第31話 油断
「バルムンクっ!!」
私は勝利を祝いたくすぐさまバルムンクの元へと駆け寄る。だが、私が近づく前にバルムンクはその場で膝をついてしまう。
「どうしたの!?大丈夫!?」
「…残念だが大丈夫とは言えんな。思いの外ダメージが重い。奴から喰らった蹴りは完璧に決まってしまったからな。シンタロウの肋は間違いなく折れている。」
「折れてるって…そんな…!」
「それに軌道をずらしたとはいえ、奴の攻撃を受け続けて来た両腕も重症だ。恐らくシンタロウでは剣を握る事すらもできないだろう。」
「ーーっ!」
それが何を意味しているかは容易に理解できる。時刻は午後に入ったばかりの昼下がりの頃。日付が変わるまでまだ10時間近くはある。それなのに私たちは戦力を使い切ってしまった。
私のスキルは《予知》しか残っていない。だがこれは戦闘に使える代物では到底ない。当然ながら私は剣を使った戦いはスキル無しではできない。タロウさんに頼るしかないのが私の現状だ。
だがタロウさんは戦闘どころか体を動かす事すらままならない。
つまりはプレイヤーと遭遇すれば死を意味する
それが私たちの置かれた現状という事だ。
「ミナミ、何とか日が変わるまで逃げ切ってくれ。頼れるのはお前しかいない。すまんが任せてよいか?」
「…自信を持って任せてって言えないのが苦しい。でも…やるしかない!絶対にタロウさんは守ってみせる!!」
「フッ、頼もしいな。すまぬが…任せたぞミナミ。」
タロウさんの体から金色のオーラが消え始め、バルムンクも姿を消していく。完全に消え去ると同時にタロウさんの意識が戻る。
「ぐっ…!」
「タロウさんっ!!大丈夫ですかっ!?」
「美波…大丈夫とは言えないな…ウールヴヘジンの一撃は半端ないな。完全に折れてるだろこれ…呼吸するのも苦しい。」
「戦闘中の事を覚えているんですか?」
「あ…そういえば今回は覚えてるな。前回と何か違いでもあんのかな?いてて…喋ってるだけでも痛いな。」
「安静にしてて下さいっ!とにかくここから逃げましょう。」
あれだけ派手にやり合っていたのだから他のプレイヤーに気づかれた可能性はある。早くここから立ち去らないと。
「こんな体じゃ足手まといになるから美波は1人で先にーー」
「それ以上言うといくらタロウさんでも怒りますよ?」
本気で怒りを露わにした私にタロウさんは戸惑っているように見える。でもこればかりはタロウさんが悪い。タロウさんを置いて1人で逃げるぐらいなら死んだ方がいい。2人で死ぬのなら怖い事なんて何もない。それに私はタロウさんを守れるなら犠牲になっても構わない。それぐらいの覚悟はできている。
それなのにそんな事を言うんだから少しぐらい懲らしめてもバチは当たらないと思う。
「…ごめん。」
「もう絶対にそんな事は言わないで下さい。」
「わかった。約束する。」
「ならいいですっ!私の肩に腕をかけて寄りかかって下さい。お腹は少し我慢して下さいね。」
「すまない、ありがとう美波。」
「いいんですよ。じゃあ森に行きましょう。隠れるにはそこしかありません。」
タロウさんを連れて森へ行こうとした時、背後から声をかけられるーー
「もうアルティメットは使えねぇんだな。なら形成逆転だ。俺はあと1回ウールヴヘジンを呼べる。テメェらは終わりだ。」
振り返るとうつ伏せに倒れていた甲斐が目覚めていた。だが立ち上がっているわけではない。かろうじて片膝をついているだけだ。どう見てももう戦えない。
「…あなたも早く逃げた方がいいわ。時期に誰か来るわよ。」
「ああ!?誰に向かって言ってやがるんだテメェ!!」
「甲斐、もう終わりだ。勝負はついた。」
「ついてねぇよ!!死ぬまで勝負は終わらねぇ!!テメェらみたいな甘ちゃんの常識でモノ言ってんじゃねぇぞ!!ヤクザはそんな甘くねぇんだよ!!!」
「お前は負けたんだよ。」
「だったら俺を殺せ!!でなきゃ終わらねぇんだよ!!」
「別に人殺しなんかわざわざしたくない。死にたきゃ勝手にしろ。」
「舐めてんじゃねぇぞ!!ここで逃げられてもテメェら必ず追込みかけてやるからな!!その女もテメェが見てる前で犯してやる!!生きてんのがツレェぐらいの目に合わせてやるからなァ!!」
「そうしたらまたお前を倒すだけだ。美波には指一本触れさせねぇよ。じゃあな。行こう美波。」
「はい。」
私たちは海岸から離れる。息をつける平穏な場所を見つけてタロウさんを早く休ませてあげないと。
「逃げんな!!覚えとけよテメェら!!必ず…必ずブッ殺してやる!!!」
ーーだが甲斐龍二のこの願いが叶う事は無い
彼はもう2度と田辺慎太郎に会う事はないのであった
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森へ入って1時間ぐらい経っただろうか。森の中は海岸の灼熱の暑さが嘘のように冷んやりとしている。海岸と森、通りを一本隔てただけなのに別世界のような空間だ。
要因としては太陽の光が殆ど届かない事だろう。まだ日も暮れていないのに辺りは夕暮れ時のように薄暗くなっている。ビルの高さほどの木々がそこかしこに生え、その木々からは空を埋め尽くす程の葉が生い茂る。その暗さが非常に不気味だ。ホラー映画ならここで殺人鬼が出て来て殺されてしまいそうな雰囲気が出ている。
だが極限の緊張状態に晒されている中ではそのホラー感も薄れる。1時間程森を彷徨っても落ち着ける場所は見つからない。それどころかどこからプレイヤーが現れてもおかしくないような死角の多い地形だ。それが私の緊張感を更に煽ってくる。
何とか隠れられる場所を見つけたい。それだけが私の頭の中の思考の全てだった。
だがーー
それが仇になったのだろう
どんな時でも周囲の警戒を怠るべきではなかった
「みーなみちゃん、みーっけ!!」
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