(3)もふもふ生活!

 スーパーのアルバイトで品出しをしていた壮は、たまに、当日が消費期限の売れ残りの惣菜をもらえることがあった。

 おかげで、今日の夕飯は、半額のラベルを貼られた小松菜と油揚げの煮浸しと煮物、ポテトサラダだ。


 アパートに帰り、ローテーブルにパックのまま並べていく。

 秀がやってきた。

 道中寄ったコンビニ袋の中から、ビールを取り出す。


「おっ、今日は美味そうなモン並んでんなぁ!」


 そう言った途端、口をつぐむ。


「……壮、お前、……ウサギ飼ったの?」


 冷蔵庫からパインジュースを持ってきた壮は、部屋の隅でピンと耳を立て、揃えた前足を浮かせて立ち上がっているウサギと、テーブルにビールを置こうと中腰体勢のまま静止している親友を見て笑った。


「ああ、この間、朝起きたら、いきなりいてさ」

「なんだそれ! 酔っ払って勢いでペットショップで買った……わけねぇか、お前、まだ酒飲めないもんな」

「育成アプリ入れた翌日にな……あれ」


 壮がアプリを見せようとスマートフォンの画面を探すが、なぜか見つからない。


「ホンモノが来るアプリなんて聞いたことねぇし、有り得ねぇぞ」


 秀がやっとビールをテーブルに置くが、視線はウサギから離せないようだ。


「なんて名前?」

「え? ウサギって呼んでる」

「まんまかよ!」

「ほーら、ウサギ、こっちおいで。友達のシュウだよ、怖がらなくて大丈夫だよ」


 膝をついて座ると、ベージュ色のウサギの下に手を入れ、そっと抱いてから、テーブルに戻る壮を見て、秀が少し感心した顔になった。


「随分抱き方慣れてんな」

「ペットショップのお姉さんに聞いたし、本も買ったからな」


 テーブルの下に置いてある雑誌と本を、秀は手に取った。


「あれだな、きっと、ペットショップから逃げてきたんだな」

「うーん、ゲームの運営からは全然返信が来ないから、実はそうなのかも知れないけど、こんなアパートの二階に来るか?」

「それか、ウサギがたくさん生まれたけど育てられなくて困った人がダンボールにでも入れて、この辺りに捨ててったか」

「かもな」


 適当に返事をした壮はウサギの額と背を撫で、撫でるたびに気持ち良さそうに目を細めるウサギを見ながら、完全にニマニマと破顔していた。


 それを眺めていた秀も、そうっと手を伸ばしてみる。

 壮の膝で寛いでいたウサギは、秀の指の匂いを嗅ぎ、ペロペロと舐めた。


「わ! かわいい!」

「だよな!」

「これ、オス、メスどっち?」

「区別つかねぇ」

「避妊手術した方がいいんじゃね?」

「手術代かかんだろ。外に出さなきゃいいんだよ。なー、ウサギちゃん!」

「俺にも抱っこさせて!」

「そーっとだぞ。ウサギは骨が弱くてすぐ骨折するらしいからな」

「お、おう。わかった」


 壮の言うことに頷き、秀も慎重な表情になる。


「うわー、ふわっふわっ! ホントにもふもふだな!」


 膝に優しくウサギが運ばれると、恐る恐るだった秀も、ビールそっちのけでウサギを撫でていた。


「ネザーランドドワーフって種類が一番近いかな。クリーム色みたいな薄いオレンジみたいなベージュで顎の下と腹は白いから、フォーンって色になるのかな」


 ウサギの耳は壮の声をキャッチしているのか、耳の向きを壮の方に向けている。


 秀が喋る声は聞き慣れないのか、彼が話す間は耳を澄ませるようにピンと立てていた。


 そのうち、ウサギは壮を見られるように身体の向きを変え、秀の膝の上で座り直した。


「すげぇな! お前のことわかってるみてぇだな!」


 秀が感心すると、壮は満更でもないように笑った。


「とにかく、コイツが来てくれて、失恋の痛手からも立ち直れたし、さびしい一人暮らしも楽しくて癒されるようになったぜ」

「いいなぁ! 俺も親に頼んでウサギ飼おうかなぁ!」

「いいじゃん! 飼えば?」


 ビールを片手に、秀が雑誌を見ている。

 壮の知る限り、彼が二次元少女以外に興味を示したのは初めてかも知れなかった。


 おもちゃ用に布で出来た10cmほどのボールを、壮が見せると、ウサギはブルーグレーの瞳をパッチリと開け、鼻でつついて遊び始めた。


 そのうち、部屋の中を勢いよく走り始めたのだった。


「なんだなんだ!?」

「ははは! スゲェだろ!」


 フローリング(に見せかけた)の床では滑っていて思うように走れないが、ラグの上では本領を発揮し、壮の脱いだ上着も踏みつけスピードアップする。 


 ウサギは、二人の外側を同じ方向にぐるぐると、時々予想外の方向にジャンプしたり、ピタッと止まったりして走り続けた。


「猫とは違う走りだな」

「肉食動物から逃げないとならないから、急な方向転換とかするのかな」

「必死さが伝わるー。それにしても、ゲージとかないの?」

「ああ、昔、猫飼ってたから、ついそれと同じようにしてたわ」

「放し飼いかよ」

「トイレは最初に躾けたら、ちゃんと出来るようになったからな」

「天才だな!」


 そのまま秀は泊まっていき、雑魚寝する二人の横にウサギも寝ていた。


「おはよう、ウサギ。今日も元気そうで良かったな!」


 朝一番にトイレのフンをチェックした壮は、寝そべっているウサギの頭を撫でながら、にっこりと笑った。


 休日は、トイレの網を取り替え、風呂場で洗い、洗濯物を干したベランダに網を立てかけて干した。


 秀は「かわいいなぁ」と目を垂れさせて、長く伸びて寝そべっているウサギの背を撫でた。


「お前は家に帰らねぇの?」

「帰りたくねー。ウサギちゃんと一緒にいる。ああ、キミがかわいい女の子だったらいいのになぁ」

「ウサギの擬人化かよ。ヤバッ!」


 壮が苦笑いになった。


「そうだよ、ホントにこの子が女の子になったら絶対かわいいと思う。そしたら、絶対カノジョにしたい!」

「妄想やめろ! キモッ! なー、ウサギ、シュウのヤツ、キモいなー?」

「お前こそキモいぞ!」


 キモい男子二人組は、週明け連れ立って学校に行く。


「なんか、あんたたち、最近いつも一緒だね。一緒に住んでんの?」


 学食では、清夏が少し離れたところから、ジロジロ見て言った。


「なんだよ、キモいとでも言いたげじゃねーか。だいたいな、こうなったのも、元々はお前のせいなんだからな!」


 秀が清夏を睨む。


「そう言う言い方すんなよ」


 壮が秀を止めた時には遅かった。


「えー! 壮、私が振ったら男に走っちゃったのー!? やだー! どうしよう!」


 途端に周りの学生たちが振り返り、ざわめいた。


「やめろバカ! そんなんじゃねーよ!」


 壮が弁解しても、奇異の目は減らなかった。

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