップ萌えってやつなのか。凄まじい破壊力だなコレ。
「ありがとうございます。これからも頼らせてもらいます。大親友ですからね!」
おぉ…!笑ってる!笑ってるぞ!大親友って言われて嬉しいのか。マジで可愛いなこの人。
「じゃあ楓さんは休んで下さい。見張り代わりますよ。」
「そんな重症なのに何を言ってるんですか。却下です。タロウさんは寝て下さい。」
「見張りぐらいならできます。それに…日付変わってるからアルティメットも使えます。」
「駄目です。」
「楓さん。」
「何ですか?」
「俺たちは大親友ですよね?」
「もちろんです。」
「俺は大親友の楓さんの為に見張りをしたいんです。大親友の楓さんに休んで欲しいんです。これは大親友の楓さんへのお願いです。」
おっ、黙った。何とも言えない顔をして考え込んでるな。大親友押しで行けばいけるとは思ったけどこんな簡単にいけるとは思わなかった。
「…何かあったらすぐに起こすって約束できますか?」
「はい、約束します。」
「大親友のお願いを聞かないわけにはいきませんからね。では少し休ませてもらってもよろしいですか?」
「もちろん!ふぅ、良かった。これで少しはカッコつきます。」
俺がそう言うと、楓さんが噴き出すように笑い出した。
「ウフフ、本当に不思議な人ですね。あなたのような男性は初めてです。」
「変ですかね…?」
「いいえ、とても魅力的だと思います。」
魅力的!?それってどういう意味だろう。
「恐らくはそんなに危険は無いと思います。エリアに10組いるプレイヤーの内、私たちを除く8組のプレイヤーがいますが、タロウさんと美波ちゃんが遭遇したプレイヤーは4組、私が遭遇したプレイヤーは3組です。私は全員撃退し、戦闘不能にして木に括り付けました。タロウさんたちは2組撃退し、どちらも戦闘不能。先程の澤野は私が戦闘不能にしましたから襲って来る事は皆無。問題は一緒に行動していた子とまだ見ぬプレイヤーだけですが、最悪同時に襲って来ても私とタロウさんで決着をつけられる筈です。」
「楓さん1人で3組倒したんですか!?流石ですね…」
マジかよ。この人どんだけ強いんだよ。いくらアルティメット持ってるっていっても1人なら戦略も練らないとスキル枯渇して俺みたいになるぞ。
あー、そんな心配いらないか。東大だもんな、頭良いんだもんな、顔もアルティメットだもんな、完璧じゃん。アンコモンな俺とは大違いだな。
「ありがとうございます。だからあまり気を張らないで下さいね。」
しかも優しいときたもんだ。この人弱点なんかないんじゃないかな。
「わかりました。ありがとうございます。じゃ、外行きますね。」
とりあえずネガテイブモードは終わりにして見張りに精を出そう。ちゃんと2人を守らないとなーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そんなタロウさんの心配をよそに恐ろしい程何も無くイベント終了の10分前を迎えてたーー
「結局は何も起きませんでしたね。」
「未確認のプレイヤーは他の誰かに倒されたのかもしれないな。このまま終わってくれるんからそれに越した事はないよ。」
もう少しでやっと現実世界へと帰れる。すごく長かったな。帰ったタロウさんに美味しい物作らなきゃ。それに楓さんともまた会ってーー
「…美波ちゃん。」
「は、はい!?」
考えてる時に不意に声をかけられたので声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
「《予知》を使ってもらってもいいかしら?」
「えっと…スキルのですよね?」
「ええ。このまま何も無く終わる事がどうにも解せないのよ。残り時間が少ない中なら大事な事が見えるかもしれない。見ておいて損は無いと思うの。」
「うん、そうですね。俺も見た方がいいと思います。」
「わかりました!では使ってみますね!」
私は《予知》を使ってみる。《騎士の証》とは違い、発動を試みてもエフェクトが現れない。
不発…?
そう思った時だった。目の前の景色が変化していくーー
ーーーー
ーー
「え…?今のって…」
視えた。確かにここではない未来が視えた。しかもーー
「あ!いたいたー!おーい!」
背後から声がする。
「葵…?」
「いやぁ、やっと見つけたよー!」
「お前どこに行ってたんだ?てっきり逃げたのかと思ったよ。」
「違うよー!あの後に敵の気配がしたから私が引き付けたんだよー!たーくん、甲斐の相手をしなきゃだったでしょ?」
「なんだそうだったのか。逃げたとか言ってごめんな。」
「本当だよー!酷いなぁ。」
「タロウさん、葵ちゃんから離れて下さい。」
「「え?」」
タロウさんと葵ちゃんが驚いたような目で私を見る。だがタロウさんは即座に葵ちゃんから距離を取り警戒を強める。
「なになにー?妬きもちー?美波ちゃん心狭いよー!」
「…思えば言動がおかしい事がいくつかあった。」
「えー酷くない?私が変な子みたいじゃーん。」
「ねぇ、葵ちゃん。」
「んー?」
「何でタロウさんと歳が離れてるって知ってるの?タロウさんの歳の話なんてしてないよね?タロウさんは見た目とは全然違うんだから絶対見抜けるわけないよ。」
「……」
「それにね、私のスキル《予知》で視えたの。あなたが私たちと戦うところが。」
「…ふぅん。」
葵ちゃんの雰囲気が変わると同時に周囲の空気も急激に重苦しくなる。
「よく観察してるね。私もついうっかり口が滑っちゃったよ。」
「タロウさん!楓さん!気をつけて下さい!!視えた未来では2人がかりで戦っていました!!」
「オッケー!」
「わかったわ!」
タロウさんと楓さんが金色のエフェクトを発動させるーー
「予定とは違っちゃったけどまぁいいか。」
葵ちゃんからも金色のエフェクトが発動するーー
トート・シュピール最後の戦いが始まるーー
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