桜の並木道
マックス主水
第1話
春には道の両側で綺麗に咲いて舞っていた桜の並木道もすっかり散ってしまっていた。その奥にある図書館からの戻り道(帰り道)を抜けた先に、おしゃれなオープンカフェレインボーがあった。窓際にちょうど小さなテーブルが空いていたので座った。その隣にずっと外の様子を見ながらふてくされた顔でタバコを吸っているぽっちゃり丸顔の男が座っていた。待ち合わせなのか、たぶん相手が遅れてきているのだろう。そこへ駆け込むようにカフェに女が入ってきた。店内をざっと見回し、相手を見つけたのかこっちに向かって来る。それは。隣の男だった。
「ごめんなさい。大学の授業がのびちゃって」
甘えるように猫なで声で誤っていた。おそらくこれがはじめてではないのだろう。灰皿に溜まっている吸殻の多さでいらいら度がわかる。
「毎回毎回、いろんな嘘の言い訳考えるな」
服選び、化粧が長すぎ、電車の乗り遅れ、どこか寄り道(洋服屋)のどれかだろう。
「甘えた声を出せば許してくれると思っているのか。わかっているんだよ。どうせ浮気しているのだろう」
男は我慢の限界を超えたのか、文句をずっと言い続けていた。
「男の癖にだらだらとしつこいわね。私みたいな美人とデートできるだけでもありがたく思いなさい」
女は悪びれることもなくこう言い放った。
「その言葉,一生忘れねぇぞ。もうおまえとはやっていけねぇ。別れよう」
と言ってさっさと出て行ってしまった。女は立ち上がって男が出て行く方をコーヒーカップ右手に持ったままポカンと見つめていた。周りは女の方を見ず、声を立てずに下を向いて笑っていた。
〝私が振られた事になったの、あんな男に…冗談じゃないわ。屈辱よ〟
怒りを顕わに周りのものを睨みつけた。あわてた周りの客は知らん顔していた。
〝許さない・・・絶対に…覚えておきなさい〟
翌日、同じ通りで救急車とパトカーが止まっていてそのまわりに人が大勢集まってなにやら騒がしかった。
「なにかあったのですか」
「ひき逃げ事故だよ。結構血が流れていたから助かるかどうか」
どうやら被害者は近くの大学生らしい。
ニ年後
オープンカフェレインボーにいつもの通り立ち寄った。あれからあのカップルを見なくなった。あのまま別れたのかと思っていたところにあの時の待ち合わせに遅れてきた女が今日、ひさしぶりに現われた。隣のテーブルに座った。
今回はふてくされてタバコを吸って窓の外を見ているのはこの女の方だった。
そこへ駆け込むようにカフェに男が入ってきた。以前と明らかに違うスリム男だ。
店内をざっと見回し、見つけたのかこっちに向かって来る。隣の女だった。
「わり~な。大学の授業がのびちゃって」
頭を二三度ぺこぺこと下げた。これも聞いたことあるセリフ。
「嘘ばっかりついて。あなたが浮気していることも知っているのよ」
文句をずっと言い続けていた。これも聞いたことあるセリフ。
「だらだらとしつこくてうるさいな、おまえは。俺みたいないい男と付き合えただけでもありがたく思え」
前とはまるっきり逆パターンの風景だ。女は怒りの顔を顕わにした。だが、ふと、このセリフで何かを思い出したのか、口を両手で押さえ顔をゆがめた。
「どうした。その顔。何おびえている」
〝そんなばかな、まさか〟
という真っ青な顔になって震えていた。あの時、あのニ年前のひき逃げ犯は彼女だった?確かに車で轢いて死んだと思っていたのだ。死んだかどうか確認するのが怖くてすぐ逃げだした。その後も確かめもせず、ほっておいたのだろう。
顔も違ってイケメンだし、身体はスリムになっていた。まるっきり別人に見えた。
男はあの時の男だった。あれから救急車で運ばれ、手術を受けて九死に一生を得て生き返ったのだ。
男は復讐するためダイエットして痩せ、プチ整形で目鼻を変えてこの女を再び誘惑した。そして執念で同じ場面を達成し
「俺は一生忘れねぇぞと言った筈だぜ。車に撥ねられたことも」
と言う捨てセリフを残して去って言った。
女はその場で腰を抜かし、失禁した。
桜の並木道 マックス主水 @poirot-007
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