悪の幹部 赤まむし大元帥
呉エイジ
第1話 作戦会議
徹夜で資料を作成したので、会議室の心地よい暖房は眠気を誘って仕方がなかった。
「赤まむし大元帥様、そろそろ順番でございます」
背中越しに戦闘員が声を掛ける。今日は首領にお聞かせする作戦のプレゼン会議であった。首領、といっても会議に参加するわけではなく、その姿は謎のベールに包まれているので実際の姿はわからない。だが、組織を象徴するロゴのレリーフ、それは木に巨大なセミがとまったもので、通信機能を内蔵しており、話す時は両目が赤く点滅する。この『両目が光る』という機能には全くいい思い出がない。首領がお怒りの時は、その怒りと早口に連動して、ビカビカーと光るからだ。生きた心地がしない。
『首領は昆虫系の改造人間か?』
と俺は推測していた。
今回の俺の作戦「保育園バス無線誘導誘拐作戦」には自信があった。人間にとって子は宝である。子供を奪われれば人間は繁栄もできず衰退の一途を辿る。
希望を失った人間は戦う気力を失うだろう。大人と老人だけになるのだから。
そうなれば世界はもう我が『ゴッドダーク』の世界に半分なったようなものだ。
俺は昨日エクセルで丁寧な資料を作成し、集まった10人の幹部、通称『十傑衆』、いや、さっきから9人か。今後どうするのだ。『九傑衆』と名称を変更するのであろうか?
それにしても幹部の一人、ナマズ大明神の最後は哀れであった。
もうすぐ定年であるというのに『若者に負けまい』とイキったのが裏目に出た。慣れないパワーポイントで作戦をプレゼンし始めたまでは良かったが、タイトルが下からせり上がって、そのタイトルが『田んぼロボカブトエビ日本中毒まき作戦』これもちょっと時代遅れな感じのする、非常に訴求力の弱い作戦で、仮にプレゼンが最後までイッたとしても、採用に至ったかどうかは怪しい、ちょっと弱い企画であった。
そのプレゼンにトラブルが発生したのだ。タイトルがせり上がって、その背景におべんちゃらが透けて見える組織のセミのロゴ、これが透明から徐々に浮かび上がる。そしてこの目が『ビカビカー』と光るまでは良かったのだが、次に行かない。また最初に戻ってロゴが下からせり上がってくる地獄の無限ループに陥ってしまったのだ。
基地の廊下ですれ違うたびに、ナマズ大明神には
「もうウインドウズXPは限界でしょう。せめて中古でウインドウズ7にまでは上げられた方が」
と助言してやったばかりだ。メモリも1ギガくらいしか積んでいなかったのではないか? 『アップデートのやり方がわからん』『終わる時はコンセントを抜いている』と話していた。年季の入ったノートパソコンを酷使しすぎたのだ。
ナマズ大明神は幹部とは思えないくらいの狼狽ぶりで
「しばしお待ちを、しばしお待ちを」
を繰り返すばかりであった。焦ってテーブルからブルートゥースマウスが飛び出て床に落ち『マウス使うの超ヘタクソ』と内心笑っていた時に、ゴッドダーク様の怒りの限界が来た。
天井のスプリンクラーの横にある穴から稲光が落ちたのだ。一瞬にして黒焦げになったナマズ大明神。真っ黒焦げになって煙が立ち上る。
不謹慎かもしれないが、その時俺は
『あ、今晩うなぎの蒲焼食べよ』
と思ってしまったのだ。それくらいの胆力がないと悪の幹部も務まらない、とは思わないか?
しかしそれにしても人生最後の言葉が『しばしお待ちを』は無いわ。
会議の発表順はあと一人まで来た。今の所、俺の作戦が一番上等のように思える。
隣の円卓の席で『ナナフシ大僧正』が立ち上がった。ナナフシ大僧正はパワーポイントを起動するでも、全員に配る配布資料を準備するわけでもなく、ただその場に立っているだけであった。
注目が一身に集まったその時、ナナフシ大僧正は半紙に筆で書かれた作戦名を手にかざして目の前に突き出した。
「東京に核10個落とす」
シンプルに筆で書かれた作戦名は力強く、バクザン先生を思わせる荒々しい筆跡であった。
『習字、上手いやん』
と思いつつ俺は、そのシンプルすぎる作戦を読み直し、改めて度肝を抜かれた。
『落とす』の『す』のところが、半紙の下へはみ出るくらいの勢いで伸ばされていた。
『この悪を貫き通す』みたいな強い意志が感じられ、シンプルなだけになんの説明も不要であった。
核爆弾一個でも大概である。それを十個も……。
『ワルぶりがパねぇな……』
凄まじい悪のイメージである。観測記録戦闘員は、相当遠くから望遠で記録せねばヤバイだろう。
一個なら地下核シェルターに避難している金持ちや政治家は助かるだろう。だが10個となると流石にシェルターの壁もバキバキに割れるのでは無いか? 血も涙も感じられぬ、容赦ない作戦である。
しかしどう10個落とすのだ? 横一列にキノコ雲が10本立ち並ぶのか? それとも真ん中に一本、あとはそれを取り囲むような『お誕生日ケーキのロウソク』風に核を配置するのか。
どちらにしても突き抜けた企画である。
『昆虫の無感情なところは何を考えているか分からん』
しかし冷静になって考えれば、それは諸刃の剣だ。我々ゴッドダークの改造人間は半分は脳を含め生体を残している、いわば強化人間だ。
東京が核で、それも十個も炸裂すれば、放射能汚染で我々も立ち入ることができない。
若さに任せた企画と評せるだろう。詰めが甘い。
壁を見ると組織のロゴ、セミの目がブルーにゆっくりと点滅していた。首領はこの作戦をお気に召したのかもしれない。
『今の首領になってから人事異動は昆虫系を優遇している』
という噂を聞いた。会議は一気に傾きそうであった。
ここで『作戦後、我々も立ち入ることができない、という難点もありますが』と言うべきかどうか。
今後、もしナナフシ大僧正が出世したら、俺の問題提起は遺恨を残すことだろう。組織のため、といったところでナナフシ大僧正も生き物である。感情で接してくるかもしれない。
問題提起をして作戦をひっくり返す賭けに出るか、それとも無難に自分の作戦をプレゼンしてお茶を濁すか。
『爬虫類系では今は不利かもしれん。波風は立てないほうが吉』
今朝のめざまし占いで俺は10位だった。『熱意が空回りすることがあります』とはまさしく今の状況なのではなかろうか?
ラッキーパーソンは『傘と予備に折り畳み傘を鞄に入れている人』らしいが、そんな馬鹿は組織内にはいないっぽかった。
毎回作戦会議は神経を使う。俺は自分の作戦のプリント資料を隣の幹部に束で渡し、時計回りに配布してもらった。
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