第5話 救える力があるのに救わないなんて選択肢は俺には無い
『これよりリザルトを行いまス。スキルも使わズ、一滴の血も流さずの勝利は御見事デス。』
「まあな!頭脳の勝利ゆーことや!」
澤野が爬虫類のような眼をギョロつかせながらドヤ顔で勝ち誇っている。実際の所、ノーバトルでの勝利はありがたい。戦闘をするって事はダメージを受ける可能性があるという事だ。そのダメージの程度によっては命を落とすかも知れない。それにいくらゲームの世界の事とはいえ、負ったダメージが現実世界で治ってるとは限らない。こんな得体の知れないゲームなんだからその可能性は極大だ。ダメージは受けないに越した事はない。その点は澤野に感謝するべきだろう。
『でハ、勝利バディのサワノヒロユキサマとタナベシンタロウサマにはスキルアップカードとメモリーダストを報酬として差し上げまス。報酬はプレゼントボックスに入っておりまス。初めてのイベントをクリアしましたらマイページに入れるようにナリマス。アプリを開く際に選択できるようになりますので御自身で御確認下さいマセ。』
何だかよく分からないから後で自分でしっかり調べよう。コイツの説明は当てにならないからな。
『そしテ、敗北バディが生存しておりますので勝利バディの方々には支配下プレイヤーを獲得する権利を得ましタ。ですのでーー』
「おっほー!!来た来た!!待ってました!!ワイはこれを待っとったんや!!んー、エエ匂いや!!処女の香りがするで!!堪らん!!楽しみやなぁ!!なー、美波ちゃん!!」
ツヴァイが話している最中なのにも関わらず、澤野がウキウキしながら小走りで美波の元へと近づく。
「…なんですか?」
美波は女の子座りで地べたに座り、俯いたまま澤野の呼びかけに反応する。
「カカカカカ!!わかっとるやろ?これから自分がどんな目に合うか。美波ちゃんは今日からワイの性奴隷や!!」
「…なりません。こんなの認めるわけないじゃない。」
「カカカカカ!!いいねぇ美波ちゃん。まだ心が折れてへん。最高や。でもな、それはあかんねん。決まった事や。キミは奴隷にならなあかんねん。なぁツヴァイはん!」
『その通りデス。アイバミナミサマ。残念ですが貴女は敗北したのでス。支配下プレイヤーになる事は絶対デス。貴女に拒否権はナイ。申し訳ありませんガ、現実世界に戻る際に我々は支配下プレイヤーに堕ちた方々にある術式をかけまス。その術式は主人プレイヤーの命令に絶対従うというモノデス。脳で拒絶をしても身体は拒絶デキナイ。そういう術式をネ。カカカカカ!』
「そっ、そんな……」
「カカカカカ!!最高や!!最高やでツヴァイはん!!カカカカカ!!わかったか美波?お前はもうワイの性奴隷や。今日からたっぷりと調教したるからな。ワイのはキッツいでー?とりあえず今日は寝れると思うなよ?カカカカカ!!」
美波の美しい瞳から大粒の涙が溢れる。これから自分の身に起こる事を理解しているのだろう。身体を震わせながら嗚咽を漏らしていた。その光景は眼を背けたくなるほど凄惨なものだった。
そして美波にさらなる悲劇が起こる。
「まっ、待ってくれ!!私に提案があるんだ!!」
美波のバディの和田が急に叫び出す。
「私は金なら持っている!!それを君たちに渡す!!だから私に酷い事はしないで欲しい!!それよりもこの女を我々で共有しないか!?3人で楽しんだ方がもっと面白いと思わないか!?」
「和田さん…どうしてそんな事を…?」
「黙れ!!お前は我々の性奴隷になるんだよ!!弁えろ!!グヒヒ!!」
「酷い…酷い…!」
美波は再び嗚咽を漏らす。それを見て和田が愉快そうに高笑いをする。ほんの少し前まで仲間だったのに自分可愛さに平気で寝返る。その光景に俺は心底腹が立った。
その時、高笑いをしている和田の腹部に澤野の蹴りが入る。まともに喰らったので和田が悶絶し、地べたを転げ回る。
「お前何勘違いしとんねん。金なんかいるかいな。ワイは美波が欲しいねん。殺すぞオッさん。」
転げ回る和田に対し、再度澤野が容赦無く蹴りを入れ、和田は沈黙した。これに関しては俺もスッキリした。
「ほな、そろそろお開きにしよか。シンさんお疲れさん。ホンマ助かったで。またバディになったらそん時はよろしゅう!おら!行くぞ美波!!」
澤野が暴力的な態度で美波の腕を掴もうとした時だった。
ツヴァイが2人の間に割り込んで来た。
「…なんのつもりやツヴァイはん。」
『それは此方の台詞でス。』
「あ?何言うとんねんコラ!!お前ーー」
『サワノヒロユキサマには最初に支配下プレイヤーを選択する権利は御座いませン。』
「…はぁ?どういうこっちゃ?」
「バディイベントでの戦功により支配下プレイヤーを選ぶ順番が決まるのデス。戦功とハ、相手プレイヤーを倒すに直結したプレイヤーに与えられマス。アイバミナミサマとワダヨシオサマの戦意喪失の要因はタナベシンタロウサマのアルティメットレアによるものです。よっテ、支配下プレイヤーを選ぶ順番はタナベシンタロウサマが最初になりまス。」
「…チッ。そういえばそんなルールあったなぁ。ウッザ…!!」
『さア、タナベシンタロウサマ。何方を御選びになられまスカ?』
