第22話 不穏

「俺は優しいからよ、テメェが素直に股開くんなら勘弁してやるぞ?イロイロサービスしてくれんならよ!」


「あは!私はイケメンが好きだからアンタじゃ厳しいかな!転生してもムリだと思うよー?」


「へっ。どこまでその口聞いてられっか見ものだな。んじゃイカせてもらうぜ!!」





「やめろ。」





俺の接近に気づかなかった2人は一斉に俺へと視線を向ける。


「誰だお前…!?」


村中が俺に対して恐怖を抱いているのがわかる。コイツはカッコだけだな。全然大した事ない。実は昔、俺は不良だったからそれなりに修羅場はくぐってきた。だから相手が強いかどうかは相対すればなんとなくはわかる。コイツは典型的な口だけ、カッコだけの雑魚だ。全く問題ないな。


「女相手に複数ってのが気に入らねぇ。俺はこの子の助太刀する。おら、かかって来いよ。」


「あ?調子に乗ってんじゃねぇぞ?このオーラが見えねぇのか?俺はSSスキルを持ってんだ!殺すぞテメェ?」


村中はこれ見よがしに銀色のエフェクトを俺に見せつける。


「それがなんだよ。口喧嘩してぇのかお前。」


「…俺を侮るんじゃねぇよ。そんな口、2度と聞けねぇようにしてやるよ!!」


村中が俺に向かって仕掛けようとする。だが距離を詰めようとしていた村中の足が止まる。俺が纏うエフェクトの色を見てーー


「お前…それ…金色って…!」


「どうした?さっさと来いよ。」


ここぞとばかりに俺は村中を挑発する。コイツは間違いなく向かって来ない。来れるわけがない。なぜならこういうタイプの奴は自分より弱い奴にしかイキがれないゴミ野郎だからだ。絶対言い訳をして逃げていく。確信がある。


「ちっ…。やってられっかよ。カッコつけて自分に酔ってろよ色男!オラ!!さっさと起きろ田川!!」


村中は転がっていた子分を叩き起こし撤収していった。俺の予想通りだ。正直俺としても戦闘にならないのはありがたい。日付が変わるまでまだ6時間近くもあるんだからここでスキルを使えなくなると死ぬ確率が非常に高くなる。ハッタリで乗り切れるならそれに越した事はない。運は俺にあった。

立ち去って行く村中たちを見ている時、女が俺の顔をまじまじと見ている事に気付いた。


「おー!イケメンじゃーん!助けてくれてありがとー!ねーねー、名前は?私は夜ノ森葵!16歳のJKだよー!葵って呼んでよー。」


距離を詰めるの早いな。俺みたいな上級魔法使いの奴らはそういう風にされると『コイツ俺に気があるんじゃね?』みたいに思っちゃうんだよ。でも俺は上級魔法使いだけどそんな勘違いはしないのだ。なぜなら俺は自分がモテないダサ男って事は理解している。こんな俺がモテるわけがない。きっとこの子は助けてくれた俺を気遣ってイケメンとか言ってくれてるんだよ。


「俺は田辺慎太郎。怪我は無い?」


「ふむふむ。慎太郎クンか!じゃあたーくんって呼ぶねー!」


そう言いながら葵は俺の腕に抱きついてくる。

…胸が当たっている。そんな事されたって俺は勘違いはしないぞ。でも…女子高生にこんな事されるのも…悪くないよな…うん。


その時だった。

俺は背後から凄まじい殺気を感じた。こんな殺気は34年生きて来て初めて感じる。

恐る恐る後ろを振り返ると美波がすごい笑顔でこちらを見ている。笑顔なのに恐ろしい程の邪気を放ち、目も全く笑っていない。


「お楽しみですねタロウさん。」


…怖い。声色まで違うじゃねぇか。


「いや、違うんだよ美波。これは別にーー」


ちょっと待て。何で浮気の弁明みたいな事してんだよ。そりゃあ美波としてはファザコン全開なわけだから、お父さんが他の女とよろしくやってたら面白くはないだろう。でも別に美波と付き合ってるわけではないし、俺はお父さんでもない。そうだよ。ここは強気でいけ。お父さんの威厳を見せなくてはいけないぞ。


「美波。」


「なんですか?」


「ごめんなさい。違うんです。抱きつかれただけなんです。」


ええ!ヘタレですよ!俺はヘタレでございますよ!!それが何か!?怒って怖いんだから仕方ないだろう!!俺は無益な戦いはしたくないんだ!!


