第2話 変わった一日
「赤まむし大元帥様は、だいぶ変わられました」
いきなり側近である上級戦闘員に言われて俺は驚いた。上級戦闘員はいわば『マネージャー』のような役割で、付き人のように俺の身の回りのことをサポートする、数名で構成される上級戦闘員だ。一方下級戦闘員は街に出て作戦の遂行をするか、脳改造の途中で脱出し、ゴッドダークを裏切った宿敵『覆面ライダー』との戦闘の初っぱなで、相手を疲れさせる役割を担う捨て駒であった。
「変わった? そんなはずないだろう。俺が幹部になってから何も変わっているつもりはないぞ」
「いいえ、変わられました。今はいつも眉間にシワを寄せられています。怒りっぽくなられました」
「そんなことないってー、変なこと言うの無しにしてよー」
俺は努めて明るく振る舞った。どうやら部下を怯えさせていたらしい。チームの結束力は作戦遂行の成功率に直結する。作戦の完全失敗は己の死を招く。
「昔に比べて、怒りっぽくなられました」
場所は基地内にある隊員食堂である。後ろを向いて戦闘員と話していたら、いつのまにか列がだいぶ前にまで詰まっていた。
俺は隊員食堂のおばちゃんを見る、向こうは微動だにしない。
「何遍言わせんだゴラァ、昼はいつも釜玉うどんの天カス山盛りぶっかけに決まってんだろがぁ!」
「ほら、そういうところです。昔はそんな事で怒らなかったです」
上級戦闘員は少し寂しそうであった。
「お、お前はどうなんだ? ワシが変わったと思うか?」
俺はもう一人の上級戦闘員に話しかけた。
「自分は赤まむし組の立ち上げから参加してますけど、その時の写真、今でも大切に持っているんですよ」
戦闘員はカバンの中から古い傷だらけのiPhone4を取り出した。
「これ見てください」
そこには赤まむし組立ち上げ当初の初々しい集合写真が収められていた。
皆で肩を寄せ合い、屈託のない笑顔を全員が浮かべている。
『赤まむし組参上!』の垂れ幕も、当時張り切って作ったものだ。
「この頃の赤まむし大元帥様は、いつも笑顔で歯が見えてました。こっちはその牙から毒がピューっと飛んでくるんじゃないか、とヒヤヒヤしていたものでしたが、赤まむし大元帥様、といえば笑う歯、というイメージが強うございました。それが今では常に眉間にシワを寄せて……」
「私も宜しいでしょうか?」
もう一人の戦闘員が手を挙げた。
「最初の頃は、どんな小さい作戦でも今みたいにすぐ次の作戦の準備に取り掛からず、打ち上げがありました。ワンカルとか連れて行ってもらったこと、超嬉しかったです。それも食べ放題の高い方、品目の多い方を大元帥様が皆にチョイスしていたのを知った時は『俺、一生この人に付いていこう』と思いました」
皆が好き勝手な事を言う。俺は何も変わってはいないし信念もブレてはいない。
「それだけ作戦が高度になっている、ということだ」
とだけ告げると俺は、ロクに味わいもせず手早く釜玉うどんをかき込むと、皆を置いて先に廊下に出た。
すると廊下の先から同期入社の幹部『ガマガエル男爵』が歩いてきた。
「おっ、ご無沙汰〜、赤ちゃん」
「久しぶりです」
すると向こうはスッと笑顔を引っ込める。
「なんか変わったな、赤ちゃん」
「か、変わったって?」
俺は狼狽えた。今日二回目である。
「変わってないよ〜、昔のまんまだよ、ガマちゃん」
「いいや、変わった。昔の赤ちゃんなら向き合った瞬間、両脇をコチョコチョとかしてきたし」
そういえばそういうこともしたような気がする。ただそれは深層心理に『カエルが美味そうだから』というのもあった。今は自制が効くのだ。
「ちょっと疲れてるんですよ〜、でガマさんの方はどう? 部下の統率とか」
「大変よ、本当は予算を出来るだけ作戦の方に使いたいんだけど、戦闘員らにもいい思いさせてやらないと士気が下がるでしょ? たまにはワンカルとか連れて行かないと」
「それそれ、言いますよね〜、あいつら。出してもらって当然、って感じのやつもいて腹立ちますよね」
「ホントそう。赤ちゃんもあんまり根詰めないで。眉間にシワ寄ってたよ、別人みたい」
「マジっすか? まぁ今から開発部に行って変身機能取り付けて貰うから、プレッシャーとか色々あるんですよ」
「そっか〜、じゃあまた」
俺は出来るだけ愛想よくしながら手を挙げて別れた。
会う人ごとが変わった、という。これだけ続けて言われたら、少し不安になる。
「今は目の前の事に集中するか」
俺は約束の時間カッキリに開発部のドアをくぐった。
「これはこれは赤まむし大元帥様、変身機能装置はもう準備出来ております」
「早速やってくれ」
博士は手早く足元に上げ底のアタッチメントを装着した。
「この靴の周囲ぐるりから、形状気化プラスチックがスモークで出まして、全身に圧着。人間の姿に化けられます」
「ちょっとやってみる」
俺は『変身』と念じてみた。すると上げ底靴の底から蒸気が出て身体を包み込み、僅か数秒で人間体へと変身した。
「ホゥ、大したものだな」
「街でよく見かけるスーツ姿のサラリーマンにしか見えません」
「で、元の赤まむしに戻る時は?」
「一緒で念じるだけです。ただ、そこは人間から怪人体に戻るのですから、人間どもを恐怖のどん底に突き落とさねばなりません。色々と演出機能がございます」
「というと?」
「まず形状記憶プラスチックを溶解するスモークが足元から立ち登ります。その時、靴の先から複数の不気味な色のLEDライトが顔を下から照らします」
「おぉ、肝試しで懐中電灯を顎の下から照らすアレか?」
「左様です。更に」
「まだあるのか?」
「オプションでスモークに香りを付けることができます。尾てい骨の外部アタッチメントの蓋を外して頂いて、アロマオイルを染み込ませた脱脂綿を入れておくだけで、スモークには匂いが付く格好になっております」
「どんな匂いがあるのか?」
「オプションで何種類かご用意しておりまして、血の臭いとか、硫黄の臭いとかございまして」
「待て、いま硫黄って言ったか?」
「はぁ」
「それは良い、硫黄温泉で地獄めぐりとかあるではないか。『今からお前たちに地獄を見せてやる』的な感じが気に入った」
「それ、頂きました。ご馳走さまです」
二人の間に笑いが起こった。俺は満足して開発室を後にした。
部下に変わった、と言われ、同期にも変わった、と言われ、最後に変身できる機能が付き、変わる事に付きまとわれた1日となった。
しかし俺は本当に変わったのだろうか? 日々、組織の目的に沿うよう努力し、精進してきた結果ではないか。
旗の下で無茶な事をやってるだけでよかったあの頃とは違うのだ。
アイツらが大人になることを拒んでいるだけではないか。
俺のは成長だ。アイツらが成長していないから、俺が変わっているように見えるだけなんだ。
俺は廊下の鏡に向かって、シャドースネークジャブを打ち込んだ。
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