第34話 剣帝ブルドガング
楓さんの周囲に楔形文字のような文字列と魔法陣が現れ、魔法陣の中から剣帝が召喚される。
現れ出たのは可憐な少女だった。
腰まで届く銀色の長い髪、右と左で色の違う瞳がとても美しい。右目が緑色、左目が黄色のオッドアイだ。私はその宝石のような瞳に心を奪われそうになる。
歳の頃は16、7だろうか、私より若いような幼さがその表情からは伺い取れる。
だか何と言ってもその圧倒的なまでの存在感が彼女たちの特徴だ。彼女にしてもバルムンクにしても呼吸をする事が苦しくなるような圧倒的な存在感がある。彼女たちはその道の超越者、つまりは人外のような存在なのだから気を抑えていても体の外に溢れ出てしまうのだろう。それにアテられると一般人は圧迫感や戦意喪失といった状態に陥ってしまう。
『久しぶりねカエデ、元気にしてた?』
「元気よ。あなたはどうかしら?」
『元気と言えば元気ね。で、コイツらなの?』
「ええ、私の大切な人たちを傷つけたコイツらを絶対に許さない。」
『そうね。カエデの怒りはアタシの怒り。カエデを怒らせた事自体が罪よ。絶対に許さないわ。身体、借りるわよ。』
「お願いね、ブルドガング。」
楓さんがブルドガングと呼ぶ少女に身体の所有権が移り変わる。憑依すると同時に凄まじい剣気を放ち周囲を威嚇する。
「ねぇ、アンタ名前は?」
不意に呼び掛けられたのでビクッとしてしまうが、私は即座にブルドガングの問いに答える。
「あっ、相葉美波です!」
「ミナミね。そこから動かないでその男を抱えていなさい。すぐ終わるから。」
「は、はいっ!」
そう言いながらブルドガングは腰に携えている鞘から剣を引き抜く。
楓さんを見た時から気になっていたが、楓さんの持っている剣は私やタロウさんの物とは明らかに違う。私たちの剣は量産された普通のロングソードだが楓さんの持つ剣は神聖さみたいなものがある。決して豪華な装飾があるわけではないが、人間が扱うものではない神々しい煌めきが感じられる。それに目を凝らしてみると刀身からは半透明の蒼白いオーラが薄っすらと見える。
「すぐ終わるやと…?余裕やなぁ!?小娘の分際で男に楯突くとどォなるか思い知らせたるわァ!!!」
「思い知らせられるといいわね。アハッ!」
ブルドガングが澤野を見下したような笑い声を発すると澤野は激昂し和田へと指示を出すーー
「和田ァ!!そのアマいてもうたれや!!」
「は、はいぃ!!!」
和田から銀色のエフェクトが発動しブルドガングへと襲いかかる。和田はSSなんて持っていなかった。それなのに発動させられるという事は澤野から与えられたという事だ。SSが2人、本来ならば相当な脅威だ。
だがそんなものはブルドガングにとって何の意味もなさなかったーー
近づいてくる和田の右腕にブルドガングの斬撃が繰り出され両断される。その場から動かずただ腕を振っただけ。たったそれだけの事で和田の右腕はその機能を無くした。斬り口からは夥しい程の血が噴き出す。
そしてブルドガングは澤野に向き直ると同時に右腕に握られている剣を振る。素振りのように軽く一振りしただけだ。すると剣先から真空の刃が形成され澤野の元へと向かって行く。その速度は速球派の投手の球速をゆうに超えている。
澤野は反射的に左腕で防ごうとするが無駄だった。真空の刃は澤野の左手首を両断し、左眼を奪った。
辺りに響くのは2人の痛みによる絶叫だ。
ーー数秒、たった数秒で勝負はついた。
圧倒的なまでの強さだった。ブルドガングの力は明らかにバルムンクよりもウールヴヘジンよりも上だ。間近で3人の戦いを見て来たのだから間違いない。でも恐らくはバルムンクとブルドガング自体には大きな差は無いと思う。差が出るのは器の差、つまりはタロウさんと楓さんの力量差だ。楓さんは相当に強い。私が今までに見て来たどのプレイヤーよりも個としての能力が断トツだ。
「弱っわ。」
ブルドガングがのたうち回っている澤野の元へと近づきそう言い放つ。
「あぐぐ…!!こ、殺せ!!ワイは命乞いなんかせぇへんで!!!」
「お前の命令を聞く必要など無い。弁えろ虫ケラが。お前の始末はカエデに任せる。」
ブルドガングの纏う金色のオーラが消えて行く、楓さんへと身体の所有権が戻るのだろう。
「じゃあねミナミ。またね。」
ブルドガングが私へと向き直り、ニコっと笑って別れを告げた。
「あっ!ありがとう!本当にありがとう!」
左手を軽く振りながらブルドガングは消えていったーー
「…ありがとうブルドガング。さて、と。無様ね。」
「…ハッ!アルティメットの力っちゅうんが身に沁みたわ!!さあ!殺せ!!殺さんと絶対後悔させたるで!!」
「その出血で丸一日以上は保たないでしょう。とどめを刺すまでも無いわ。己の愚かさを少しでも反省して勝手に死になさい。」
「絶対ワイは生き残ったる…!!とどめを刺さんかった事を後悔させたるからな…!!美波もお前も絶対にワイのモンにしたる…!!!」
楓さんがゴミを見るような目で澤野を睨み、その場を離れ、私の元へと来る。
「お待たせ。じゃあ私の拠点に行きましょうか。そこならタロウさんを休ませられるし。」
「楓さん…本当にーー」
「はい、そこまで。お礼なんていらないわ。私たちは親友、友達なら助け合うものでしょ?」
楓さんの優しさにまた涙が出そうになったけど必死に堪えた。楓さんの想いに応えなきゃ。
楓さんが欲しい言葉はーー
「はいっ!私たちは友達ですもんねっ!」
「ウフフ!さて、タロウさんは私が運ぶわ。美波ちゃんは疲れているでしょ。」
「大丈夫ですっ!私も手伝いますっ!」
「心配しないで。何だか身体から力が漲ってくるのよ。だから全然大丈夫。私に甘えなさい。」
「じゃあ…甘えちゃいます。」
「よし!じゃあ行きましょう。」
こうして私たちは楓さんによって窮地を脱した。まだ日付が変わるまで時間はあるが楓さんがいれば大丈夫だという絶対的な安心感がある。
残り時間はあと30時間程、何とか3人で無事に帰りたい。
だがこの時の私にはあんな結末が待っているとは予想もしていなかったーー
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