「はあ…。わかってますよ。…デレデレしてるからムカムカしたんですよ。ばか。」


また最後に何か小声で言っていたけど聞き取れなかったな。ま、いいか。美波の機嫌は悪そうだが邪気は消えた。とりあえず事態は改善した。


「なーんだ。彼女持ちかぁー。」


「かかかかかかかかか、彼女!?わわわ、私が!?」


えぇ…何その反応…そんなに俺とそういう関係だと思われるの嫌なの…?美波との親密度ってそんなに低いのかよ…死にたくなってきた…


「んー?違うのー?」


「ちっ、違うよ!!…まだ。」


「そっかそっか!ならワンチャンあるか!ねーねー!お姉さんの名前はー?私は夜ノ森葵!葵って呼んでー!」


「あ、私は相葉美波です!えっと…よろしくね葵ちゃん!」


「よろしくー!ねね、たーくん!私と協力しない?チーム組んだ方が勝てる確率上がるだろうし、アルティメット持ってるたーくんなら楽勝でしょ!私もSSあるから役に立つよー?」


「…え?なんだって?」


「もー!ちゃんと話し聞いてよー!!」


お前が余計な事聞くから俺のハートがブレイクしたんだろ。


「ま、協力するのはいいんじゃないか?美波はどう思う?」


「私は構いませんよ。勝ち残れる確率が上がるなら大歓迎ですっ!」


「じゃあ決まりだねー!よろしくねー!」


ずいぶんとテンション高いな。


「とりあえず日も暮れてるし洞穴に帰ろう。水ならあるからご馳走するよ。」


「えっ!?水あるの??何で???」


「タロウさんが水を作ったの!タロウさんは本当にすごいんだからっ!」


「へー!イケメンな上に頭も良いなんて流石はたーくん!じゃ、アジトへレッツゴー!!」


元気でいいな。羨ましいよ。俺はテンションガタ落ちだよ。はぁ…美波ともっと親密になれるように頑張ろう。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「アイツら…!俺を侮りやがって…!絶対許さねぇ!!」


慎太郎との戦闘を回避した村中は支配下プレイヤーの田川を連れて森の中を歩いていた。陽は完全に沈み、時刻は月が支配する夜へと移り変わっていた。


「村中さん…すいません…足が痛くてもう歩けません…」


田川の足は夜ノ森葵にやられたダメージで限界を迎えている。額からは脂汗が垂れ落ち、痛みにより呼吸も荒くなっている。


「ちっ…!本当に使えねぇなテメェは!!」


「村中さん…!大きな声を出すのはやめましょう!他のプレイヤーがいるかもしれねぇ!」


「うるせぇよ!!俺を侮んな!!何でこの俺が逃げなきゃいけねぇんだ!!あの女…!!絶対許さねぇ!!」









「へぇ。女がいんのか。」







暗闇に包まれる森の奥から声がした事で、2人の心臓は止まりそうだった。こちらから認識出来ない所に自分たちを認識している存在がいる。これは恐怖に他ならない。


「誰だ!?」


恐怖に耐え兼ねた村中は大声を出して恐怖を振り払った。

この村中という男は元来小心者である。自分よりも強い者には媚び諂うが弱い者には威張り散らし、女相手には欲望の限りを尽くす真性のクズである。犯罪にも多数手を染め、強姦に至っては何度繰り返したかわからない。その癖プライドだけは人の倍は高い。

それが村中健史という男だ。

そんな小心者のこの男が今の状況に耐えられるわけがない。足が震えそうなのを必死に堪え、内心は、姿を現さず立ち去ってくれ、そう願っていた。

だがそんな村中の願いとは裏腹に森の中から男が姿を現わす。


「威勢だけはいいな。」


出て来た男は身長は190はあるであろう大男だ。プロレスラーのような筋肉質な身体をし、スキンヘッドの30代半ばの恐ろしげな風貌の男だ。極道である事を疑う余地はない。それはそういう属性を持つ村中には瞬時に読み取れた。自分の上位互換であるこの男に村中は心底震え上がっていた。


