第32話 絶望の果てに

ーー私の全身の細胞が拒絶をする


ーーーその声を聞くだけで体が震える


ーーーー幻聴だったら良いのにと心から願った



だけど現実は残酷だった





「カカカカカ!久しぶりやなぁ美波ちゃん。」


茂みから現れたのは見間違いようのない特徴的な爬虫類のような眼を持った痩せ型の男ーー澤野だった。


「なんで…あなたが…!」


「カカカカカ!そら運命やろ!ワイと美波ちゃんは赤い糸で結ばれとるからなぁ!」


「気持ちの悪い事を言わないで…!!あなたなんかとそわな運命はありません!!」


「冷たいなぁ美波ちゃんは。ワイの心は傷ついたわ。」


この状況は相当に不味いのは誰でもわかる。

少なくとも澤野はSSフルセットの装備だ。今の私たちが到底勝てるわけがない。


「そしてやぁーっぱりその男と一緒におるんやね。もう抱いてもらったんか?ん?」


「タロウさんはそんな事をするような人じゃない!!あなたと一緒にしないで!!」


「カカカカカ!そんなんわかっとるわ!美波ちゃんからは、ちゃあんと処女のエェ香りが漂っとるからなぁ!処女やなかったら発狂しとるでワイ。」


本当に気持ち悪い…何でこんな男がこの世にいるんだろう。でも今はそんな事を考えてる場合じゃない。どうにかして逃げないと…でもどうすれば…


「…相変わらずだな澤野。」


「久しぶりやなシンさん。なんやえろう弱っとるやん。」


無言だったタロウさんが声を出す。体からは脂汗が滲み出ている。相当に痛いのだろう。私がなんとかしなくちゃ…


「…とっとと失せろ。お前はよく分かってる筈だ。俺はアルティメットを持っている。いくら弱ってても確実にお前を倒せるぞ。死にたくなければここから立ち去れ。」


なるほど。他のプレイヤーにはそのハッタリは効かないけどこの男には間違いなく効く。この男はタロウさんがアルティメットを持っている事を知っている。咄嗟に機転が効くタロウさんはやっぱりすごい。


「…プクククク!!カカカカカ!!シンさん!!そんなのがワイに効くと思っとるんか!?」


「…あ?」


「あー、ダメダメ。お前全然迫力が無いわ。さっきのヤクザの方がまだ迫力あったで。」


「ヤクザって…あなたまさかずっと見ていたの!?」


「そうやでー!ワイはいつでも美波ちゃんの事を見とるんや!カカカカカ!なぁシンさん、お前はもうアルティメットなんか使えへんやろ。」


「…スキルアップカードがあったんだからあと1回使えるだろ。もう忘れたのかお前。」


「カカカカカ!なら使うてみぃ。オラ!さっさとやれや!」


「……」


「ワイにハッタリなんか通用するわけないやろ。お前みたいなエェカッコしいはスキルアップカードをバラして美波の装備に当ててる筈や。自分の為になんか絶対使わへん。そう言うのをなんて言うか知ってるか?偽善者って言うんや。」


「タロウさんはそんな人じゃない!!撤回しなさーー」


頭に血が上って前に出ようとした時にタロウさんに制止される。


「…美波、逃げろ。俺が食い止める。」


「そんなっ!?嫌です!!私も戦います!!それにーー」

「逃がすわけないやろ。それに誰が誰を食い止めるって?」


澤野の体から銀色のエフェクトが発動するーー


「さぁて、『美波をあげるから許して下さい』って言えたら許したるで。」


「死んだってそんな事言わねぇよ。」


タロウさんもラウムからロングソードを取り出すーー


「そかそか。お前の化けの皮を剥いだるからな。楽しみやなぁ!ほな、いくで!!」


澤野がタロウさんに迫る。距離を詰めるのに1秒とかかっていない。SSスキルによるスピード強化だ。

そしてそのスピードは脚のみならず腕にも効果が及ぶ。

タロウさんが私を突き飛ばすように澤野の間合いから遠ざける。左手に握るロングソードで澤野を斬りつけるがその剣速に力は感じられない。素人が剣を振ったような弱々しさが明らかに伝わる。

澤野はその剣を何の苦労もなく軽く躱す。そして軽いモーションからの右の拳をタロウさんの腹に叩き込む。


ーー直撃だ


腹への衝撃でタロウさんは地に崩れ落ちる。口から血を吐き悶絶している。血を吐くということは内臓にダメージを負ったという事だ。


「タロウさんっ!!!」


私はタロウさんの元へ駆け寄ろうとする。

だがーー


「和田、美波しっかり捕まえとけ。」


「わかりました!!」


茂みから黒い影が現れるーー和田だ。


私は出て来た和田に羽交い締めにされ身動きが取れない。男の力には敵わない。なす術なく簡単に捕まってしまった。


「和田…!?離して!!!」


「目上の人間を呼び捨てとはけしからんな美波ちゃん!元はバディを組んだ仲間じゃないか!」


「あなたなんか仲間じゃない!!」


「フン、生意気な女だ!とにかくお前はおとなしくしているんだ。澤野様のご命令だからな!」


「ーーッ!!タロウさん!!」




「よっわ!!シンさんよっわ!!クソ雑魚ですやん!!ワンパンって!!」


「ぐっ…!!何勝った気になってんだよ…!!」


再度澤野にロングソードで斬りつけるが軽々と躱されてしまう。更にオマケとばかりに澤野の拳を数発浴びせられる。SSスキルの付加された攻撃の重さにとても耐えられる体ではなかった。とうとうタロウさんはうつ伏せに倒れてしまった。