「シンさん!!頼むわ!ここはワイに譲ってくれ!美波ちゃんめっちゃ欲しいねん!な!頼む!シンさんには別の女奢るから!な!えーやろ?」
澤野が俺に纏わり付いて必死に懇願してくる。だが、俺の意思は決まっている。俺は澤野を押し退け、相葉美波の元へと行き、ポケットから出したハンカチを差し出す。突然ハンカチを差し出された事に相葉美波は驚き、その美しい顔を上げ、その美しい瞳で俺を見つめている。
「大丈夫だから。泣かないで。俺が君を救ってみせるよ。」
「えっ…?」
俺は相葉美波の手を取り、ハンカチを握らせてツヴァイの元へと行った。この時ばかりはオッさんになってて良かったと思った。30過ぎた辺りから俺はハンカチとティッシュは365日標準装備だ。それがこの場面で非常に役立った。オッさんも悪くないかなってちょっとだけ思った。
「ツヴァイ、この娘を奴隷から解放してやってくれないか?」
俺の申し出にツヴァイが息を呑むのがわかる。言葉が出ないのかしばし沈黙するが、ツヴァイが言葉を発する前に澤野が騒ぎ立てる。
「待て待て待て待て!何言うてんねやアンタ!?奴隷を解放するって正気か!?お前自分に酔うとるだけやろそれ!それがカッコええとか思っとるんやろ?無いって!!そんなん無い!!もっと欲望に忠実になりや!!確かにアンタはそのルックスや。さぞモテるやろ。でもな、性奴隷なんてなかなか作られへんで?そんなイイ女好きにできんねんで!?」
「自分に酔ってるか…。そうかもな。でも俺はこの娘を助けたい。強制的にそんな事はしたくない。」
「アホな事言ってんなや!!黙って美波渡せや!!ブチ殺すぞお前!!!」
「この娘は解放する。邪魔すんなら容赦はしねぇ。アルティメットの威力を試す良い機会だ。おら、来いよ。」
緊迫した空気が流れる。だが思いの外簡単に澤野は退いた。
「…お前覚えとれよ。」
澤野の爬虫類のような眼がワニのような鋭い目つきで俺を睨みつける。明らかな殺意を俺に向けてはいるが、そこですんなりと退く事ができるのは澤野の野生的な勘によるものだろう。野生の動物たちは厳しい生存競争の中でこの相手とやり合えばどうなるかという事が本能的に解る。人間のようにプライドや面子での戦いなどはまずしない。怪我がその後の生存率にどれだけの影響を与えるか動物たちは解っているからだ。勝てる戦い以外はしない。野生の世界での鉄則だ。澤野はそういう勘によってアルティメットとやり合えばどうなるかという事が本能的に理解したのだろう。澤野は俺から距離を取り離れて行く。そして沈黙していたツヴァイが口を開く。
『タナベシンタロウサマ、申し訳ありませんがそれは認められませン。支配下プレイヤーの解放というのは規則にはありませン。』
「そんなの関係ないだろ。権利を持つ俺が解放するって言ってるんだから問題無いはずだ。規則が無いってんなら作ればいい。」
『なりませン。規則は絶対デス。それを反故にするのでしたらそれ相応の代償を支払って頂きまス。』
「なんだよ代償って。」
『貴方の持つアルティメットレア《巻戻し》と交換という事でしたらアイバミナミサマを解放致しまショウ。』
「カカカカカ!!そう来たか!!そんなん応じるアホおるわけないやーー」
「そんな事かよ。いいよ。じゃあ交渉成立だな。」
相葉美波を含めた場の人間が俺を凝視している。一体この男は何を言っているんだと言わんばかりの視線を俺は集めている。
「お前ホンマに何考えてるんや!?アルティメットやぞ!?どれだけ貴重かわかってないやろ!?アルティメットも失って女も失うとかどっかおかしいんちゃうか!?」
『タナベシンタロウサマ。貴方は何も解っておりませン。アルティメットレアの貴重サ…いヤ、《巻戻し》の絶大さヲ。』
「それどんなスキルやねん。」
『参加しているイベントやシーンを初めまで戻す事ができるのでスヨ。要はやり直せるのでス。スキルレベルが上がれば戻す回数も増えル。そういうスキルでス。』
「なんやそれ…そんなん無敵やん…気に入らない結果ならリセットかませるって事やろ…アルティメットってそんなんなんか…」
『アルティメットレアは全て絶大ですガ、《巻戻し》はその中でも特別デス。タナベシンタロウサマ、考え直した方がよろしいかト。貴方が考えている以上のスキルでスヨ。今は解らなくても何れ解ル。必ず後悔しますヨ。』
ツヴァイが俺を諭すような事を言ってくるのは意外だった。コイツの善意で言ってるのか、規則を破らせたくないという気持ちなのかはわからないが、俺の意思は決まっているーー
「この娘を救う。この娘を救えない方が俺は絶対後悔する。救える力があるのに救わないなんて選択肢は俺には無い。だからこの娘を解放してくれ。」
『…わかりましタ。ではアイバミナミサマを解放致しまス。支配下プレイヤーについての取扱方法は別途テキストでの通知で御知らせ致しまス。これにてリザルトを終了とさせて頂きまス。御機嫌よウ。』
空間にいる者たちが更に深い闇へと包まれて行く。
「田辺慎太郎、覚えとけや。この恨みは絶対忘れへんで。」
澤野の恨み言を聞きながら俺の意識は途切れた。
こうして俺の初めてのイベントは幕を閉じた。
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