「なんだテメェは!?ブッ殺すぞオラァ!?」


「お前誰に口聞いてやがんだ?」


スキンヘッドの男が怒りを露わにし村中へと向かって来る。その光景に村中は恐怖で動けないでいた。だが、咄嗟の機転で自身の奴隷である田川に戦わせる事を思いつく。


「田川!!!やれ!!!」


奴隷である田川に拒否権は無い。頭では拒絶を試みても体は言う事を聞かない。自身の持つ最大のスキルである《身体能力上昇》を使う。田川が拳を振り上げスキンヘッドの男を殴ろうとした時、自身の拳よりも早く銀色のオーラを纏ったスキンヘッドの男の腕が田川の首を掴み、持ち上げられてしまう。懸命に抗うが人間の力を大きく超えたスキンヘッドの男のパワーに歯が立たない。

だがそれもほんの数秒の話だった。スキンヘッドの男が田川の首を掴んでいる手の力を強めるとゴキンという音とともに田川が抗う事をやめた。動かなくなった肉の塊をスキンヘッドの男は木に叩きつけるように放り投げる。


「たっ、田川…!ぐ…!」


呆気に取られている村中の眼前にスキンヘッドの男が立ちはだかる。村中の膝は完全に笑っている。だがもうやるしかない事はわかっている。村中は覚悟を決め、銀色のエフェクトを発動してスキンヘッドの男へと攻撃を仕掛ける。村中のスキルは《拳闘士の証》というものだ。ボクシングのステップを踏みながらスキンヘッドの男の隙を誘う。


「へぇ、《拳闘士の証》か。」


村中はスキンヘッドの男が自身の発動しているスキル名を口走った事に驚愕した。スキル名を知っているという事はそのスキルを持っている可能性が高い。田川を葬ったスキルは明らかに《拳闘士の証》ではない。パワーとスピードの上昇から考えても身体能力上昇系のスキルだ。そうなるとコイツはSSを2枚持っている。2枚同時に使われたら勝てるわけがない。マズイ。どうする。どうすればいい。村中の頭の中はその事だけを考えていた。

だが冷静に考えればSSを2枚持っていたとしても1枚は先程使ったのだから2枚同時に使えるはずがない。SS以下のカードは対象1人にしか効果を得られない。その1人との戦闘が終われば効果は終了してしまうのだ。だから連戦はできない。SSの排出率は極めて低いのだから同カードが2枚揃う事も相当低い。使用回数が増えている事はありえないだろう。ならばコイツが仮に《拳闘士の証》を持っていたとしても条件は五分。いや、俺はボクシングを少し習っていたからこっちが有利だ。勝てる。村中はそう思っていた。そしてフェイントを入れてから右ストレートを放とうとした時に村中は重大な見落としに気づく。なぜスキンヘッドの男は田川との戦闘が終わったのに銀色のオーラが消えていないのだろう、と。

それと同時にスキンヘッドの男の銀色のオーラが輝きを増し、一瞬で村中との間合いを詰め、村中の顔面に右フックを叩き込んだ。あまりの威力に村中はマンガのように地面に転がった。その一撃で村中の戦意は完全に消え失せたがスキンヘッドの男は馬乗りになり村中に攻撃を加える。もはや村中の心は完全に折れている。村中はみっともなく必死に懇願し許しを請うがスキンヘッドの男は攻撃の手を緩める事をしない。

そして村中の顔が赤黒くなった時だったーー


「山岡、もういいだろ。」


森の奥から声がする。その声の主の命令にスキンヘッドの男、山岡はようやく攻撃をやめた。


「はい。」


村中にやっと安寧が訪れたが顔は変形し、血と涙でグチャグチャになっていた。肋は折れ、呼吸をするのさえ苦しい。


森の奥からもう1人男が出てくる。山岡と同じぐらいの背丈で細身、長髪のオールバック、歳は30代半ばの人相の悪い男だ。山岡同様ヤクザなのは間違いない。


「おい、小僧。名前は?」


オールバックの男に尋ねられるが全身の痛みから村中はすぐに答える事が出来ない。だが極道はそんなに甘くは無い。そんな村中の痛みなど知った事ではない。山岡が折れている脇腹に蹴りを入れてくる。


「ギャァァアァァァァ!!!」


「甲斐さんが聞いてんのに聞こえねぇのかテメェは?ああ!?」


「あぁぁぁぁ…!!村中れす…!!村中健史!!!」


村中は必死に答える。彼の人生においてこんなに必死に名前を言った事は恐らく初めてであろう。

返事をした事で山岡はようやく蹴りをやめてくれた。


「ククク。おい、村中。この島に女がいるのか?」

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