「あぁぁぁぁ…!!!タロウさん!!!」


「カカカカカ!!弱すぎやろお前!!ダッサ!!!オラ!!!『美波をあげるから許して下さい』って言うてみ?ワイは優しいからそれで許したるから。」


「…お前ブッ殺してやるから覚悟しとけよクズ野郎。」


「流石はシンさんや。まぁだカッコつかんか。何処まで耐えられるかなぁ?次はキックの練習や!!ほな行くでー!!」


地に伏せているタロウさんに澤野は容赦無く蹴りを入れる。ズドンという鈍い嫌な音が樹海に響き渡る。

私はただ泣き叫ぶ事しか出来なかったーー




「んっ?何や、意識失ったんかコイツ。根性無いな。しょーもな。ダサダサやん。所詮は顔だけの情けないクソ野郎か。」


「もういいでしょ…!?もうやめてよ…!!」


「せやな。化けの皮剥げんかったのは残念やがもうええわ。さて、コイツ殺そ。」


澤野の銀色のエフェクトが強く輝き半透明の鎖のような物がタロウさんの体を縛り上げ、木に括り付ける。

そして澤野が地面に落ちているタロウさんの剣を拾い上げるーー


「じゃ、さよならやな。」


「やめて!!!やめてよ!!!お願いだからやめて…!!!」


「…やめて欲しいんか?」


「…はい。やめて下さい…」


私は懇願した。タロウさんを助けられるならこんな男にでも頭を下げる。


「やめてやってもええで。ただし、ワイの性奴隷になれ。オレヒスでの強制的な奴隷とちゃうで。絶対服従の性奴隷になるんや。自分の意志で、ワイの為だけに、ワイを悦ばせる為だけにお前の人生を捧げろ!!それができるんやったらこの偽善者野郎を見逃してやるわ。どうや?」



そんな事考えるまでも無い


そんな事でタロウさんを救えるのなら私の答えは決まっているーー



「わかりました。だからタロウさんに酷い事はしないで下さい。」


「よしよし、わかったわかった。美波ちゃんは素直やねぇ。素直な娘は大好きやで。オイ和田、離してやれ。」


「はっ、はいっ!!」


私がこれからどんな目に合うかはわかってる。でも後悔なんてない。タロウさんが助かるんならなんでもいい。私にはタロウさんに返しきれない程の恩がある。短い間だったけど幸せだった。

でも目から涙が止まらない。覚悟はできてるのに涙が止まらない。


「…ふぅん。なんやそのツラ、気に入らんなぁ。そんなにこの偽善者が好きなんか。せや!美波ちゃんのワイへの忠誠心を見せてもらおか!」


「…忠誠心?」


「ここでワイのブツをお前の口でイカせろ。」


「いやっ!!できるわけないじゃない!!!」


嫌だ


それだけは嫌だ


これからどんな事をされるかはわかっていてもタロウさんがいる前でそんな事はできない


「あっそ。ならえーわ。さよならシンさん。さよーならー!」


澤野が出した鎖がタロウさんの首に巻きつき締め上げて行く。


「待って!!!やります…やりますからぁ…だから…」


「カカカカカ!!そかそか!!ほな、してもらおうかな!!」


澤野が仁王立ちをして下卑た笑みを浮かべ私を見る


覚悟を決め私は澤野の元へ行き跪く。


タロウさん、私はこれから汚れてしまいます。でも、体は汚れてもあなたを想う心だけは汚されません。

もう二度と会うことはないけれど…私はーー


「オラ!!はよせんか!!」


澤野が私の頭を掴み股間へ押し付けようとするーー

















「そんな事する必要ないわよ。」


















その声が聞こえると同時にタロウさんを縛り上げていた鎖が断ち切られる。私は澤野の手を払いのけ瞬間的に落下するタロウさんを抱き止める。

タロウさんの無事を確認し安堵した後に気配のする方を見る。

その人は私に背を見せ、私とタロウさんを守るように澤野に対峙している。


私はその後ろ姿を知っている。


「誰やお前!?イイトコやったのに邪魔してくれおって!!!タダじゃ済まさんぞゴルァ!!!」


「タダじゃ済まさない?それはこっちの台詞よ。よくも私の大切な人たちを傷つけてくれたわね。」


その声


その後ろ姿


この場にいる事が信じられなくて、嬉しくて、私はまた涙が出た


「楓さん…!」



私たちのもう1人の仲間が助けに来てくれたーー

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